Archives of the Salon's log
喫茶室 過去ログ77(2005.10.1〜10.31)

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喫茶室:[最新の発言を見る/投稿する] [2005年11月のログ] [2005年9月のログ]


RE:Re:教えて下さい。管理人様  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月31日(月)21時24分36秒
久保田さん

過去ログ閲覧の件では、手数をお掛けしました。有り難う御座います。


白髪交じりの黒髪さん

風邪等召しません様、どうか、お体をご自愛下さい。


参河人さま、おやじハリファックスさま  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月31日(月)19時37分24秒
優しいお言葉、身にしみてありがたく、涙がにじんできました。
お友達ができて、私もう孤独じゃない、と思えば、うれしくて、うれしくて・・・・
神様のお導きで、ここへ来たと思うと、心から感謝の思いを深くします。

ますらおの 悲しきいのちつみかさね つみかさね守る やまとしまねを

私の好きな歌です。
みなさま、これからも、どうかよろしく、お導きのほど、伏してお願い申し上げます。


白髪まじりの黒髪様  投稿者:おやじハリファックス  投稿日:10月31日(月)16時59分11秒
貴女様の日本に対する愛情痛いほどに感じております!!
そして、それは自分に「勇」を与えてくれます。

竹下塾の末席を汚す自分ですが、ここには日本を本当に愛する心があります。熱き心が伝わるので生きる「元気」を頂きながら、学んでおります。

ご自愛下さい。そして、楽しく机を並べて学ばせてください。
お体のこと、ご家族のこと大変ではあるかと存じますが、どうかお元気でお過ごし下さい。ここで意見交換、お話できますのも他生に生きるもののなにかのご縁かと思います。

この胸の 燃ゆるおもいに くらぶれば 煙りは薄し 桜島山
                             平野国臣

カナダの東の端より、貴女様の御健康願っております。
                      おやじハリファックス


(無題)  投稿者:參河人  投稿日:10月31日(月)16時26分37秒
白髪交じりの黒髪様これからさぶい冬になりますが風邪やインフルエンザに氣を付けてください!體(からだ)に氣を付けて長生きしてください!では失礼します。


久保田さま ありがとうございます  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月31日(月)14時55分12秒
私は、去年今頃、鬱(うつ)状態でした。パソコンもさわらず、手足がふるえていて、お医者に鬱の薬を頂いていました。
私は、長いこと、ホンネを話す友人が極端にすくなく、孤立無援でした。
この板に来て、本当に心から喜んでおります。皆さんにお会いしたい、とさえ思います。
体が弱いため、ぽつぽつとではありますが、勉強いたしたいと、思っております。
どうか、今後とも、よろしくお願い申し上げます。


Re:「邪馬臺國」の發音  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月31日(月)12時51分52秒
なるほど。
ありがとうございます。


『「三種の神器」の心』17  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月31日(月)12時29分41秒
[承前]

 容器は、「御樋代(みひしろ)」および「御船代(みふなしろ)」と呼ばれております。
「八咫鏡(やたのかがみ)」はまず、新しい寝具にくるまれた形で「御樋代」に奉安され、その「御樋代」を「御船代」という船型の容器に奉安します。
 いずれも檜(ひのき)づくりで、荘重(そうちょう)な祭儀としてつくられます。
 この「御樋代」の寸法によって「八咫鏡」の大きさが推理できるのですが、それは、
 深さ約40センチ(内寸約25センチ)
 直径約60センチ(内径約50センチ)
 ――とされています。

 したがって、江戸時代の神職の記録と矛盾しない大きさです。

(注:この二つの容器は、新規のものを造るだけではなく、旧殿から新殿に遷宮される途中のわずかな経路の間だけに使われる「仮御樋代」と「仮御船代」も造られます。ご神体の遷宮時には、「仮御船代」をさらに長方形の大きな覆いで覆って、絶対に直視することのできないようにして、旧殿から新殿に運ばれます。古い容器は別の神社に祀(まつ)られたり埋葬されたりするようです)

 この寸法は内宮(ないくう)のものですが、じつは、外宮(げくう)においても、式年遷宮のときに、まったく同じ形の同じ寸法のものが造られます。
 このことから、外宮のご神体も、内宮のご神体「八咫鏡」と、大略同じ寸法形状のお鏡ではないか――と想像されます。
 外宮のご神体の由緒については、いくつかの伝承がありますが、ここでは略します。
(この件につきましては、前にここで連載いたしました)


わからなくなっております  投稿者:おやじハリファックス  投稿日:10月31日(月)08時12分23秒
一体全体、日本は独立国なのでしょうか?
国連憲章で敵国と規定され、未(いま)だ占領軍が駐屯し、戦勝国ならびに戦勝国扱いの国々のあらゆる要求にも唯々諾々(いいだくだく)としたがい。自国の領土が不法に占領されても何も出来ず。
自国民が拉致されても、それを相手が認めてもなにもできない。
勤勉である国民性を利用され、働いた金はいろんな名目で外国に分捕られ、占領軍が決めた法律でしばられ、常に占領軍の管理下にある。(在日米軍基地はアメリカの国益の為のみ存在する)インドネシアにオランダ軍はいるのか、印度にイギリス軍はいるのか。

憲法改正も虚(むな)しく聞こえてしまうのです。

ケージの中の卵を生む為にだけ生きることを許されている鶏のように、、、、嗚呼(ああ)我が祖国よ!!


「邪馬臺國」の發音  投稿者:黄東洋  投稿日:10月31日(月)01時21分57秒
朝鮮語で「倭」は「왜」 'oai [wε] になる。これは「何故」を意味する固有と同音。

朝鮮語で「倭」は「왜」 'oai [wε] になる。これは「何故」を意味する固有語と同音。

>井沢元彦さんが中国人に邪馬台を発音してもらったところ、「ヤマドと聞こえなくもなかった。だとしたらヤマトに通じる」と言っていましたね。

今度は支那語の主要「方言」つまり漢系(支那系)諸言語で「邪馬臺國」がどうなるか調べてみました。

http://hpcgi2.nifty.com/Gat_Tin/fangzi.cgi?kanji=%BC%D9
(邪)
http://hpcgi2.nifty.com/Gat_Tin/fangzi.cgi?kanji=%C7%CF
(馬)
http://hpcgi2.nifty.com/Gat_Tin/fangzi.cgi?kanji=%C2%E6
(台、臺)
http://hpcgi2.nifty.com/Gat_Tin/fangzi.cgi?kanji=%B9%F1
(国<國)

客家(ハッカ)方言では「邪」sia-「馬」ma-「臺」toi-「國」guok,
台灣語では 「邪」(s)ia-「馬」ma(又は be)-「臺」t(h)ai-「國」kok,
廣東語で 「邪」che(又は ye)-「馬」ma-「臺」toi(又は yi)-「國」gwok です。
ただ、これは支那三國時代から変化した結果なので、今の支那語方言で Yamato- に似ているとしても、邪馬臺國があった時代の發音は別途に考える必要があります。勿論、当時の發音が継承されている保守的な方言も有り得ます。

『漢字音変遷と字体』
http://8931.teacup.com/khanzighaku/bbs


Re:教えて下さい。管理人様  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月31日(月)00時23分47秒
白髪交じりの黒髪さん

『PCの使いこなし』関連では早くお知りになりたいところだと存じます。今の時間帯もあって月曜の夕方以降のレス(返答)になるかと思いますので、差し出がましくなりますが代わりに私があなたの『クラスメイト』として応じますね。

■先(ま)ずこの掲示板の上部に表記している・・・

  『喫茶室』の過去ログは、こちら から閲覧出来ます。 (管理者:竹下義朗)

・・・のこちら にマウスでカーソル(画面の矢印=ポインタ)を合わせ[左]クリックして下さい。すると別画面に移り、過去ログ(記録簿)のリストがズラッと一ヶ月毎に掲載されていますよ。しかも難しい漢字のフリガナ付きで。

また、解らないことがあれば忌憚(きたん)無くお申し出下さい。

ところで、潰瘍(かいよう)で吐血された、と見受けられましたがお体の具合はどうですか? ストレス溜め込んでませんか? 実生活にもいろいろあると思いますが何よりもお気持ちを楽になさって下さいね。


教えて下さい。管理人様  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月30日(日)23時20分39秒
本年、六月や八月の皆様のご投稿を、拝読させていただくには、どうしたらよいのでしょうか。パソコンオンチのばあさんに、教えて下さいませ。ご面倒をおかけして、大変に恐縮に存じます。


大勲位  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月30日(日)21時14分36秒
私も中曽根氏の事は好きではありません。「ロン・ヤス」等と言って、米国に尻尾(しっぽ)を振っていた訳ですから。
ただ、自民党改憲素案の前文と、中曽根素案の前文を読み比べると、中曽根氏云々を抜きにしても、余程(よほど)、中曽根素案の前文の方がマシな訳です。

小泉氏は「日本らしさ」をバッサリ削除させましたが、折角、「日本の憲法」を作るのだったら、「日本らしさ」を前面に押し出しても良いのでは無いか? と私は思う訳ですよ。

(ちな)みに、中曽根氏からの大勲位剥奪については私も賛成です。ついでに、「空自創設の功労」でカーティス=ルメイ米空軍大将に授与された勲一等旭日大綬賞も剥奪すべきです。


阿比留文字  投稿者:三保 平清  投稿日:10月30日(日)17時52分12秒
ハングルと阿比留(あひる)文字は、阿比留文字が先だと思いますが。違うのでしょうか。昔東アジアの海岸部(日本列島の一部にも)に阿比留文字を使う民族がいて、朝鮮の一部にも彼らが住んでいた。戦前それを利用して、ハングルが作られた。これが真相ではないでしょうか。阿比留文字には、筆記体がある様ですが、ハングルにも筆記体があるのでしょうか。なければ不便だと思いますが。

『赤城神社 神代文字碑』
http://www.page.sannet.ne.jp/tsuzuki/akagi.htm


邪馬台の読み  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月30日(日)16時32分49秒
断片的で恐縮ですが、長田夏樹という神戸市立外国語大教授が、三世紀の洛陽古音を復元して、「ヤマド」と読んだそうです。
しかし録音が残っているわけではないし、三世紀の日本人の発音がどうかもよく分からないし、近畿と九州では発音が違っていたでしょうし、おおまかな事しか分からないだろうと思います。


中曽根は、ポチ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月30日(日)14時08分17秒
しかれども、靖国を外交問題にした、朝日新聞は、国賊中の国賊。
古館一郎の横で、紳士ずらしている、加藤千洋・もと北京特派員は、北京政府の犬です。


オロモルフさま  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月30日(日)13時58分28秒
それは、改正手続きのことでございましょう。
私は、国民の国防義務を、はっきり明示できない時代状況がいかん、と申しておりますのでございます。
小泉が、憲法と、郵政民営化を、同等に扱ったとしたら、けしからぬと思うんですのよ。


Re:国防の義務  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月30日(日)13時43分51秒
今回の憲法の自民党案で最大の眼目は、第96条だろうと思います。


『「三種の神器」の心』16  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月30日(日)13時18分55秒
◆◆◆ 八 「三種の神器」の実体◆◆◆

 つぎに「三種の神器(さんしゅのじんぎ/みくさのかむだから)」の実体ですが、これは眼で見てはいけないことになっていますので、公式的には分かりません。
 しかし、いろいろなことから、おおまかな推定はついております。

〈一〉「八咫鏡」の実体
 伊勢内宮の「八咫鏡(やたのかがみ)」は、厳重な器(うつわ)に入れられて、内宮(ないくう)本殿の中に、人間が夜寝るのに近い形で奉斎されています。
 つまり、寝間着(ねまき)状の布にくるまれ、敷き布団(しきぶとん)状と掛け布団状の寝具にはさまれて器の中に安置されています。

 その器を式年遷宮のときに交換する儀式があり、また時々寝具を交換する儀式があり、それは暗い夜に眼をつぶった神職によってなされるのですが、江戸時代の神職が、眼をつぶったままで入念に触り、それを記録に書き残しているのです。

 それによりますと、
「直径が二十センチほどの凸面鏡で、中心に紐(ひも)を通す輪がついており、裏には同心状の唐草模様のような模様があった」
 ――となっています。

 この形状や模様や大きさは、遺跡から出土する弥生〜古墳時代の各種の鏡と大きくは違っておりません。


国防の義務  投稿者: 白髪交じりの黒髪  投稿日:10月30日(日)13時10分29秒
男の人たちの怒鳴り声で、ばあさんの言葉がかすんじゃいましたが、憲法改正の第一の要諦は、国民の「国防の義務」。
法学以前の問題。
これは、高い道徳的決断を要すること。否(いな)、当たり前の覚悟です。
解法者様、あなたさまなら、分かってくださいますわねぇ。


Re:邪馬臺國と倭  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月30日(日)13時06分54秒
井沢元彦さんが中国人に邪馬台を発音してもらったところ、「ヤマドと聞こえなくもなかった。だとしたらヤマトに通じる」と言っていましたね。
邪馬台はヤマトか?という問題は、ヒミコ時代の日本人がヤマトをどのように発音していたかが分からず、それがシナの役人の耳にどう響いたのかも分からないので、むずかしいです。


石井さん  投稿者:八神邦建  投稿日:10月30日(日)08時54分39秒 Remote Host: router.proxyweb.net, Time: 1130630079
(本投稿は、他人の名を騙っての投稿である為、管理者権限に於いて削除)


バカ曾根は  投稿者:反中国流  投稿日:10月30日(日)08時19分18秒
靖国神社御参拝が我が国の『冤罪』を晴らす最大の焦点になっている。風見鶏バカ曽根がアホで間抜けな中国と韓国に弱いことに絶対的に問題がある!
靖国神社参拝しないのは間違いだったとバカ曾根が認め、靖国神社御参拝をすればいい。それが本来の『風見鶏』である。


>「中国語」は存在しない  投稿者:黄東洋  投稿日:10月30日(日)04時21分23秒
現代中国には56の民族がいて、実際に存在するのはその各民族の言語、漢語、満州語、チベット語などであって、「中国」に対応する単一の言語は存在しない。これが言語学の立場で、日本では漢族の言語を「中国語」と呼んでいることから、「漢語」と呼ぶのが正確であり、支那でも「漢語」han 4-yu 3 と呼んでいます。
漢語は「支那語」Chinese であって、その7つの方言は文法構造の類似や単語の音韻対応から見て、同じ言語(上古代支那語)から派生したと考えられます。しかし、これを未だに1言語と看做(みな)すのは、欧洲のフランス語、イタリア語、スペイン語などを未だに1つの「ロマンス語」の方言と看做すようなものです。

また、「中国には56の民族がいる」というのも、実は中国政府の公式発表に相当妥協した言い方です。
それは「漢族」han 4-zu 2 を「1民族」と看做し、「漢語」を「1言語」と看做しているわけで、一方で、中国国内には「モンゴル語」、「チベット語」の他に「モンゴル『系』」、「チベット『系』」、「タイ『系』」の言語がありながら、それらは民族の人数、言語話者数とも、別々に分けて勘定されています。中国に帰化したロシア人も「俄羅斯」E 2-luo 2-si 1 族とされ、56民族の1つに数えられています。
從って、中国政府の見解に囚(とら)われない見方をするなら、支那の7大「方言」を別々の言語と解釋して、「北京語」、「粤(えつ)語(廣東語)」、「閩(びん)語(福建語、台灣語)」、「呉語(上海語、蘇州語)」……などの独立した「言語」として分類し、一方、東アジアの「モンゴル系」、「チベット系」、「タイ系」、「テュルク系(トルコ系、カザフ語、ウイグル語など)」の諸語をそれぞれ1言語づつと勘定すると、また違った結果になります。

また、中国国内の「満州語」、「蒙古語」や「朝鮮語」などを勘定に入れながら、中国国外の「トゥングース語」、「モンゴル語」、「朝鮮語(韓國語)」などを勘定から外すと、世界レベルでの言語話者の数のデータになりません。「モンゴル語」であればモンゴル本国やロシア領のモンゴル系言語も視野に入れるべきでしょう。

また、本来の「チベット」は、厳密には今の西藏(Xi 1-zang 4)自治区だけでなく、青海(Qing 1-hai 3)省や四川(Si 4 chuan 1)省西部なども含みます。

今の中国では中国国内の56民族を1つにして「中華民族」Zhong 1-hua 2 Min 2-zu 2 と呼び、漢族の傳統を「中華民族」の傳統と呼んでいます。しかし、これは日本における「大和民族」に対する「日本民族」のようなもので、近代になって拵【こしら】えた、俄か作りの「民族」のような感じです。

言語を国家でなく民族名で呼ぶべきなら、日本は「大和民族」と「アイヌ民族」がいて、「日本語」は大和の言葉なので「大和語」と呼ぶのが妥当という結論になります。これは琉球人や熊襲、隼人などを大和民族に入れた考えです。

すみません、文字化けした投稿は削除願います。
「閩」という字を混ぜたら文字全体が化けました。

『現代シナ語』
http://8901.teacup.com/xiandaihanyu/bbs


」セ。クヨミケZ。ケ、マエ贇レ、キ、ハ、、  投稿者:サニ翻ム  投稿日:10月30日(日)04時18分37秒
(文字化けにつき投稿者よりの削除依頼があり、本投稿は管理者権限に於いて削除)


邪馬臺國と倭  投稿者:黄東洋  投稿日:10月30日(日)03時42分7秒
藤堂明保【とうどうあきやす】編『学研漢和大字典』より。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
「邪」
[一] 呉音「ジャ」zya,漢音「シャ」sya
周秦漢>隋唐>宋元明>清朝以降の發音変遷
ngiäg>(yiä>)ziä>sie>s,ie(xie 2/)

[二] 呉音・漢音「ヤ」ya
ngiäg>yia>ie>ie(ye 2)

よこしま、食い違い、陰陽がバランスを失うこと。

「牙」nga>ia は「食い違った組み木の噛み合った樣【さま】」。
「邪」は「牙」と「邑(むら)」で、元は「琅邪【らうや rauya,Lang 2-ye 2】」という地名だったが、後に「牙」の原義の「食い違い」を指すようになった。

「邪」の音符(声符)
「牙」呉音「ゲ」ge,漢音「ガ」ga
ngäg>ngä>ia>ia(ya 2)
ちぐはぐに噛み合う歯。「歯(齒)」chi 3_ は食べ物を噛み止める前歯。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
「台(臺)」
[一] 「臺」呉音「ダイ」dai,漢音「タイ」tai
dëg>dëi>t'ai>t'ai(tai 2)ëは曖昧母音で、字典では e の逆さの記号。
「颱風」tai 2 feng 1の「颱」の代用にもなる。
[二・1] 「台」呉音・漢音「タイ」tai
t'ëg>t'ëi>t'ai>t'ai(tai 1)
[二・2] 「台」呉音・漢音「イ」i
d。iëg>yiei>i>i(yi 2) d。は半濁半清で t と d の中間。
→「怡」yi 2 と同音。支那の女優「章子怡」Zhang Ziyi.
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
「倭」
[一] 呉音・漢音「ワ」wa
・uar>・ua>uo>uë(wo 1 ̄)
日本人。背が曲がって背丈【せたけ】が低い人。

[二] 呉音・漢音「ヰ」wi
・ιuar>・ιue>uëi>uëi(wei 1)
「倭移【ヰイ wi-i,wei 1-yi 2】」→なよなよした樣。

朝鮮語で「倭」は「왜」 'oai [wε] になる。これは「何故」を意味する固有と同音。

「倭」の音符「委」。

「委」呉音・漢音「ヰ(ゐ)」wi
・ιuar>・ιue>uëi>uëi(wei 3,wei 1)
ゆだねる、まかせる、すえ(<すゑ)、つまびらかに……等の意味。
「禾(曲がって垂れた稲)」と「女」で「しなやかに倒れる」。
朝鮮語で「委」は「위」'ui [wi,y]。
「委員會(ゐゐんくわい)」は朝鮮語で「위원회」'ui-'ueon-hoi [wiwΛnhwe]。
北京語で「委員会」は weiyuanhui.

「矮」呉音「エ」e,漢音「アイ」ai,慣用音「ワイ」wai
・uär>… ・äi>iai>…ai(ai 3_)
背が曲がって低い
「矮小」は朝鮮語で「왜소」'oai-so [wεso]。

日本では「倭」を「和」に書き換えています。「和」は現代北京語で he 2,he 4,huo 2,huo 4,hu 2 ですが、huo が分化した物でしょう。
朝鮮語で「和」は「화」hoa [hwa] であり、日本語音は「ワ」wa,「クワ」kwa または「ヲ(を)」wo です。

支那では「和食」を「日本菜」Ri 4-ben 3-cai 4 または「和食」he 2-shi 2と呼び、「和服」は he 2-fu 2(4) になりますが、「和」が「倭」wo 1 の代用なら發音が近い huo 2 を使って huo 2-shi 2,huo 2-fu 2(4) と發音する方が語原に則しているように思えます。これを he 2 と發音するのは、「和平」he 2-ping 2 の「和」ということで、もはや、「倭」とは絶縁したということでしょう。

「邪馬臺國」は
周秦漢の時代の發音は ngiäg-mäg-dëg-kuëk,
隋唐代は ziä-m(b)ä-dëi- kuëk になります。

「鋼鉄ジーグ」の「邪馬台【ジャマタイ】王国」は「邪悪」の意味を込めて「ジャマタイ」と読んだのでしょうが、隋唐代の支那語音に近いと言えます。

朝鮮のテコンドー(Taekwondo)は「跆拳道」の朝鮮語音 thai-kueon-to [thε'kwΛndo] で、「拳」kueon が濃音化(日本語の促音に近い)して「テックオンド」のようになっています。
これが「跆([足台])」の音符「台」の古音 dëg と関係あるかどうかはわかりません。

『魏志倭人傳』自体が歴史書として信用ならないとして、『倭人傳』を根据にした「邪馬臺國」論争自体を無意味とする意見もあります。支那の歴史観には相当疑ってかかるべきという見解です。邪馬臺國の女王は支那から見れば倭國王だが、日本国内では王でなく、大王【おほきみ】>天皇【てんわう>てんのう】は別に居たという解釋もできます。外務大臣としての卑弥呼なら九州に居て、近畿には「大王」>「天皇」がいたとも解釋できます。

2005年10月30日


中曽根  投稿者:弥勒  投稿日:10月30日(日)02時20分3秒
自民憲法草案もいまいち駄文だと思うが、中曽根の素案は一見もっともらしくみえても、信用に値する人間ではないものが書いた文言など無意味である。

美しい島々とか、独自の伝統と文化を作りとか、明らかに本心にもない文言を羅列しているあたり空虚な駄文である。中曽根に愛国心などあっただろうか。平気でアメリカに国を売ってきた張本人こそ中曽根である。

ロン、ヤスの親密な日米関係を築いたと豪語しているが、これは要するにヤスという主のためにロンという犬がしっぽを振ってきただけであり、アメリカと従属関係を築いたということである。中曽根改革というのもアメリカの対日構造改革要求書を法案としてまとめて国会に提出していただけであり、プラザ合意やバブル経済などもすべて中曽根の失政が原因である。

アメリカ政権に気に入られることが、長期政権維持の秘訣だと田中失脚によって体感していたわけで、自らの政権維持のためにひたすらアメリカの国を売り続けていたわけである。アメリカのみならず、中共に対しても金をばらまくことは忘れなかった人間である。そんな信念のかけらもない風見鶏が憲法草案のメンバーにはいってしまってることにすら危惧を覚える。ろくな影響などでないだろう。

大勲位の称号剥奪は賛成ですね。老人ホームにでもいれたほうがよっぽど国のためになるでしょう。


御意、御意  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月30日(日)01時18分7秒
私も大勲位を剥奪せよ、と言ってます。
ただ、比較の問題なんでございます。


バカ曽根はいらない  投稿者:反中国流  投稿日:10月30日(日)00時40分58秒
バカ曽根はプラザ合意で我が国経済をハードランニングさせバブル崩壊。靖国神社へは参拝を停止した。バカ曽根は国賊である!


いつまで・・・?  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月30日(日)00時00分58秒
政治家は、いつまで国民の機嫌をとるつもりでしょうか。
国民は、いつまで自分自身を甘やかす気なんでしょうか。
憲法に、「国防の義務」ですよ。
私はこれに一番注目しています。
小泉は、前文の中曽根調を、ばっさり切って、中曽根親子に、意趣返しをした、と聞きましたが、だとしたら、許せん!!


アイリス・チャン自殺と一連の経過によって、  投稿者:ここで一番  投稿日:10月29日(土)23時56分40秒
アイリス・チャン自殺と一連の経過によって、我が国の「A級戦犯」は『冤罪(無実)』であることを、究極のところ証明したことになった。


自民憲法草案について  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月29日(土)19時12分45秒
今日の新聞に掲載されていた自民党新憲法草案を読みましたが、何なんですか? あの前文は? これじゃ、まるで何かのスポーツ大会での宣誓文とさして変わらないじゃありませんか? 駄文も駄文。情緒もへったくれもありゃしない。

これなら、小泉氏が中曽根色を一掃するとして採用しなかった中曽根素案の前文

「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴として戴(いただ)き、和を尊び、多様な思想や生活信条をおおらかに認め合いつつ、独自の伝統と文化を作り伝え多くの試練を乗り越えて発展してきた。(中略) 日本国民は大日本帝国憲法及び日本国憲法の果たした歴史的意味を深く認識し現在の国民とその子孫が世界の諸国民と共に更に正義と平和と繁栄の時代を内外に創(つく)ることを願い、日本国の根本規範として自ら日本国民の名に於いて、この憲法を制定する。」

の方が、余程(よほど)、マシです。

ついでながら「自衛軍」と言う呼称も気に入らない。これじゃ、「自衛隊」の「隊」が「軍」になっただけ。国防を担(にな)うと言う観点からすれば、「国防軍」や「防衛軍」と言った呼称の方が、余程、相応(ふさわ)しいでしょう。


皇室典範  投稿者:蘭丸  投稿日:10月29日(土)15時03分8秒
お久しぶりです。
先の「有識者」会議に於いての独裁的な結果を許す訳にはゆきませんね。

この会議の結果を鑑(かんが)み突き詰めて行くと、将来旧宮家の男系男子を誰かが担(かつ)ぎ出し「天皇」を名乗るような事態が起こらないとも限りませんよね。
三種の神器(じんぎ)がある女帝側が天皇か、はたまた男子皇統が天皇かって議論が起きかねません。

時代が時代ならば南北朝時代や幕末みたく世が乱れる契機となりましょう。

武家ならば家名の存続優先で(他家からの)養子もアリでしょう。しかし武家とは相容(あいい)れない(私の知る限り)はずの皇族ですから宮家からの養子以外は考えられませんし。

それにしても有「識」者とは横暴です。私は許す訳にはゆきません。


《倭》と《大和》の語源4の注  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月29日(土)14時08分41秒
いま『万葉集(まんにょうしゅう)』で「耶馬台」を探してみたのですが、見つかりません。
古い人の本で読んだので、どこかにあるのでしょうけど・・・。
ざっと調べたところでは、「山跡」が圧倒的に多かったです。


『「三種の神器」の心』15  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月29日(土)13時30分27秒
[承前]

 またもちろん、終戦直後には、アメリカの軍人が神域の神木を切り倒して遊ぶなど、危機がありました。
(注:はっきりはしませんが、何らかの形で「八咫鏡(やたのかがみ)」の疎開を図った可能性もあると思います)

 戦後は、一宗教法人になってしまったために、やはり遷宮もままならず、緊急的に延期――本来は昭和二十五年の筈が昭和二十八年に延期――するなど苦しい時代がありましたが、熱心な人たちの協力で、やっとまともな姿に復旧しました。

 平成五年の式年遷宮においては、四百億円に近い史上最高額の浄財が集まり、そのため現在の《伊勢神宮》は空前の充実ぶりです。
 平成二十五年に予定されている第六十二回式年遷宮については、平成十六年四月五日に、天皇陛下より「御聴許(ごちょうきょ)」を賜(たまわ)って、北白川道久神宮大宮司において準備が進められることになりました。
 総額五百五十億円が試算されている大行事です。
 なお心配は金銭面だけではなく、特殊技能者の不足もあるし、檜(ひのき)のような用材にもあります。
 今回は社殿以外には代替材を考えているとのことです。


《倭》と《大和》の語源4の修正  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月29日(土)13時24分4秒
また『万葉集(まんにょうしゅう)』には「耶馬台」もらしい。

また『万葉集』には「耶馬台」もあるらしい。


《倭》と《大和》の語源4  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月29日(土)13時17分31秒
 そしてこれが、「大和」の語源は「山門」ではないし、また九州の「山門」は大和朝廷の出発点ではない――との説に結びつくのである。
 しかし、音韻がしだいに変化する例はたくさんあるので、これは一つの意見にすぎず、「大和」と「山門」は同源であるとする著名な学者も多い。
 もうひとつ、「山門」に近い言葉に「山処」がある。
 文字どおり山のある処という意味だが、こちらのほうは「大和」と同じ乙類であり、したがって「山処」が「大和」の語源だという説もある。

(前記の『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』で北畠親房(きたばたけ-ちかふさ)は「山迹」説をとり、異説として「山止」説を紹介している。前者は山を歩いた足跡、後者は山への居住という意味だが、七百年も前の学説なので、ここでは参考にとどめる)

 さて次に、この甲類・乙類の区別を、《邪馬台国》がどこにあったかの問題にむすびつけてみよう。
 台は「ト」とも読めるが、このように読んだとき、

「邪馬台」の「ト」は乙類

 で、「大和」の発音に等しい。
 したがって、甲類乙類を峻別する意見では、
「《邪馬台国》大和説」
 ――となるし、また音韻変化を認める意見では、「山門」なる地名が九州にあるので、
「《邪馬台国》九州説」
 ――を否定すべきではない、となる。

 ちなみに、『古事記(ふることふみ)』に記された万葉仮名(まんにょうがな)の「ヤマト」は「夜麻登」で統一されているが、『日本書紀(やまとのふみ)』のそれは十通りもあり、そのなかには、「邪馬騰」という、「邪馬台」にとても似た音写文字もあるとのこと。
 また『万葉集(まんにょうしゅう)』には「耶馬台」もらしい。台と書いてトと読ませている。

 シナ史書では、七世紀前半の『隋書倭国伝』に、
「邪摩堆に都する、すなわち『魏志』のいわゆる邪馬臺」
 ――とあるので、「邪馬台」は昔のシナでは「ヤマト」にとても近い発音だったとの印象をうける。

◎むすび

 以上を総括してみよう。
 甲類・乙類という古代の発音の違いは別問題として、「ヤマト」の語源としては「やまのあるところ」あるいは「やまへの入口である門や戸」という意味からきたという説が有力で、漢字で書けば「山門」あるいは「山処」などが語源であろう――いう説が一般的であるらしい。
 だから「ヤマト」は最初は山に近い場所、つまり神聖な山の麓の呼称であって、日本全体の名ではなかった。
 日本のあちこちに「ヤマト」という地名があり、また氏族名があり、そういう氏族の代表が大和朝廷の先祖であった。
 そして、奈良県の《大和》に本拠をおく大和朝廷が日本を統一したために、シナ式表記の「倭」のかわりに美しく「大和」と書いて「ヤマト」と当て読みする単語が、日本列島全体の代名詞になっていったのである。

 和は倭の代わりなので、和のみで「ヤマト」と読むのが本来である。
 したがって、大和を「オオヤマト」と読むことも多い。戦艦大和に祀(まつ)られていたことで知られる《大和神社》がその例である。

《邪馬台国》との関係については、「邪馬台」も「大和」も末尾をトと読んだときの古代の発音は乙類で同じと想像されるので、《邪馬台国》が大和朝廷かその先祖の地《大和》であった可能性はきわめて高い。
 しかし、それだけで奈良県の《大和》が《邪馬台国》であると決めつけることはできない。
 九州の《山門》の音韻が変化して《邪馬台国》になった可能性も否定できないからである。


《倭》と《大和》の語源3  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月29日(土)13時14分43秒
 もっともなっとくしやすい意見は、日本列島の盟主になった大和朝廷の先祖が住みついていた土地の名前が、漢字を知らなかったころからの純日本語で「ヤマト」と呼ばれていたからだろう――というものである。
 またそれを自分たち一族の名前にもしていたのであろう――というものである。
 そこで、大和朝廷の先祖がいた土地に、「ヤマト」なる地名が残っているかどうかを調べる段取りになるが、それには、その土地がどこだったかを求めなければならない。

《邪馬台国》に「九州説」と「大和説」があるように、大和朝廷の先祖の土地についても、最初から現在の奈良県の《大和》だったという説と、『記紀』に記されているように九州だったという説がある。
 奈良県の場合には《大和》そのものなので、問題はその地名の意味やいつごろからそう呼ばれていたか――ということだけであるが、九州については「ヤマト」なる地名をもつ場所を探さなければならない。
 それは、『記紀』にある高千穂の峰の近くや日向(ひゅうが)の地には見つからないが、中北部には現存している。
 福岡県の山門郡(ここに大和という町もある)とその近くの熊本県の山門である。
(これらはヤマトと読む)

 神武東征説では、この地点が大和朝廷の先祖に関係するとする考え方があるし、「《邪馬台国》九州説」では、この二箇所のどちらかが《邪馬台国》だったとする意見が昔からある。
 江戸時代の新井白石も福岡県の山門説を唱えていた。
 地名は変化するので、九州の一部に「山門」なる地名が現存しているということは、昔は他の地域にも同様な地名があった確率が高いということであり、高千穂のあたりや現在の日向のあたりにも「山門」があった可能性がある。
 また奈良県の《大和》も、本来は「山門」または「山処」といった漢字を当てはめるべき意味の「ヤマト」という地名だったのだろう――という説が多くの学者によって唱えられている。

 というわけで、「大和」とは本来の漢字の意味からすれば「山門」と書くべき言葉で、山の門つまり山への入口といった意味を持っており、これが、畏敬すべき山地の近くに住んでいた大和朝廷の先祖がその土地につけた名であり同時に氏族名でもあり、それをあらわす漢字として「倭」を改善した「大和」を採用することにしたので、「大和」と書いて「ヤマト」と読む一見奇妙な読みができたのであろう――ということになる。
 これはなっとくしやすい推量であり、肯定する学者も多いらしい。

◎甲類・乙類の諸問題

 ただしちょっと問題もある。
 それは、万葉仮名(まんにょうがな)の研究などによって、古代の日本語には同じ「ト」にも二種類あることがわかっており、その違いを検討すると、「大和」の「ト」と「山門」の「ト」は発音が異なっているので、語源が「山門」という説は成立しない――との意見があることである。
 この発音の問題を《邪馬台》にあてはめると、それは「大和」には似ているが「山門」とは違うとされ、「《邪馬台国》九州説」への反論にもなっている。

 古代の発音における甲類・乙類の問題は専門書を見ていただくことにして、「山門」と「大和」にこれをあてはめてみると、

「山門」の「ト」は甲類
「大和」の「ト」は乙類

 ――となるので、この二つの地名(氏族名)は古代の発音が異なっていたことがわかる。


《倭》と《大和》の語源2  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月29日(土)13時08分39秒
[イ]にはもうひとつ、円形を意味する「ワ」から来たのだろうという説がある。
 それは、
「日本の集落や都市は昔から環濠と呼ばれる堀を周囲に円周的にめぐらした中にあった。だからシナ人からお前の国は何と呼ぶのか、と聞かれたとき、円形や環形を意味する日本語の「ワ」を使って「わのなかにある」あるいは「わのなかのくに」または「わのなか」といった答をしただろう。そこでシナ人は日本のことを「ワ」と呼ぶようになり、それを差別的な「倭」という漢字で表した」
 ――というものである。

 おそらくこの後者の[イ]の二つ、またはそれに近いことがあって、かなり昔――たぶん西暦前――の前漢の時代からシナでは日本のことを《倭国》と呼んでいたのだろう。
 そしてそれを知った古代の日本の知識層が、
「なるほど自分たちの国はシナ人によって倭と呼ばれているのか、それなら我々もこの文字を使って「倭」と記すようにしよう」
 ――と考えたのであろう。

 ところで、古い文書を読むと、日本人は自分の国のことを「倭」とも記しているが、それが次第に「大和」に変化してきている。
 なぜなのだろうか?
 それは、日本人が次第に漢字の意味を勉強するようになり、「倭」は差別的な意味を持っていることがわかってきたからだろう――といわれている。
 古代の日本人はいろいろ考えた末、シナでの発音が似ていて、かつとても穏やかで良い意味を持つ「和」を採用して「倭」のかわりに使おうではないか――ということになったのであろう。

「和」はやわらぐ、なごむ、友好的、楽しむ・・・といった日本人好みの意味を持つ漢字である。
 この「和」を「ワ」と読むのはシナの音であるが、日本古来の発音である「ワ」は、円、環、輪、回・・・といった意味を持ち、落ち着きのある語感の言葉である。
 だから、「和」という漢字は、当時の日本人にとって、元々の漢字の意味も、読みから来る日本語としての語感も、ともにとても感じの良いものだったのだ。
 この「和」の前に「大」をつけて「大和」という単語をつくったのは、大和朝廷やその都がとても強く大きくて立派だ――という自負心からだろうが、ひょっとすると『魏志倭人伝』に記されていてる「大倭」にヒントを得たのかもしれない。


◎なぜ「ヤマト」と読むのか?

 ここまではなるほど――と思われるのだが、つぎに疑問がうかぶのは、「ヤマト」という読みである。
『記紀』を読むと、「大和」だけではなく「倭」も「ヤマト」と読むことが多かったらしいとわかる。
 そしてその「ヤマト」という読みは、《邪馬台》の読みとじつによく似ている。
《邪馬台》を「ヤマタイ」と読んでも「ヤマド」と読んでも「ヤマト」によく似ているし、ズバリ「ヤマト」と読むのだと唱える学者も多い。

 だから、「ヤマト」なる読みの詮索は、日本国の語源論だけではなく《邪馬台国》探しの面でもきわめて重要になってくる。
「大和」を単純に音で読めば「タイ・ワ」だし、訓で読めば「オオ(オホ)・ヤワラグ」などであり、どう工夫しても「ヤマト」なる読みは出てこない。
 したがって「大和」と書いて「ヤマト」と読ませるのは、完全な当て字(当て読み)である。
 では、どこからその当て読みが出てきたのだろうか?


《倭》と《大和》の語源1  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月29日(土)13時06分0秒
 ヤマトと邪馬台の関係が話題になった機会に、古代にいわれていたらしい「ワ」という日本の呼称や《大和》の語源について、邪馬台との関係も含めて私考を記してみることにします。

◎「倭」と「和」の問題

『魏志倭人伝』は正式には『三国志』のなかの東夷伝のなかの倭人の条というのだが、いずれにせよ倭人という言葉がでてくるし、さらに倭や倭国という言葉がでてくる。
 つまり当時のシナ王朝では、現在の日本列島および朝鮮半島南端部のことを《倭国》と記し、そこに住んでいる日本人のことを倭人と呼んでいたのだ。
 なぜそう呼んでいたのだろうか?
 これについては、いくつかの説があるが、大きく分けて、

[ア] 漢や魏の役人が勝手に作ったという説。
[イ] 日本人が質問されてそう答えたという説。

 ――の二つになる。

 前者の[ア]は、「倭」という漢字の意味が低いとか曲がっているとか遠いとかいうものなので、遠路はるばる日本を訪れた使者が日本人の醜(みにく)い姿を見て、そう名づけたのだろう――というものである。
 しかしそれはあまり説得力がない。
 なぜなら、『魏志倭人伝』のなかの多くの国名は、みな日本での呼び方を漢字に当てはめて、日本人の発音に似た呼称で呼んでいるからである。
 ただそのとき当てはめる漢字に、蔑称的なものが多いということなのだ。

 一方後者の[イ]は、質問された日本人が「ワ」と答えたので、それに差別的な「倭」という漢字をあてはめたのだろう――というものである。
 これは前者よりずっと得心がゆく。
 この後者の説にもいろいろあるわけだが、著者が読んだ説を二つほど挙げておく。

 そのひとつは、
「日本人が昔のシナ人と話をはじめた時代に、日本人は自分たちのことを《われわれ》または《われ》または簡単に《わ》といい、自分たちの国のことを、《われわれのくに》または《われのくに》または《わのくに》などといったので、シナ人は日本を「ワ」と呼ぶようになり、それを漢字で書きあらわすときに、差別意識によって低い姿勢とか従うとかいう意味を持つ「倭」を当てはめ、日本のことを《倭国》、日本人のことを「倭人」と記すようになった」
 ――という説である。
 南北朝時代の南朝の忠臣・北畠親房(きたばたけ-ちかふさ)の『神皇正統記(じんのうしょうとうき 1339)』にも似た意見が紹介されているが、その前の『釋日本紀(しゃくにほんぎ 1300ごろ)』にも同じ意見が書かれており、とても古くからの説である。

 ちなみに後漢から金印を贈られたとされる倭奴国や伊都国の次ぎの奴国の奴とは、召使(めしつか)いとか虜(とりこ)とかいう意味で、これまた倭に負けずに下品な漢字である。


少数?  投稿者:解法者  投稿日:10月29日(土)09時37分46秒
女性天皇に反対している者もかなりいるんだが・・・・

>こういう少数で、他とは相容(あいい)れない者が、やがてスターリニズムに走るのだ<

全く<無知蒙昧(もうまい)>だ!
スターリニズムを生んだのは、少数者ではなく、多数者!
キミはソ連の共産主義の政権奪取の過程を知らないね!


むずかしい話  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月28日(金)17時39分25秒
ヤマトと邪馬台の話は難しいですね。
ヤマトの語源は、神聖な山に入る入り口という意味らしく、漢字で書けば山の門とか山の戸とからしいですけど、それをヒミコの時代の日本人がどう発音していたかわからず(日本のどの地方でも同じ発音だったとも言えず)、日本人と接触したシナの使者の耳にそれがどう響いたかもわからず、また当時のシナの歴史家が邪馬台をどう発音していたかもわかりませんから、じつに難しいです。
私としては、大体一致している――という事しか言えないような気がします。


そうですか?  投稿者:桔梗  投稿日:10月28日(金)15時32分21秒
「ヤマト」に「邪馬台」と字を当てたというのは、全く無理とは言い切れないんじゃないでしょうか。史実の考察抜きには語れないと思いますが、読み方と字の充(あ)て方だけを見れば興味深い指摘だと思います。

北京語の発音をカタカナにするのは横着だと思いますが、もし表音文字としてカタカナを充てるとすれば「シエマァタイ」と読みます。こう書くと全く違いますが、「牙」という字は「ィア」または「ヤ」と読みまして、「牙」をつくりにした別の字(芽や訝や呀など)も同様に「ヤ」と読むものが多いです。何らかの形で字が置き換わったのか「邪」の読み方が変わったのか、私は全く知りませんが、「邪」を「ヤ」と読めば、可能性は無くはないと思います。ちなみに「牙」を用いて「シエ」と読むのは、私の知る限り「邪」だけで、他はほとんど「ヤ」ですね。

台湾など漢語圏では外国語の地名や人名などの固有名詞に漢字の当て字をよく使いますが、かなり元の発音から離れるものが多いです。

今思い出すだけでも

湯姆克魯斯-タンムゥクゥルゥス(orシ)ー⇒TOM CRUISE(英語)
艾力克萊普頓-アイリークゥライプゥドゥウン⇒ERIC CLAPTON(英語)
西班牙-シーバンヤ⇒ESPANA(スペイン語)、SPAIN(英語)

と、初めて聞いたときはわけがわからなかったです。
今は微妙に似てる気もしますが。

こう考えると、「ヤマト」の「ト」を「台(タイ)」に置き換えるのも、全然無理じゃないと思うわけです。

だからと言って yoheiさんの考察に対して同調するわけではありませんが、少なくとも発音的にはあり得るなぁとは思いましたので。

この点は常連さんの中に大陸言語にお詳しい方がいらっしゃるので、その方々の意見も聞いてみたいです。


・・・だから「日本から天皇は消え去る 」  投稿者:通りすがりの・・・やれやれ  投稿日:10月28日(金)12時50分14秒
>そうかも知れないが、そう考えることこそ日本人の精神の退廃を物語る。
>こういう考えこそ、日本から天皇を抹殺する者に加担している。
>左翼と全く思想が共通している。

右だ左だとやたら分けたがる選別主義者は、やがて少数となり滅びる。
その最もたるものが革命思想だ。
こういう少数で、他とは相容(あいい)れない者が、やがてスターリニズムに走るのだ。

>だから、こういう思想を持つ者を「アカ右翼」と呼んでいる。

んな事言うのは「バカ右翼」・・・真の民族主義者にアラズ。

>こういう考えの者は戦後民主主義の<落とし子>だ。
>知らず知らずのうちにこういう悪弊が身に染み付いてまって
>払い落とせない!

戦後民主主義をすべて否定する者は、タイムマシンにでも乗って、戦前(過去)に逝けば良い。

やれやれ天皇制の看板だけ固持すれば良しとする者が多くて、天皇はんも大変でんな・・・・・
まるでトキかパンダのごとき扱われようで。

それとは別に、
オロモルフさま、現実的なお話、ありがとう存じます。


女性女系天皇問題  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月28日(金)11時55分47秒
 前にこの掲示板で長く連載しましたように、現状を延長しますと、確率論からいって、皇統は断絶いたします。
 仮に女系を認めたとしても断絶してしまいます。
(これは私の意見ではなく、数学的な結果です)

 断絶を防ぐためには、
甲:多子化
乙:側室制度
 ――の二つが不可欠です。
 甲乙二つが必要であって、甲の多子化だけではダメなのです。
 数十年前までの日本は、今に比べれば遙かに多子化でしたが、それでも皇統の危機は再三訪れました。
 甲乙双方が満足されていてさえも、危機がありました。

 明治天皇は側室が五人おられ、十人以上の皇子女がおられましたが、皇子でかろうじて成人なさったのは、病弱の大正天皇ただお一人でした。
 昭和天皇は、側室はおられませんでしたが、はじめの四人もが内親王であり、五人目にようやく今上天皇が降誕されました。
 まさに危機一髪であり、多くの人が真剣に側室復活を主張しておりました。

 上の甲のみでは断絶してしまうことは、歴代の天皇の系図を調べれば分かります。
 古代の資料は不明なことが多いのですが、私の推理では、おそらく五世紀くらいで皇統は消滅していただろうと思います。
 側室が皇統を支えたのです。

 今はモラルの点から、側室への嫌悪感が多いのですが、保守派に属する人たちも、この問題に正面から立ち向かわないと、議論は架空世界のものになってしまうと思います。
(この話は前にこの掲示板でも、もっと詳しくいたしました)


『「三種の神器」の心』14  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月28日(金)11時32分7秒
◆◆◆ 七 伊勢神宮における「八咫鏡」の危機◆◆◆

 一方《伊勢神宮》のほうは、さいわい熱田(あつた)神宮ほどの混乱はなかったようですが、それでも皇室の力が弱まった時期には、遷宮もままならず、正殿も古びてしまって危機に瀕した時期もありました。

「桓武天皇の御宇(ぎょう)にあった放火窃盗事件」
「平安期における御正殿への乱入事件」
「室町後期から安土桃山にかけての百年以上の遷宮中断」
 ・・・などが知られています。
(この中断を救って式年遷宮を再開させたのが、伊勢神宮近くの仏寺の尼僧たちの活躍であったことは、あまり知られておりません)

 これらの苦難の間も「八咫鏡(やたのかがみ)」は大切に守られてきましたが、意外な危機もありました。

 第二十一代の雄略天皇の皇女(こうじょ/ひめみこ)の稚足姫(わかたらしひめ)は《伊勢神宮》の斎王(さいおう/いつきのひめみこ)として仕(つか)えていました。
 伊勢斎王は独身の皇女がつとめる習わしでしたが、雄略天皇三年に、男女関係で讒言(ざんげん)があって妊娠していると言われ、悲嘆した皇女は、五十鈴川(いすずがわ)の川上に「八咫鏡」を埋めて自害してしまいました。

 必死で探しているうちに、ある場所に虹がかかったので掘ったところ、「八咫鏡」が埋められていた――という伝承があります。
(虹というのは神秘性を強調するための修辞です)
 これは『日本書紀(やまとのふみ)』にかなり詳しく記されており、当時の大事件だったことがわかります。
 実年代は推定五世紀後半です。


日本から天皇は消え去る  投稿者:解法者  投稿日:10月28日(金)04時54分53秒
>やむをえぬ選択が女性天皇であるのは、多くの日本人の感覚だと思います<

 そうかも知れないが、そう考えることこそ日本人の精神の退廃を物語る。
 こういう考えこそ、日本から天皇を抹殺する者に加担している。
 左翼と全く思想が共通している。

 だから、こういう思想を持つ者を「アカ右翼」と呼んでいる。

 こういう考えの者は戦後民主主義の<落とし子>だ。
 知らず知らずのうちにこういう悪弊が身に染み付いてまって払い落とせない!


Re:RE*2:女性天皇  投稿者:通りすがりの歴史学徒  投稿日:10月27日(木)23時29分40秒
>「男系」では断絶不可避であるとして、晩やむを得ず「女系」も容認するにしても、一足(いっそく)飛びに
>何故(なにゆえ)、「男女に関係無く第一子」とするのか? 到底納得がいきません。

私も竹下様のご意見に賛成です。
やむをえぬ選択が女性天皇であるのは、多くの日本人の感覚だと思います。

「男女に関係無く第一子」これは余計な話だと思います。


Re:ヒミコ ヤマト 学校で習いませんでしたか?  投稿者:通りすがりの歴史学徒  投稿日:10月27日(木)23時21分6秒
yoheiさまへ
おいくつの方か存じませぬが、学校で習いませんでしたでしょうか?

非常に文化・文明が発達していた古代中国においては、自国以外の土地・国家を「東夷、北狄(ほくてき)、南蛮、西戎(せいじゅう)」と呼称して「自国以外は皆“野蛮国”」としておりました。
そしてそれら“野蛮国”は我が中国に“朝貢”してくる“家来”の国である、という観点になっておりました。

当然、周辺国の国名表記に使う漢字は「見下した」ものであるのは言うまでもないのです。

今の政治思想を古代の歴史に当てはめてみても、まったくの無意味です。


>「ヒミコ・姫巫女?日御子?妃巫女?日巫女?」諸説ありますけれど
>「ヒミコ」と発音していたのを大陸人が勝手に当てはめたにしたとしても
>悪意向きだしもいいとこです

悪意なんかありません。当時の常識です。
また、古代朝鮮語にも中国語?にも「ヒミコ」という発音はありません。(無理をすればピミカでしょうか?)

>邪馬台国
>↑これも、なぜ故に「邪」などという漢字を我々日本人は教科書で認識しなければならぬのか?
>どう考えてもこれも日本人が「ヤマト」と発音したのを大陸人が勝手に当てはめた漢字であると
>思うのです

これを「ヤマト」と呼ぶのもの無理があります。「台」(本当は旧字の“壱(壹)”を旧字の“台(臺)”に無理やり置き換えて「ヤマト」と呼ぼうとした。だが“台”は「ト」とは発音しない)
また、時代はかなり下(くだ)りますが、九州には「邪馬峡」という景勝地も存在いたします。

以上、非常に基本的な事ですので市販の書籍で学習されることがよろしいかと存じます。

邪馬台国関係の書籍は、市場に大量にそんざいしていますので。


そもそも  投稿者:yohei  投稿日:10月27日(木)22時48分31秒
そもそも、なぜゆえに
血統において男系というものに重点が置かれているのか
皇族だとか関係無く生き物として考えてみました
人間以外の動物も多くの種に男系を優先と考える生き物が多いということもありますし
特にライオンなんかはボスになると前のボスの子を殺したりしますからね
それを人間の目線で考えてみました
では↓↓

男も女も全ての人間は

自分の親が誰なのかを知りたいという
欲求が強くあると思うんですよ

そう考えたときにまずは母親の方が確定しやすいんですよね
もろ体内から子は出てきますから
しかし父親ってのは母親に比べ確定的ではない・・・
監禁でもしない限り、疑うことはいくらでも可能です
疑心暗鬼ほど怖いもんはないですよ、
そういうことは少しでもないほうがいいし
少しでも無くそうと思うはずです
広く平和を求めるがために

だからこそ、それを
模範的に行ってきたのが男系継承だと思うのです

世の中には父親の方が不確定要素は多いがため
(男の方が一途(いちず)ではない、恋多き動物なので)
母親が誰なのかを知りたくて探している人より
父親を誰なのかを知りたくて探している人の方が多いはずです

会いたい人に会えないのは悲しい事じゃないですか
そういう事象は少しでも減らしたいじゃないですか

そういう悲しい事態になる可能性をわずかでも減らそうとして
用いられたのが男系継承だと俺は思います
多くの父母は息子に家を継がせようと考えます
それは、 言うなれば男を「家」に縛ったほうが、
そういう事は起こり難(にく)いだろうということです
逆に女を「家」に縛った場合での男の不貞行為は
父を探そうとする子が増える一因となりえます


男系による天皇制の確立で
男系継承が国民の模範となり
多くの家で男子に継がせたいと思うようになったはずです

ですが日本は他国に類を見ないほど婿(むこ)養子制度が広く行われています、これも「家の安泰・平和」を考えると合理的だと思います、男に責任感情を持たせるためだと思います
しかし、模範は模範としてできる限り続けて欲しいと思います、万策付きる前に女系でいこうという考えには私は馴染めないのです。

これらことで、固執した根拠によらない男系では無く
あくまで「子が親を知りたい」という自然な感情を重視した
男系であると思えます、私の先祖と聞いた加賀藩では実にその4割弱が婿養子が家督を継いでいると聞きました。
自分の子であるかどうかの確認のしやすさに比べ
自分の親が誰なのかを知る事ができずに悲しんでいる
場合の方が多いですからね
子は二人以上可能であっても
親は二人以上でも以下でもありませんからね

「親を知りたい」これは誰もが心の底にある思いのはずです

上手(うま)く言い表すのがむずかしい・・


中国語は存在するか。  投稿者:三保 平清  投稿日:10月27日(木)18時05分9秒
巻頭の竹下様の文章興味深く読ませて頂きました。私も中国語は存在しないと思います。中国と言う国が存在しない様に。昔モンゴルが支那を征服した時に、彼らはこことここは民族が違うと、それで省が出来たと何かで読んだ記憶があります。省の数だけ民族がいて、それだけの言語があったのでしょう。それを表意文字の漢字で、何とか意味を遠そうとした。あれだけの広い地域で明らかに、気候風土、生活様式、宗教、風俗が違っています。しかも支那の歴史は断続的だったり、違う王朝が並び立っていたり。支那・・千年の歴史とは到底簡単に言えないでしょう。昔「西夏」と言う国がありました。そこでは「西夏文字」使われました。違う文字を使わねばならなかったと言う事は、すなわち言語が違っていたからでしょう。近年漢民族が拡散したからと言って、その言語が全部は消えないでしょう。


三種の神器  投稿者:霧山人  投稿日:10月27日(木)17時46分19秒
三種の神器の素材や形態は、どのようなものなんでしょうか。

これがわかると、古代朝鮮(現韓国)との関係を正常に把握できると思います。

つまり、天皇が単純に韓国から来たという構図を覆(くつがえ)せると思います。
それを理由に、日韓友好とかいって、特権的な関係を築こうとしている連中に泡吹かせられます。現韓国とは由緒が違うということ。

ちょっと、西都原(さいとばる)というところの考古博物館に行ってまいりましたが、韓国の中の日本文化という催しをしていました。多分、五世紀くらいだと思いますが、扶余や伽耶(かや)のあたりに日本で見られるのと同様な古墳があるし、出土品もあるという。出土品については、交易関係があったということで、判断できますが、墓制についてはやはり出自に関わることだとは思いますし、精神性の現われだと思います。でも、それを日本文化と言ってしまうのは厳密には違うと思った。日本文化ではなくて、古墳文化が適当だと思います。どうも日本文化といいますと、京文化や江戸文化、明治の文化を思い起こしてしまうからです。そういった誤謬(ごびょう)を考えずに、単純に天皇と韓国を結びつける感覚がどうも理解できません。うまく、はめられているように思います。古墳の副葬品を見ますと、やはり、馬具なんかは、スキタイとか、イラン方面の装飾に思えます。どうしても、一般的な東洋のイメージとは異なっているのです。竜宮城や天女といった朝鮮的なイメージはでてきません。それもシルクロードの向こう側に源泉があるみたいで、韓国は単に通路に過ぎなかったとすら思えました。韓国のお面は男は中国・女はインド的ですし、やはり韓国が天孫の根源ではないとしかいえないと思う。何千年も旅を続けた結果、その残影だけが韓国経由で、日本に流れ着いた。薄暗い古墳の中のイメージとして、その埋葬者は、どうして、こんなところに流れ着いてしまったのだろう、と思い浮かんだものでした。副葬品にも、三種の神器と同じ種類のものが入っていますが、鏡・勾玉(まがたま)・剣を眺めながら、本物は一体何だったろうと幻想していました。鏡は何か。勾玉は水晶か。剣は鉄製か。それによって、ますます幻想は膨らんでいきます。

しかし、近くの新田原(にいたばる)基地は、戦闘機が飛び回ってますね。音がすごいです。
近くには住みたくないですよね。


はるさま、あのね。(桐工作)  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月27日(木)15時33分55秒
はるさま、米内光政(よない-みつまさ)内閣が発足したのは、昭和十五年、一月。同年、三月、汪兆銘政権樹立。しかし、蒋介石との講和も求めていた日本政府は、二月から、宋子良なる男を通じて、日華和平工作をすすめました。この男、宋子文の弟と自称。宋子文は、蒋介石の子分、経済担当。宋靄齢、宋慶齢、の弟で、宋美齢の兄。宋子良なる男にさんざん気をもまされ、待たされたが、何の成果もなかった。東條のはんたいもあって、このいわゆる「桐工作」は、打ち切られました。たぶん、米内も反対だったのでしょう。後に判明したところによると、この男、真っ赤な偽者でした。たぶん、あなたが言われるのは、この事ではないかしら、と思います。
私胃潰瘍で、出血しているのが、本日判明。シナ事変については、また後日にさせて下さいませ。


竹下義朗さま2  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月27日(木)11時56分17秒
すみません、残っているのが4家というのは、前に竹下義朗さまに教わったのかもしれません。
だとしたらすみません。


竹下義朗さま  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月27日(木)11時52分14秒
すみません、ちょっと教えてください。
今話題の旧宮家ですが、戦後に皇族を離れた旧宮家11家のうち、現在まで男系が続いているのは4家のみという事を、どこかで読んだのですが、これは正しいでしょうか?
疑問は二つに分けられまして、
◎戦後まもなくの旧宮家11家は、たしかに古くからの男系が続いていたか。
◎現在の旧宮家で男系が続いているのはたしかに4家か。
(つまり11−4=7家が、無くなったかまたは(養子などで)男系が絶えたことになりますが、それを確認したいのです)

お分かりでしたら、どうかご教示ください。


『「三種の神器」の心』13  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月27日(木)11時44分23秒
[承前]

〔六〕
 昭和三十年になって、崇敬者の寄付と《伊勢神宮》の古殿の用材によって、本殿の再建がなり、正式に遷宮して、現在にいたりました。

 戦後の混乱期には、米軍の神社への無理解によって、ほとんどの神社の鎮守の森が失われ、パリなど欧米の大都市に劣らなかった東京など大都市の緑地比率が、大幅に縮小してしまいました。
 もともと神道は諸宗教を超越した日本独自の習俗なので、神社の境内(けいだい)は、信教とは無関係に誰でも入れる場所であり、公園と同じ役目を果たしていたのですが、それが米軍の無理解によって潰されてしまったのです。
 また貴重な遺跡である奈良県の前方後円墳なども、米軍のブルドーザーによって壊されて倉庫などになり、そのおりに出土した貴重品がゴミとして捨てられるという被害がたくさん出たそうです。


RE*2:女性天皇  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月26日(水)21時50分32秒
>もし、女性天皇が誕生した場合、その婿(むこ)は何と呼べばよいのでしょうか。

解法者さんのご指摘の通り今迄に前例が無く、したがって呼称等ありません。

(ちな)みに、「女王陛下の国」英国のエリザベス二世女王の夫君、エヂンパラ公フィリップ殿下については、一部で「皇配殿下」(女偶者の義)と呼称しています。(和名(やまとことば)でなら、「世幸夫」(よさきお)でしょう)


・・・それにしても、例の「有識者会議」の最終答申では、女帝容認・女系容認・第一子継承で意見集約を図るとの事。ニュース等では、「一部の民間学者や研究者」から異論が出ている、と言ったコメントがありましたが、抑(そもそ)も、「有識者会議」のメンバーは奥田碩(ひろし)経団連会長等、「一部の民間学者や研究者」以下の人選であり、こんな会議にどれ程の権威があるのか、私は非常に疑問です。

「男系」では断絶不可避であるとして、晩やむを得ず「女系」も容認するにしても、一足(いっそく)飛びに何故(なにゆえ)、「男女に関係無く第一子」とするのか? 到底納得がいきません。

いっその事、首相の私的諮問機関たる「有識者会議」を無視する形で、「一部の民間学者や研究者」からなる「有識者会議」を立ち上げて、全く異なる答申をしてはどうでしょうね。


デリバリーボーイ  投稿者:でりばりーぼーや  投稿日:10月26日(水)19時30分41秒 Remote Host: 61.124.244.43.ap.highway.ne.jp, Time: 1130322641
(当掲示板に相応しくない内容と判断し、管理者権限に於いて削除)


イラクの憲法  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月26日(水)13時16分50秒
イラクの憲法草案って、どういう内容なんでしょうか?


『「三種の神器」の心』12  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月26日(水)12時53分56秒
[承前]

〔二〕
 新羅(しらぎ)の密偵によるこの事件は朝廷でも大問題となり、事故再発を防ぐために「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を皇居に置くことになりました。
 しかし天武天皇のご病気の原因がこのことだとの説が出て、さらに神宮側の懇望もあって、天武十三年(西暦六八六年)に返却がきまり、その年の十二月に熱田(あつた)神宮に戻りました。

〔三〕
 熱田神宮の火事は何度もあったようですが、鎌倉時代の西暦一二九〇年に社殿が焼けたとき、火のなかから「草薙剣」を助け出す様子を、ここで奉仕していた貴人の娘が日記に書き残しております。

〔四〕
 江戸も幕末になった西暦一八三九年に、賊が神社に入って「草薙剣」を奪って逃げました。賊はただちに捕らえられ、剣は無事でしたが、これに懲りて神殿を改造しました。

〔五〕
 大東亜戦争の末期になった昭和二十年の三月と五月、東京大空襲と同じ時期に、焼夷弾によって神域に大被害が出、本殿の主部だけがかろうじて残りました。
 このころから神社をねらい打ちに爆撃するという蛮行がなされだしましたので、本殿を解体して隠しました。
 それから岐阜県の神社の境内(けいだい)に地下の熱田神宮をつくるという計画ができましたが、これは実行されないうちに終戦となりました。
 米軍の進駐にさいしては、万一の略奪を考えて、「草薙剣」を飛騨の水無(みなし)神社に隠し、仮殿をたてて奉斎しました。


Re:女性天皇  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月26日(水)12時46分13秒
皇婿(こうせい)とでも言うのでしょうか?


回答?  投稿者:解法者  投稿日:10月26日(水)10時17分6秒
>女性天皇が誕生した場合、その婿(むこ)は何と呼べばよいのでしょうか<

 有史以来 生存する夫がいた女性天皇は存在しなかったと考えられるから、そういう呼称は考えてもいなかったと思われる。
 なお、朝鮮にも新羅(しらぎ)に3人の女性天皇がいたが(そのほかの王朝にはない)、厳格に未婚が維持されていたので、同じくそのような場合の呼称はない。

 女性天皇については、「女性天皇の歴史」石原藤夫 栄光出版社 を読まれることをお勧めいたします。


感謝。  投稿者:はる  投稿日:10月26日(水)02時25分8秒
黒髪様、参考文献の御紹介、感謝です。
小林よしのり氏の「戦争論」と中央公論社の「日本の歴史(日本の近代1〜9、16のみ)」は、既読でした。
日本の近代9(逆説の軍隊)では、過剰な精神主義になった理由や軍務大臣現役武官制になった経緯など、非常に興味深く読んだのですが…、このシリーズはダメなんですか、残念。
今、読んでいる「汪兆銘(精衛)」が終わったら、「大東亜戦争への道」やオロモルフ氏御紹介の『日本歴史全集全17巻(講談社)』もトライしてみます。田舎(いなか)の図書館にも有ればいいのですが…。


>米下院外交委員会のハイド氏が  投稿者:hwangdongyang2002  投稿日:10月26日(水)02時21分42秒
そもそも支那が日本の戦争指導者を「A級戦犯」とする根据となった「東京裁判」はアメリカ主導の不当裁判である。從って「A級戦犯」をでっち上げたアメリカがまず靖國參拜を批判するのが筋で、アメリカが今まで靖國に対して沈黙し、支那と朝鮮が批判していた方が不思議。日本を批判する支那と朝鮮の背後にはアメリカがいる。「東京裁判」と「A級戦犯」の思想を創(つく)ったアメリカがやっと靖國參拜批判の片棒を担(かつ)ぎ出したのは、然(さ)もありなん。
「日本はアメリカと同盟を結ぶのは当然」という奴隷は親中や朝鮮スパイと同類の反日主義者であり、そういう輩(やから)には靖國參拜を支持する資格も參拜する資格もない。
英霊が戦った戰爭を間違いと決め付けるアメリカと支那に尻尾(しっぽ)を振っている日本人など、旧日本軍の望むところではない。
新米も親中も賣國奴である。

日本の總理が靖國參拜の際に「終戰」記念日を避けて、かつ「私的」に參拜するようになったのは、反日マスコミが「公人か私人か」などという下(くだ)らない質問を續けたから。それで公人としての參拜では政ヘ分離に反するという輿論ができ、政治家が「私的」に參拜すると、こんどはメディアが「私的參拜」でもダメだと言わんばかりに叩いた。
それなら最初から「公人か私人か」などと訊(き)かなければいい。
また、日章旗を拒否する人たちは當初、「日の丸を國旗とする法的根據がない」と言っていた。それで法的根據ができたら今度は「思想、信條」を持ち出してきた。
もし靖國以外の戰没者慰靈設備ができたとしても、日本の政治家がそれに參拜したら、またマスコミは「戰爭を美化した參拜は違憲」などと理由を付けて批判するのであろう。
最初から批判が目的で、口實は何でもいいのである。

『朝鮮語に関する話』
http://8901.teacup.com/koryeomal/bbs


ヒミコ ヤマト  投稿者:yohei  投稿日:10月26日(水)01時19分59秒
卑←いやしい
弥←もっとも、ひじょうに
呼←名づける

「ヒミコ・姫巫女?日御子?妃巫女?日巫女?」諸説ありますけれど、「ヒミコ」と発音していたのを大陸人が勝手に当てはめたにしたとしても悪意向きだしもいいとこです

名づけ親は三国志の著者だそうです

邪馬台国
↑これも、なぜ故に「邪」などという漢字を我々日本人は教科書で認識しなければならぬのか? どう考えてもこれも日本人が「ヤマト」と発音したのを大陸人が勝手に当てはめた漢字であると思うのです

倭人 − 和人
↑これも辞書には見つけられませんでしたけれど、あまり良い意味とは聞いておりません

これらを謝罪せよ名誉毀損だ、などと言う気は毛頭ありませんけれど、せめてこれらの漢字を勝手に決めたのは大陸人であり、私達の先祖が私達の代表者、また私達自身の事を表すために用いた漢字では無いということを子供達に教えるべきではないでしょうか?


Re:女性天皇  投稿者:通りすがりの愛国者  投稿日:10月26日(水)00時31分44秒
私の記憶が正しければ我が国では過去に即位された女帝は皆、婿(むこ)などと言うものを迎えた例は無かたのではないでしょうか?
ですから、その呼び方なるものは前例がありません。

先人たちが必死の思いで守ってこられた伝統
その思いを無駄にしてはいけません。


女性天皇  投稿者:霧山人  投稿日:10月25日(火)23時36分35秒
もし、女性天皇が誕生した場合、その婿(むこ)は何と呼べばよいのでしょうか。

だれか、ご存知ないでしょうか。

男性天皇の場合、その嫁は皇后でしょ。その逆はないですよね。


小泉総理の靖国神社御参拝で、米下院外交委員会のハイド氏が書簡を送ってきたそうだが、  投稿者:ここで一番  投稿日:10月25日(火)16時08分31秒
小泉総理の靖国神社御参拝で、米下院外交委員会のハイド氏が書簡を送ってきたそうだが、宗教と言えば欧米ではヒトラーの『ユダヤ人大量虐殺』や、『魔女裁判』でおなじみの『悪の枢軸キリスト教』をまったく非難もせず、またその仮面を被(かぶ)りながら、米下院外交委員会のハイド委員長(共和党)が、小泉純一郎首相の靖国神社御参拝を非難する書簡を加藤良三駐米大使あてに送っていたことが24日分かった。
ハイド委員長は20日付の書簡で、靖国神社を「太平洋戦争での(日本の)軍国主義の象徴」と指摘し「第二次世界大戦での戦犯も合祀(ごうし)しており、日本政府関係者の度重なる神社参拝には抵抗感を感じる」と己(おのれ)のことを棚に挙げキリスト狂の立場から批判しているが、これは宗教上の重大な問題ですよ。:2005年10月25日 12時14分
P.S.
インターネット暦約二十年、その私がネット社会の真実を見抜く !!!
記事の内容を十分ご理解された上、有意義な投稿をされますよう。また当ブログではネット荒らしと判断した投稿は即刻削除します。
なお写真は転載ですので、記事を含め転載はご自由に。但(ただ)し悪用禁止。


貧乏神社には無理っ!  投稿者:はに〇ねこ日本海  投稿日:10月25日(火)14時06分36秒
>浅野○子は、各地の神社で古事記の朗読を続けているそうです

ふふふ・・・。
けっこう、ボッ○○りという声もあって・・・・w

結構高いんすよ。。。ある宮司さんのため息を訊(き)いたこともありますた。


『「三種の神器」の心』11  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月25日(火)13時25分3秒
◆◆◆ 六 熱田神宮における「草薙剣」の危機◆◆◆

 祭政一致の時代におきましては、神器(じんぎ)は政争の的でもあって、その継続には困難がありましたが、神社に奉斎されている方は、皇居内の神器ほどの苦難には遭っていないようです。
 しかしそれでも、危機は何度かありました。
 とくに熱田(あつた)神宮の「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」は、つぎのようなきわどい被害にあっていることが、史書の記録に残されています。

〔一〕
 天智天皇七年(西暦六六八年)、日本に来ていた新羅の密偵(スパイ)と言われた沙門道行が、「草薙剣」を神宮から盗んで帰ろうとしました。
 しかし海が荒れて船が出ず、必死で追跡した神宮関係者によって、大阪湾で捕らえられました。
 このとき道行が盗んで通った清雪門という神社内の門は、不吉だというのでずっと開かずの門とされています。
(現韓国の古代王朝との軋轢(あつれき)は、神代から絶えることがありませんでした。朝鮮半島とのトラブルは、『日本書紀(やまとのふみ)』はじめ古い史書に無数に記されています。たとえば、瀬戸内海に繋留していた大和朝廷の多数の新造船が、半島からのスパイによって放火されて全焼したという記録もあります。実紀年で四世紀後半のことです)


Re:短気なのです、わたくし  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月25日(火)13時16分58秒
>4.中央公論社の「日本の歴史」  これ、だめです。マルクス主義学者が書いている。

私も、戦前から戦後にかけての国史全集を10セットくらい持っておりますが、新しくなればなるほど内容が変ですね。
西尾幹二さんによると、戦後の国史全集でなんとか読めるのは、講談社の『日本歴史全集全17巻』(昭和43〜45年)が最後だ――そうです。
したがって、若い人が日本史に興味を持って、全10巻以上の全集をうっかり読むと、ひどいめにあいそうです。


◆お伊勢さん情報  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月25日(火)13時07分12秒
 遷宮のシンボルマークと標語の募集に、8200作品の応募があったそうです。
 平岩弓枝、安藤忠雄、浅野温子などが審査員。
(浅野温子は、各地の神社で古事記の朗読を続けているそうです。イルカさんなどとともに、伊勢神宮に熱心な芸能人として知られております)

 平成25年の遷宮の募財機関である(財)伊勢神宮遷宮奉賛会が来年の二月に発足することが決まったそうです。


さっきのは  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月25日(火)12時58分46秒
さっき申したのは、シナ事変に関してだけです。
昭和の戦争に関しては、まだまだ山ほどの、書物をあげることが出来ます。


短気なのです、わたくし  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月25日(火)12時55分2秒
はるさま、そうと分かったら、私の読んでいた本だけでも、一足先に、ご紹介いたします。私は、贈り物をもらったらテニスの球をポーンと打ち返すように、すぐにお礼状を書かないと、気が落着かぬ性質でして・・・・笑わないで下さい。あなたの方がよほど、お詳しいかも。恥ずかしい。
  1. 「大東亜戦争への道」  中村粲(あきら)
    これは、一家に一冊置いておきたい本です。
  2. 「戦争論」一、二、三巻。特に二巻。小林よしのり作
    マンガなんか読んだこともなかった私が、感心して読みました。百万部を超えたベストセラーだというので、私は若い人たちは皆、読んでおられると思っていました。マンガといって、馬鹿にしてはいけない、小林さんは、よく勉強なさっておられます。
  3. 私の昔の中国政治史のノート
    これは、マルクス主義学者の講義録。従って、マルクス主義用語でいっぱい。ためつすがめつ、疑いつつ、時には笑いつつ、読み直しています。
  4. 中央公論社の「日本の歴史」
    これ、だめです。マルクス主義学者が書いている。でも、時々、参考にします。
後日、私の肉体を通しての、シナ事変、そして、あの戦争への視点、をぽつぽつとお話いたしたいと、思っています。なんか、皆さんに笑われそう、恥ずかしい。


「竹下学級」、「竹下塾」  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月24日(月)21時53分51秒
久保田さん 桔梗さん おやじハリファックス

何かこそばゆい感じがします。
とは言え、そう言って頂けると、管理者冥利(みょうり)に尽きますし、今迄続けてきて本当に良かった、と素直に思えます。

私は担任でも無ければ、ましてや塾長でも無いと思っています。
此処(ここ)には私が足下(あしもと)にも及ばない各分野の専門の方が集(つど)っています。その様な中、私が知っている事は開示しますし、自らの意見も主張します。それと同時に、私も皆さんから色々な情報を頂き、且(か)つ、教えて頂きたい、と思っていますので、今迄(まで)以上にこれからも宜敷(よろしく)お願いします。


RE:明治天皇と肉食問題2  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月24日(月)21時39分30秒
オロモルフ様

>少なくとも、何千年も肉食を中心にしてきた民族とは、日本人は、身体の出来かたが違っていると思うのです。
>肉食そのものが悪いわけではありませんし、栄養は大切ですが、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」です。

現代の日本人は、平均身長が伸び、足も長くなって、「スタイルが良く」なってきましたが、それ以前の日本人は、身長が低く、胴長短足のずんぐりむっくりが多かったものと思います。これは、オロモルフさんがご指摘の通り、食生活の違いによる体型の差異です。

日本人は、長らく「四つ足」動物を常食せず、動物性蛋白等は専(もっぱ)ら魚から採っていました。又、概(おおむ)ね草食(穀類・野菜類)でしたから、腸が肉食主体の西洋人よりも長く、必然的に「胴長」に進化(?)していました。日本人が肉食主体に転換してのはたかだか百年程前の事で、何千年もかけて「草食動物」としての形質を手に入れた日本人が一朝一夕に、「肉食動物」としての形質に転換出来る筈が無い訳です。見た目(表面的)には体質転換した様には見えても、本当の意味で順応するには、恐らく数百年の歳月が必要なのでは無いか、と私は思っています。

で、斯(か)く言う私ですが、私は今日から一年間、一切の肉を口にしない、詰まり精進(しょうじん)料理のみを食せ、と言われても恐らく何の苦も無く出来ます。元々が、自ら進んで肉を口にしない方ですから。
(もっと)も、だからと言って他人に積極的に奨(すす)めはしませんが。


RE:内閣総理大臣靖国神社参拝  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月24日(月)21時14分56秒
新参者さん

レスが遅くなり申し訳ありません。
風邪を拗(こじ)らせまして・・・大分(だいぶ)良くなりましたが、まだ喘息(ぜんそく)の様な咳が続いている様な状態でして。

さて、

>私自身は、これまでの首相とは違い、小泉総理を高く評価しております。竹下先生のご見解を
>お聞かせいただければ幸甚に存じます。

私が「小泉氏」(もう「総理」の肩書きを付けては呼びません)について「評価」するとすれば、胡錦涛(支那主席)や盧武鉉(ノ=ムヒョン 韓国大統領)の意を介さず、総理就任以来、延べ五回、靖国神社へ参拝した事位です。

逆に「批判」する(評価しない)点は、先(ま)ず、彼の手法ですね。
例えば、自らが政治生命を賭けて云々と称した郵政民営化関連法案が衆院で僅差で可決されるも、参院で否決されるや、直(ただ)ちに衆院を解散し総選挙へと突入。その際、法案に反対票を投じた前議員に対して「刺客」候補を放った事。そして、選挙が「歴史的大勝」(小選挙区・比例代表並立制によるトリック)に終わった後、本来ならば、直(す)ぐさま党執行部の意向に反して反対票を投じた前議員や、選挙に際して党公認候補(刺客)を妨害する形で立候補した「造反議員」に対する「総括」、つまりは、党規委員会による処分をすべきでした。然(しか)し、その処分を「敢えて」遅らせ、再度、国会に提出した郵政民営化関連法案が可決(前回、反対票を投じた「造反議員」の多くが今回は賛成票を投じた)するのを待って、おもむろに処分すると言う、その手法。これは、正に嘗(かつ)ての「ボリシェビキ」と全く同じであり、小泉氏は自らの意向(御威光)に順(したが)わない「同志」を「粛清」したと言えます。

政治の世界は確かに厳しい。「一寸先は闇」共言いますし、時としては、奇策を用いる事も必要だとは私も思います。然し、以前も書いた様に、自らの政権(権力)危機に際して、靖国参拝を、拉致問題を、出汁(だし)に使い、危機が去れば知らぬ存ぜぬの涼しい顔。こう言う薄情な人物を到底「評価」出来かねる、と言うのが私の率直な気持ちです。

嘗て「戦国最強の武将」と称された甲斐の武田信玄は、戦国の世にあって敢えて城を築きませんでした。最後に、その信玄が語ったと言われる名言を『甲陽軍鑑』より引用して終わります。

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」


訂正します  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月24日(月)21時00分37秒
中西輝政著「国民の文明史」・・・史、が抜けておりました。
中西先生には、何度か救われた思いをしました。
西部邁(すすむ)先生とともに、民主主義について、教えて下さった佐伯啓思(さえき-けいし)先生と、この中西先生が、京大におられて、学生たちにずいぶん人気がある、と伺(うかが)い、私は、まだまだ希望は捨てなくてよい、と思ったものです。
はるさま、私も「汪精衛」の伝記でも、お奨(すす)めしようかと、思っていたところでした。


少し訂正  投稿者:hwangdongyang2002  投稿日:10月24日(月)17時46分30秒
アメリカと日本の親米ポチが国連を無視してイラク戦争を始め、または支持しながらいざという時、国連を利用するのと同じ。
日本の立場から看(み)れば歴史観などで思想侵略している中韓も、憲法と在日米軍などで日本を縛っているアメリカも同じ敵であり、アメリカがシナの肩を持って日本の「軍国主義」を批判するのは、何ら驚くことではない。
それはシナとアメリカという核保有国のエゴであり、アメリカが日本の「帝国主義」を批判するのは、核擴散防止と同じで、自分(アメリカ)は核も大量破壞兵器も持ちながら他の国は持ってはいけないという身勝手なもの。シナもアメリカも結局は自分が軍事面で強権を握りたいため、日本を封じ込めたいだけなわけです。

『固有名詞問題の言語学』
http://8901.teacup.com/koyuumeisi/bbs


アメリカもシナも旧敵国  投稿者:hwangdongyang2002  投稿日:10月24日(月)17時16分3秒
『米NYタイムズ紙、靖国参拝は「無意味な挑発」』(asahi.com 朝日新聞)
http://www.asahi.com/international/update/1019/004.html

米NYタイムズ紙、靖国参拝は「無意味な挑発」

2005年10月19日11時14分

 米紙ニューヨーク・タイムズは18日付の社説で「東京の無意味な挑発」と題し、小泉首相が靖国神社参拝によって「日本の軍国主義の最悪の伝統を容認した」と厳しく批判した。

 同紙はこの社説で、参拝は「日本の戦争犯罪によって犠牲になった人々の子孫に対する計算ずくの侮辱だ」と述べた。「日本が帝国主義的な征服の道に再び向かうとは誰も懸念していない」としつつも、日中の経済的結びつきなどを挙げて「現在は隣国での悪夢を呼び覚ますのには最悪の時期だ」と分析。「日本は誉れある21世紀を迎えられるよう、今こそ20世紀の歴史に向き合うべきだ」と結論づけた。

 米国の知日派はもちろん、ブッシュ政権内でも小泉首相の靖国神社参拝を評価する意見は皆無といっていい。何の戦略もなしに日中、日韓関係をいたずらに悪化させることは東アジアを不安定にし、6者協議などに悪影響を与えかねず、米国の国益をも損なうからだ。国務省も「対話を通じた解決を」(マコーマック報道官)と日本を含めた関係国に呼びかけている。ニューヨーク・タイムズ紙は日本の歴史認識問題に厳しい態度をとってきたが、この日の社説はこうした米国内の見方を代弁したものと言える。


おそらく「中年」氏や朝日新聞のような反日派は日頃アメリカを批判しながら、こういうアメリカによる対日批判がくると、大はしゃぎして「ほら、アメリカ様も怒っていらっしゃるぞ」と言い出すでしょう。アメリカと日本の親米ポチが国連を無視してイラク戦争を始めながらいざという時、国連を利用するのと同じ。
そもそも、「終戰」後の日本は大東亜戦争の戦勝国であるアメリカとソ連〜シナの思想に支配され、それが自社の対立、今の「右翼と左翼」の対立になっているわけで、「終戰」前の日本を悪玉扱いしている点では親米も親中も同じ穴の狢(むじな)です。
今の護憲派はトルーマン〜マッカーサーの洗脳を受けて、日本を非武装化するのが世界の平和だと考え、改憲派の中の一部はブッシュ政権の洗脳を受けて、日本がアメリカに追随して在日米軍を置き、イラク戦争を支持するための改憲を考えているわけです。
「中年」氏当りは例えば靖国参拝や大東亜戦争などを批判する時、親米対親中の対立図式から頭が離れないため、論敵(日本愛國派)は「親米」だと思いこんでアメリカを批判したり、アメリカと論敵の間の溝を強調したりすれば勝てると思い込んでいる。それで言う事がステレオタイプで旧態依然。英米を批判し、イラク戦争を批判し、一方でシナや朝鮮による反日宣傳にも屈しない日本の民族主義が昨今、抬頭しており、「中年」氏当りはそこに気付いていないのでしょう。
野嵜当りは「日本はアメリカについて行くしかない」などと言う腰抜けで、「今の保守派がアメリカを批判するのを理解できない」などと幼稚なことを「言語@談話室」で書いていました。たかが「歴史的假名遣ひ(かなづかい)」の張ったりをひけらかすのが関の山。野面(のづら)の野左鬼(のざき)もアメリカについていきたいなら、さっさと日本語を羅馬(ローマ)字で書けばいいし、「話し言葉と書き言葉は乖離(かいり)すべき」などと言うくらいだから、ついでに英語だけで書くように轉向すればいいでしょう。
日本の立場から看(み)れば歴史観などで思想侵略している中韓も、憲法と在日米軍などで日本を縛っているアメリカも同じ敵であり、アメリカがシナの肩を持って日本の「軍国主義」を批判するのは、何ら驚くことではない。
それはシナとアメリカという核保有国のエゴであり、アメリカが日本の「帝国主義」を批判するのは、核擴散防止と同じで、自分(アメリカ)は核も大量破壞併記も持ちながら他の国は持ってはいけないという身勝手なもの。シナもアメリカも結局は自分が軍事面で強権を握りたいため、日本を封じ込めたいだけなわけです。
日本の独立を守るには新米か親中親韓かでなく、いずれに対してもNoと言うべきはNoと言うことです。
アメリカのイラク攻撃こそ「無意味な挑発」でしょう。

「中年」氏は一向に反論して来ません。論破されて何も言えないか、ただの書き捨てで「あれを書けば自分の勝ちだ」と信じて、もう此処(ここ)を見ていないかどちらかでしょう。

『固有名詞問題の言語学』
http://8901.teacup.com/koyuumeisi/bbs


寄り道、御免  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月24日(月)15時45分42秒
はるさま、おやじハリファックスさま、おうおう、なんて嬉(うれ)しい御投稿でしょう。
わたくしめは、当時のシナを説明するために、古いノートを探し出し、毛沢東の論文や孫文の論文、犬飼木堂(首相・犬養毅の雅号)への書簡なんぞを、読み出して、いろいろ考えていました。で、急がばまわれ、というんで、中西輝政先生の「国民の文明」をちょろと、読んだらもう面白くって、面白くって・・・・で、大正デモクラシイに対する自己の浅薄な理解を正されました。そして、解法者さま、私の言う悪い個人主義の意味で、「個人主義」が使われているのを、発見しまして、ご報告申し上げます。
シナ事変の泥沼化には、明確な私の結論をもっておりますが、また、後日にして下さいませ。米内光政(よない-みつまさ)については、分からぬかもしれませんが・・・・
それにしても、この頃本屋の店頭で、十五年前には、ありえなかった光景をまのあたりにして、些(いささ)かの感慨を抱くものです。以前は、私は、頼りになる先生も、導き手もなく、確かな書物もなく、ただ、小堀桂一郎先生と、中村あきら先生だけが、頼りみたいな心細い状況でした。ところが、この頃では、朝鮮、シナ、満州に関する書物が溢(あふ)れかえっています。皆さんは、なんとお幸せな時代を生きていらっしゃることでしょう。それに、ネットのおかげで、私が何十年考えあぐねてきて、時としては絶望してすねて、時代小説なんか読みふけっていたのに、一夜にして、ことの真相がわかる時代となりました。なんという、時代の到来か。幸せすぎて、幸せが自覚できないのはいけませんよ。物の氾濫も、また同じと存じます。


『「三種の神器」の心』10  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月24日(月)11時47分24秒
[承前]

 この「神剣」「神璽(しんじ)」継承の儀式は、いまでは「剣璽等承継の儀」とされ、今上(きんじょう)天皇が即位されたときも、憲法に定める国事行為としておこなわれました。
 このとき今上天皇が承継されたのは、「神剣」「神璽」のほかに天皇の印章である「御璽(ぎょじ)」と日本国の印章である「国璽」でした。
 そして同時に今上天皇は、「神鏡」が奉安されている賢所(かしこどころ)へ、このことを奉告する儀式をなされました。
〈天照大神(あまてらすおおみかみ)〉の御霊(みたま)である「神鏡」は、まったくの別格扱いなのです。

 以上が、〈天照大神〉から神武天皇を経て連綿として平成の世までつづく「三種の神器(さんしゅのじんぎ/みくさのかむだから)」の継承です。
 それは、神武天皇から数えても二千六百六十年(考古学的にはほぼ二千年)も続いております。
 もちろんこの長さは、世界に類例がありません。
 あるイギリスの貴族が、かつてこの連綿たる長さを知って感激して、神武から昭和まで百二十四代すべての天皇名を暗記して朗詠したというエピソードがあります。
(注:なお実際には最低でも百三十代になるだろう――という説があり、著者もそれに賛成ですが、その内容は略します)


竹下学級の劣等生ですが、、、  投稿者:おやじハリファックス  投稿日:10月24日(月)10時55分55秒
久保田さまの意見に賛成であります。
学びて時に之(これ)を習う、本当に楽しいですよね。自分はひそかに松下村塾(しょうかそんじゅく)や緒方洪庵塾(おがたこうあんじゅく)のように「竹下塾」と思っておりました。

横からで失礼なのですが、支那事変が自衛戦争であるかどうか、1928年の第一次世界大戦のあと戦争に関する国際法を作ろうとパリで平和会議がありました。(日本を含む15カ国が不戦条約に調印)その会議で「自衛に戦争は認めるが、侵攻、進攻は禁止する」というのを決めるときに、誰が進攻か自衛戦争であるか決めるのかで、イギリスは「もし、我が植民地に攻めて来たら、それは侵略だから自衛戦争である」と述べました。これは、侵略の結果得た植民地を守るという矛盾でした。喧々囂々(けんけんごうごう)の議論となり、アメリカのケロッグ国務長官が「自衛か否(いな)かを決定するのは、その国の裁量権に任せる」と提案し、結局後には63カ国が調印しました。(笑い話ではありません)
ですから、どの国も全部自衛戦争と言えば自衛戦争なのです。
朝鮮動乱で韓国に攻め入った北も自衛戦争、クエートに進攻したイラクも自衛戦争なのです。アフガンもイラクも、、、、。

米英ソ連中共の戦略が錯綜した「支那事変」は日清、日露戦争の権益を守りたい我が国にとって「自衛戦争」(戦争と呼ぶべきでないと思いますが)であったと考えます。
1911年辛亥革命
1917年ソビエト成立
1921年中国共産党結成
アメリカやイギリスの動きやいろいろを勘考しましょう。
「支那事変」を日中戦争と偽称し、ことの本質を見失わせるのは、反日の得意中の得意の技であり、なぜ、「事変」としていたのか、戦争というならなぜ、当時日本にいた中国人は敵国人の扱いをされなかったのか。

自分は日本は中国と組みたかった、、、と見ております。特に後の近衛(このえ)声明などを見るとそんな気がしてならないのです。


誤解があるようで…  投稿者:はる  投稿日:10月24日(月)04時35分17秒
白髪交じりの黒髪様、

>日本は、侵略の意図なんか、始めからないんですよ。盧溝橋から真珠湾まで、日本は十二回も、講和を申し込んでいます。なのに、それを受けなかったのは、シナのほうです。シナ事変が泥沼化したのは、蒋介石の保身のためです。

しがない浪人生らしき者さんの投稿の為、私まで黒髪様への反論かと受け取られたかも知れませんが、私は純粋に上記についてもっと詳しく知りたいだけなのです。ちなみに、私は♂です。
少し詳しく述べますと、まず、『どこまでも自衛戦争?(6月30日16時投稿)』にも書いたのですが、「南京占領(1937.12.13)から日米開戦(1941.12.08)迄のほぼ四年間の戦闘の全てについても、日本にとって自存自衛の戦争と本当に言えるだろうか?(中略)蒋介石にとっては、明らかな自衛戦争であるから尚更(なおさら)、過剰防衛だったのでは?」という疑問を持っております。
更に、『困った。(8月18日23時投稿)』に書いたように、三国同盟や日米開戦に反対していた米内光政(よない-みつまさ)が、日華和平工作に反対をしていたという事を知り、和平がナゼ成立しなかったのか、事変をどう収拾するつもりだったのか、連戦連勝とも泥沼化とも言われ、国民が戦争を望んでいたとも言うが、四年も戦って厭戦(えんせん)気分が起こりそうなものなのに…、等々、分からないことが多いのが支那事変なのです。
そして、このような疑問を持つことが、現在の中共政府の言い分に与(くみ)することに腹ただしさを覚えていたのです。
そこに、黒髪様の上記投稿を見つけ、教えを乞いたいと申した次第です。
私自身としては、産経新聞「正論」に度々(たびたび)投稿されている上坂冬子氏の『我は苦難の道を行く〜汪兆銘の真実〜(講談社)』を現在読み始めたところです。


傍論  投稿者:解法者  投稿日:10月23日(日)19時11分25秒
 前に研究し、考えをまとめ、ここにも投稿したと思います?
 論考したものが見つからないので、新たに論考するのは大変です。

>国側から、何の立証活動もないのに、歴史的事実について、一裁判官が、判断してよいものでしょうか<

 その歴史的事実が、判決に必要ならば裁判所が判断してもよいことになります。
 したがって、国側が立証活動を怠っていることこそ糾弾されるべきです。

 問題は、原告の請求を棄却していながら、判決の結論と全く関係のない憲法問題にまで裁判所が判断に及ぶことは明らかに国会の立法権、内閣の行政権への侵害になり、憲法違反となります。
 つまり、裁判所が国会・内閣の国家権力行使を非難していながら、自らの国家権力の行使については、看過していることになるのです。
 裁判も立派な「国家権力の行使」の行使です。

 違憲判断は、立法を促すことになりますから(違憲判断がなされた法律は国家に変更をうながす作用を有する)、正に「国家権力の行使」の行使となります。
 同じように、行政権についても違憲判断は、行政作用の取消しを行うことになります。
 したがって、裁判所の違憲立法審査権には国家の重要な行為(統治行為)には及ばないとする(できない)制約があるとされています。
 このことは、日本だけでなく、アメリカ、ドイツでも認められています。
 なお、イギリス、フランス(あるにはあるが制約が強いのでないと考えてもよい)には、裁判所に「違憲立法審査権」が認めらていません。理由は前記のとおり裁判所の権限の制限にあります。


某団体の会長任命された・・・  投稿者:ソル  投稿日:10月23日(日)15時02分19秒
はじめまして。場違いかもしれませんが、突然某団体の会長任命されてしまいました。
自分ではまだまだペーペーだと思っていましたが、たやすく会長になるとは。。。
今後どのように組織を纏(まと)め上げるかを中心に活動していきたいと考えています。
しかし、会長として何をやるべきか正直言って戸惑うところもたくさんあります。
やはり帝王学を学ぶべきかどうか管理者さんのアドバイスをお願いします。


解法者さま、お教え下さい  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月23日(日)13時56分42秒
またまた、しつこいと、お怒りあそばさないで下さいませ。2002年の、731部隊に関する東京地裁の判決ですが、中年氏が、鬼の首でも取ったように、ほれほれ、日本はこんな悪いことをした、と仰(おっしゃ)っております。
判決は、違法な立法不作為は、ない、と言っていますが、国側から、何の立証活動もないのに、歴史的事実について、一裁判官が、判断してよいものでしょうか。
それは、訴訟法上、必要なのでしょうか。適正なのでしょうか。教えて下さいませ。
どうも、近頃、司法万能みたいな考えが横行し、そして、裁判所も傍論の暴論を吐く、悪い傾向あり、と思うのですが・・・・ご教示賜(たまわ)りますれば、幸甚でございます。


『「三種の神器」の心』9  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月23日(日)12時27分51秒
◆◆◆ 五 剣璽等承継の儀◆◆◆

 皇居内の「三種の神器」は、天皇の代がかわれば、とうぜん新しい天皇がそれをひきつぎます。
 皇位の継承にともなって神器も相承されるのです。
 ただ、その方法は時代によって変化してきました。

 豪族が割拠していた大化改新の前までは、践祚(せんそ)時に有力氏族の代表が「神鏡」と「神剣」をいったん預かって、あらためて新天皇に献上する儀式があったようです。
 これは、新天皇を豪族たちが認めたことを証明する重要な儀式だったのでしょう。
 ただし「神璽」は内侍が皇居内に奉斎(ほうさい)したままだったようです。
 つまり皇居内の女官(にょかん)がずっと祀(まつ)っていたことになります。
「神鏡」>「神剣」>「神璽」の順に格付けされていたことがわかります。

 大化改新以後は、祭祀(さいし)職の忌部(齋部 いんべ)氏が鏡剣献上を役職としておこなうようになりました。
 忌部氏はのちに、同じ祭祀職の中臣氏(藤原家の祖)に圧せられたことを無念に思って、有名な『古語拾遺(こごしゅうい)』を編纂したといわれる一族です。

 この鏡剣献上の儀式は平安時代になって、践祚時ではなく大嘗祭(だいじょうさい)――新天皇の最初の新嘗祭(にいなめさい)――における行事にかわりましたが、八世紀初めにはそれも無くなり、かわりに「剣璽渡御(けんじとぎょ)の儀」が成立します。
 これは践祚にさいして、「神鏡」は別扱いにして「神剣」と「神璽」を新天皇が承継する儀式で、ここではすでに豪族による献上の儀式は影がなくなっています。
 そして、もっとも重要な「神鏡」は、温明殿(うんめいでん)などの別殿に奉安したままで動かさないことになりました。


自分も聞きたい。  投稿者:大神 正念  投稿日:10月22日(土)22時51分52秒
自分もお嬢さんに聞いて見たい事がありますねぇ。

支那で育ち、日本に戻ったとの事。さて、今後、その中国に戻って暮らしたいと思いますか?

自分は或(あ)る時、福建省から来たという支那の女性とオハナシをする機会がありました。
その女性は、「沖縄は元々中国のモノだ」と、とんでもない事を言い出しました。
その時自分はこう聞いて見ました。
「ま、そう思うのは勝手だが、ぢゃ一度、沖縄の人に直接聞いてみたらいいだろう。貴方々(あなたがた)は中国に属した方が幸せだと思うのか、日本に属した方が幸せだと思うのか。」
とね。
するとその福建省の女性は、ニヤッと恥かしそうに笑(え)みを溢しながら黙り込みました。

この日本には、言論の自由があります。
支那という国は、言論が統制された自由に貧しい国です。そういう統制された国の民が自(おの)ずと洗脳を受けやすい環境に有る事は仕方が無い事でしょう。
どうですか、この日本から北の将軍様を眺めた感想は?
かの地では、そこの国民が最も尊敬する父なのでしょうが、日本から見りゃ、単なる犯罪者ですよ。ま、北というのは支那の属国であり、今更言うまでも無く、両国とも赤い国なわけですが・・・。


我ら日本国民は、進んで改憲に協力しましょう。  投稿者:国民精神高揚運動連絡会  投稿日:10月22日(土)22時35分16秒
国民精神高揚運動連絡会

我ら日本国民は、進んで改憲に協力しましょう。

日本国憲法は、日本が連合国に二度と敵対できないようにするため、進駐軍により押し付けられた憲法です。当時、進駐軍は、CCD(民間検閲部隊)による新聞や郵便物の検閲や、ポツダム勅令に基づくMP(憲兵隊)による反対者逮捕により、日本人に言論の自由を許しませんでした。そのなかで進駐軍に都合のよい憲法案のみを許し、取り入れたので、あたかも日本人の支持を得たかのような宣伝がされていますが、これは護憲派による謀略に過ぎません。単にそれらの意見を利用しただけで、大日本帝国憲法の改正手続きを形式的に踏襲するなど、巧妙に押し付け論が湧き上がるのを防いだのです。
まして憲法起草に関わったケーディスやシロタなどは、要注意人物として同じ進駐軍のウイロビー率いるCIC(防諜部)からマークされていました。占領憲法はアカが作ったようなものです。
このような占領憲法と護憲派と称する一部の不心得者(ふこころえもの)から、祖国を解放しなくてはなりません。次の世代に誇りある祖国を引き継ごうではありませんか。心ある我ら日本国民は、いまこそ民族の悲願である正しき自主憲法の制定を実現し、屈辱的な憲法9条をはじめとする占領憲法を葬(ほうむ)り去りましょう。


中年さま、もしかして  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月22日(土)21時15分50秒
お嬢さん方、いま少し、待って下さい。沢山のことを一握りに表現するのは、大変むずかしいことなので・・・・
中年さま、あなたは「毛沢東が、日本の侵略に抗して、延安から、大長征を敢行し、・・・」と仰(おっしゃ)るが、毛沢東は、日本と戦っていたのではありません。蒋介石の国民党に、ぼろぼろにやられ、大敗走で、十万の兵が六千になり、「延安から」ではなく、「瑞金から、延安へ」落ちのびた、のです。基本的な事実に関して、誤認がありますな。誤解ですね。よほど、毛沢東に、ロマンでも、感じておられるのでしょうかね。
それに、中華人民共和国における彼の行為の世界史的評価と、日本軍とは、何の関係も、ありません。日本は反省せにゃならぬとの、思い込みが、自分は常識人だと、あなたに信じ込ませたらしい。大体「百人斬り」なんて、どんなに切れる刀でも、二、三人、斬ったら、あぶらがまき、刃こぼれして、使えません。これ、常識です。あほらしい。
逆に済南事件や、通州事件についての、わが国民の被害について、ご意見をたまわりたいものであります。私は、まだまだあなたさまに、申し上げたいことがあります。
又、後日・・・・ご健勝にて。


日本のシュメール  投稿者:三保 平清  投稿日:10月22日(土)17時29分54秒
シュメール人は世界で初めて車輪を発明したと聞いた事があった。日本では車輪が公然と使われる様になったのは、平安時代の牛車(ぎっしゃ)でしょうか。絵にも描かれている。それ以前にもあったかも。しかし古墳の建造などには、「シュラ」が使われた様です。日本の様な山岳や丘陵の多い地区では車輪は使いづらかったのでしょうか。しかしシュメール人が日本に永く居たのなら、もっと早くから日本で車輪が使われてもいいと思うのですが。道路建設の問題があったのでしょうか。


事実認定  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月22日(土)13時50分37秒
解法者さま、ありがとうございます。あの裁判は、国からの何の立証活動もない。反証行為もない。必要がないからと言って、一裁判官に、国家の過去の行為について、云々することが、許されるのか。しかも、証人には、悪名高き、反日活動家の学者がいる。
「悪魔の飽食」は、嘘だらけ、です。私は、納得いかないのです。今、手元に、731部隊について、「何だ、こんなことだったのか」と私が思った、資料がないので、はっきりと申すことが出来なくて、残念ですが、やはり、世上いわれている、日本の悪行なんて、世界の水準からして、てんで大したことない、と思います。


『「三種の神器」の心』8  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月22日(土)12時20分38秒
◆◆◆ 四 「三種の神器」の皇居における奉安の場所◆◆◆

「神鏡」は別御霊(わけみたま)とはいってもやはり別格であるため、平安時代からは温明殿(うんめいでん)などの別殿を造営して奉安し、みだりには動かさないことになりました。
 これは内侍(ないじ 女官 にょかん)がつかさどるので内侍所と呼ばれました。
 明治以後は賢所(かしこどころ)と呼ばれるようになりました。
 この「神鏡」を祀(まつ)る賢所と、神々を祀る神殿と、歴代天皇の霊を祀る皇霊殿が、いわゆる宮中三殿であり、天皇皇后両陛下はこの三殿への参拝を毎日欠かしません。
 現在この賢所や皇霊殿をお守りする内掌典(ないしょうてん)には、未婚の女性が選ばれて、世俗を避け身を清めて泊まり込んで奉仕しているそうです。
 これはおそらく、伊勢神宮の斎王(さいおう/いつきのひめみこ)にならっているのでしょう。
 内掌典長は終身で、他は二年交替といわれます。

 一方「神剣」と「神璽(しんじ)」は、はじめは「神鏡」のそばにありましたが、近世以降は天皇皇后が日常お暮らしになる場所のそばに「剣璽の間(ま)」をもうけて、そこに奉安しお守りなさることになり、それは今に続いています。
 そして、つねに天皇とともにある――という大原則によって、行幸のさいには、「剣璽」も同行(ご動座)されるのがきまりになっていました(*)。
 ただし賢所の「神鏡」は別格なので不動です。

(*)この御動座は、終戦後に中断しましたが、憂国の士の熱望によって、昭和四十九年の伊勢神宮への行幸の際になされたと言われます。


化学兵器遺棄問題  投稿者:解法者  投稿日:10月22日(土)07時46分53秒
 日本軍が満州に遺棄した化学兵器遺棄問題については、下記に投稿してあります。

『日本の伝統文化を大切にしよう』
http://8227.teacup.com/ysknsp/bbs


国家無答責  投稿者:解法者  投稿日:10月22日(土)07時02分7秒
 731部隊問題であれ、化学兵器遺棄問題であれ、戦後賠償問題であれ、日本が責任を負担する義務など全くありません。

『国家無答責の原則(解法者)』
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/mutouseki.htm


Re:「中年」氏の論の若さ  投稿者:AZUMA Goro  投稿日:10月22日(土)00時52分1秒
お邪魔します。
黄東洋さんの「中年」氏の見方についてそうかなとも思いますが、本当に中年氏だろうという気がして書込みさせていただきます。

中年といえば、私自身、昭和35年生まれ44歳で立派な中年です。60〜70年代に教育を受けた者としては、教科書には正しいことが書かれていて、新聞、テレビは事実を伝えている、と言った教育を受け、それを常識とする空気があった様な気がします。
私は、ノンフィクション、歴史に興味を持ち、結構本を読んだ方だと思いますが、真実はこういう事だったのだ、という発見の連続で、その世界(要するに右寄り)にのめりこんで、現在に至り、喫茶室に毎日通(かよ)って、新しい発見はないかと見させていただいております。

しかしながら、周りを見渡しても、私の様な考え(どちらかと言うと右)を持っている同年代の人は、実は、皆無です。(日本人は基本的に政治向きの事は口に出さないという世間の常識もあり、見えないだけかもしれません。)

もしも私の同年代に近く、特に、成績が良い人、自分の学んだ事や知識に何の疑問も持つことも無く、朝日新聞か地方紙(もしくはスポーツ新聞)を読み、テレビのニュース番組も良く見て、自分は常識人だと思っている人、あまりノンフィクションには興味がなく、読むとしてもミステリ等といった人がいれば、それは、中年氏と同じ様な意見を、自信を持って発言出来る人、そうでないとしても、同年代の多くは、中年氏の意見に賛同出来ると考えています。
それほど、教育はひどく、ひどかった、今も?
新聞、テレビもいい加減毒されていて、インテリと目されている人ほど左に誘導され、大多数の人は興味が無いというスタンスで、喫茶室に集(つど)う皆さんの様な人達は、実は少数派のまともな人達である。と言う見方もあると思っています。

国民の多くが、真実に目を向け始めた気配もありますが、実は、まだまだの状況なのかもしれません。蛇足ですが、ラベル貼りではありませんが、こちらでは若い「反日右翼」の出現を見ると、まだまだ、道半(なか)ばかな、という気持を持ちがします。


解法者さま、中年さんの蒙を啓いて  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月21日(金)22時56分11秒
解法者さま、私はあなたを、男の中の男と思う。何故(なぜ)なら、あなたは、相当な危険を覚悟のボランティアをなさっている。勇気と義侠(ぎきょう)心がないと、そんなことは出来ない。
あなたさまは、若干短気におわすけれど、怒鳴られたって、私はあなたを、男らしい人だと思う。ですから、2002年の東京地裁の、731部隊に関する判決のいかがわしさについて、中年さんの蒙を啓(ひら)いてあげて下さいませ。あれは、変な判決ではないか、と思うんです。どうか、お願い致します。


石盤  投稿者:yohei  投稿日:10月21日(金)22時23分7秒
『名言集』
http://shirakazoo.seesaa.net/

ここで見たのですけど
日本国内でもシューメールの石盤が見つかったそうです
真実かどうかは未確認ですけど


世論調査  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月21日(金)19時25分0秒
 小泉総理の靖国神社参拝の是非をめぐる世論調査の結果は、新聞社とか共同通信とかのものと、インターネットのものとで、ずいぶん違うようです。
 この違いの理由の解説って、どこかにあるでしょうか?


久保田さん  投稿者:桔梗  投稿日:10月21日(金)19時07分4秒
まさに仰(おっしゃ)るとおりで、私なんぞは、この「最小共同体」を意識することで、バランスを保とうとしています。

ともすると主観的になりがちなのは人間の性ですが、このサイトでいろんな立場、考えの人の意見を見聞きしていて、ある程度は柔軟なモノの見方ができるようになってきたと感じています。大きな軸はブレないまでも、ガチガチではいつか独りになってしまうので。まだまだ「ガチガチ」が「ガチガ」になった程度ですが(苦笑)。

バランスといえば、私の場合もう一つ。
海外にいると自分そのものがすごく危うくなるんですよね。「俺って誰?俺って何?何でここにいるの?」そんな感じです。そんなときこの「竹下学級」を訪れて、いろんな意味の確認をしています。

オヤジやオフクロを見ただけでは、自分の出自は知り得ません。ご先祖様やその方々が目指したもの、した事、被(こうむ)ったこと・・・・・そして自分が生まれてから歩んできた道、周りの変化、受けた影響・・・・すべてが微妙なバランスで組み合わさって、今の自分なんですよね。

帰る場所があることがとっても嬉しく、日々の生活にも張りが出るってもんです。

ダラダラわかったようなことを書いてすんませんでした。
久保田さんのさりげない書き込みに少しホッしたものですから。


「中年」氏の論の若さ  投稿者:黄東洋  投稿日:10月21日(金)16時10分38秒
「中年」氏はこの名前のわりに、論が幼いというか若いというか、本当に中年でしょうか?まだ十代の子供がふざけてこういう偽名【ハンドルネーム】を使っているのでは?
何だか20年前の反日親中派の台詞(せりふ)みたいです。
「中年」氏がここでの各氏の主張を「街宣車に乗った右翼」以外では初めて聴いたように言っているのは、こういう論を聞いたことがありながら、それを批判するため故意に始めて触れたかのように装っているのか、それとも本当に歴史に関する本を読んだこともなく、自分と同意見の人の蛸壺(たこつぼ)だけに閉じこもっていたのか、何れかでしょう。

ここで多くの方が唱えていることは「街宣車」どころか、普通の本でも出版され、雑誌や新聞などの論壇で繰り返されていることなのですが、「街宣車に乗った右翼と同様な人々がいるのには本当に驚きました」という「中年」氏の言説はそのまま、御自身の勉強不足を白状しているようなものです。
毛澤東は「日本の軍国主義の御蔭(おかげ)で我々は国民党から政権を奪い取ることができた」と言って日本に感謝しています。そのことも毛主席賛美の「中年」さんは知らないのでしょうか?
「100人斬り競争」がどうかしましたか?
これは戦時中の戦意高揚のための大法螺【おおぼら】の記事で、濡れ衣(ぬれぎぬ)を着せられた兵士の遺族がメディア相手に訴訟を起こし、東京地裁が23日に請求を棄却、原告は控訴する方針との報道でした。

『軍人遺族の請求棄却 南京「百人斬り」報道で』(Yahoo!ニュース)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050823-00000085-kyodo-soci

軍人遺族の請求棄却 南京「百人斬り」報道で

 日中戦争時に「百人斬(ぎ)り」をしたとする虚偽の報道や記述で名誉を傷つけられたとして、戦後処刑された旧日本軍少尉2人の遺族3人が朝日、毎日両新聞社などと元朝日新聞記者のジャーナリスト本多勝一さんに総額3600万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は23日、請求をいずれも棄却した。原告は控訴する方針。

 判決理由で土肥章大裁判長は「少尉の1人が当時の新聞報道について、百人斬り競争を認める発言をしたことがうかがわれる。記事が新聞記者の創作であるとまで認めるのは困難で、百人斬りがあったかどうかについて歴史的評価が定まっていないことから、当時の記述が明白に虚偽とは言えない」と述べた。 また毎日新聞への賠償請求は、東京日日新聞(現毎日新聞)が報じた1937年から請求権が消滅する除斥期間(20年)を既に経過していると判断した。

(共同通信) - 8月23日12時23分更新

『百人斬り訴訟』
http://www.senyu-ren.jp/100/index.shtml

「中年」氏は「あの記事は真実」という立場でしょうか?
土肥章大裁判長は「百人斬りがあったかどうかについて歴史的評価が定まっていないことから、当時の記述が明白に虚偽とは言えない」と述べていますが、「評価が定まっていない」なら冤罪の可能性もあるわけで、普通の刑事事件なら証据不十分で再審でしょう。「兵士100人を斬る」が「民間人100人を斬った」かのように改竄された可能性もあり、雑誌や本で議論が出ています。
昨今の偽 Yahoo 記事で「中国軍が沖縄に侵攻」(*下記当該偽記事全文)とあったのを根据にして、日本で「支那は侵略者」と読んで訴えるようなものです。

中国軍 沖縄に侵攻

【アメリカ18日共同】アメリカ国防総省は18日未明、中国から日本(沖縄県)に中国軍が侵攻したことを発表した。10月18日未明にガス田付近に配備された中国側艦艇の哨戒に出ていた海上自衛隊那覇基地第五航空群所属、第5航空隊のP3C哨戒機に中国艦艇による砲撃に端を発し日本側よりF15戦闘機3機がスクランブル発進。それに対し中国側から出撃したスホイ30MK2戦闘機5機がF15戦闘機3機を追尾する形で沖縄県上空に侵攻した。現在、沖縄上空にてアメリカ軍および自衛隊と中国軍とが交戦中、中国側も戦力を逐次投入し、戦線が拡大している模様。小泉内閣は内国安全保障委員会を緊急召集した。政府は中国側との交戦を否定しているものの、アメリカ国防総省発表によると交戦の事実はほぼまちがいないようだ。

(共同通信) - 10月18日16時08分更新


老若男女が集い精進する『竹下学級』  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月21日(金)15時51分19秒
 掲示板やサイトなんて星の数ほどあるけれど、私は此処(ここ)を通称『竹下学級』とも呼びたい。

公と個の関係・・・近年の、いや敗戦後の社会において一体どれだけの共同体(家庭・学校・職場など)がこれを日本にふさわしいように教えているのだろうか(台湾でも『支那人根性化』が著しく進んでいます)・・・?  もしこの事について憂うなら今、現在此処に集まる小さな共同体を『竹下学級』としてちょっぴり意識しながら皆で日本について一緒に考えようってワケ。そう、いつも通りこの掲示板『喫茶室』に参加(閲覧派もね)しながら一人ひとりがコチラを最小共同体として考えることがバランスを保つという大切さとなり、同時に個人という存在も浮き彫りになるのでやはり必要だと思うしね。

 足りない所は叩(たた)くのではなく補(おぎな)い、誤認してる所は怒鳴るのではなく指導し、迷惑行為は人任せにせず自ら『渇』を促す。最近のニッポン社会は主張のオンパレードで衝突してばかりじゃ疲れるっしょ?と感じたので書いてみた。


竹下さま・恐縮でございます  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月21日(金)14時35分54秒
いつも、大変お世話さまになりまして、ありがとうございます。あなたさまのこの板へきて、本当に幸せに思い、深く感謝申し上げております。
先日、旅人君が「年寄りは死ね、呆(ほう)けているから、去れ」などと、大変下劣なことを仰(おっしゃ)いましたので、「黙れ、こわっぱ」と申しました。決して、かっとなって申した訳ではなく、にやりとして申したのです。というのは、若い日に若い女性の友が、口論相手に「黙れ、こわっぱ」と言ったのを目撃し、何て高慢な人だろう、と思いましたが、私もいつか、それを使うにふさわしい年齢、状況になれば、一遍、小気味よく、使ってみたいと、密(ひそ)かに何十年も、その機会を待っていたのです。という訳にて、彼が浪人生さんの注意を受けて、素直に撤回したので、私もすぐに、撤回しました。管理者あてのメールを書いたのですが、自分のメルアドを何べん入れても、正確にうてず、とうとう諦(あきら)めて、かく、この場をお借りしまして、お詫びを申し上げます。このごろ、パソコンが動かなくなったり、体の具合がひどく悪かったりしまして、老父94才の介護も、ガラス細工を扱うような細心の注意が要りますので、しばらく姿を消したら、何かあったな、と思ってやって下さいませ。何卒(なにとぞ)、今後ともよろしく、ご指導賜(たまわ)ります様に、お願い申し上げます。


『「三種の神器」の心』7  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月21日(金)12時07分51秒
[承前]

 さて、崇神天皇の御宇(ぎょう)に「神鏡」と「神剣」が神社に奉斎されたわけですが、このとき、別御霊(みたまわけ)すなわち御分霊として似た鏡と剣が奉製され、それを皇宮に奉安することになりました。
 したがってそれ以後、皇宮には、新たにつくられた「神鏡」と「神剣」と、そして元来の「神璽」とが、奉斎されることになったわけです。
 これもやはり「三種の神器(さんしゅのじんぎ/みくさのかむたから)」と呼ばれて、きわめて重要視されてきました。
 天皇が即位なさるときに継承される神器のうち「神鏡」と「神剣」は、御分霊のほうです。

 別御霊が奉製されたときの伝承は『古語拾遺(こごしゅうい)』に記されております。

「磯城(しき)の瑞垣(みずがき)の朝(みかど)に至りて、漸(やや)に神の威を畏(かしこま)りて、殿を同くしたまふに安からず。故(ゆえ)、更に斎部(いみべ)氏をして石凝姥神(いしこりどめのかみ)が裔(すえ)・天目一箇神(あめのまひとつかみ)が裔の二氏を率いて、更に鏡を鋳、剣を造らしめて、護(まもり)の御璽(みしるし)と為(な)す。是(これ)、今踐祚(せんそ)す日に、献(まつ)る神璽の鏡・剣なり。仍(よ)りて、倭(やまと)の笠縫邑(かさぬいむら)に就(つ)きて、殊(こと)に磯城の神籬(ひもろき)を立てて、天照大神(あまてらすおおみかみ)(および)草薙剣(くさなぎのつるぎ)を遷(うつ)し奉(たてまつ)りて、皇女(ひめみこ)豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)をして斎ひ(いわい)奉らしむ」
(難しい漢字は便宜的な使い方をしております。以下同様)

 このことを、巖垣松苗は幕末のベストセラー『國史略』においてつぎのように表現しています。

「初め神祖(かむおや)、神寶(かむたから)を瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に賜ひ(たまい)て以来十世、牀(ゆか)を同じくして起臥し、未(いま)だ嘗(かつ)て須臾(しばらく)も離れざるなり。是に至りて褻涜(なれけがすこと)を懼(おそ)れ、剣鏡を模造して御牀に置き、而(しか)して皇女豊鍬入姫命に命じ、斎戒(さいかい)して眞寶を載せて奉祀(ほうし)せしむ」

 以後、説明の便宜上、

◎皇宮に奉安された「三種の神器」を「神鏡」「神剣」「神璽」
 ――と記し、
◎伊勢神宮と熱田神宮に奉斎された神器を「八咫鏡(やたのかがみ)」「草薙剣」
 ――と呼ぶことにいたします。


(無題)  投稿者:霧山人  投稿日:10月21日(金)09時39分47秒
日本の古俗に似たものをもっている、中国で苗族(ミャオ)と呼んでいる人たちは、シュメール語と、なんかの本で読んだような…。


(無題)  投稿者:霧山人  投稿日:10月20日(木)23時21分36秒
皇 すめらぎ と読みます。

『すめみまのみこと』『すめらみこと』『すめらぎ』『すべらぎ』『すめろぎ』

とか、天皇を指します。なんか、あるのかな。


スメラのマリア  投稿者:yohei  投稿日:10月20日(木)19時32分21秒
検索していて
「スメラのマリア」という単語も発見しました

シューメールとも関係ありそうですね


なんなんでしょう?どなたかご存知の方いませんか?


支那による侵略  投稿者:參河人  投稿日:10月20日(木)19時25分51秒
追記支那は西蔵(チベット)だけならず中共で言う新疆ウイグル自治区正式には東トルキスタン共和國に対する侵略虐殺などの悪行が半世紀近く行われとるようですよ。
http://www.geocities.jp/saveeastturk/←このサイトを参照すると良いと思います。
どうやら日本の報道機關は支那(共産)の非難する事は出来んと言うふざけた条約があるようですよ・・。詳しくはしりませんが。。。
少ない文章でもしわけありません_m(_ _)m_


スメラ修道院  投稿者:yohei  投稿日:10月20日(木)19時23分33秒
スメラ修道院 なんですかねこれ?????
なにかまた俺の知らない歴史が潜(ひそ)んでいそうです

『スメラ修道院』
http://homepage1.nifty.com/uraisan/yakata/d28.html


中年さん  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月20日(木)18時45分6秒
こちらこそ、驚きましたよ。未(いま)だに時代遅れの「コミュニスト」が生き残っていたとは・・・正に「生きた化石」ですね(苦笑)

何でも良いですが、弥勒さんや、大神さん、白髪交じりの黒髪さんが仰有(おっしゃ)った様に、事実誤認も甚(はなは)だしいですし、痛烈な皮肉を込めて批判する位なら、せめて、メアドくらいはきちんと開示してもらいたいですね。

ネットの特性(匿名性)を利用して、こそこそ批判するのでは、支那事変に於ける「共産匪」(=共産ゲリラ。後に政権を獲得する事となった中共)とさして変わりませんし、他者に対する説得力も共感も得る事は出来ませんよ。


大東亜戦争  投稿者:弥勒  投稿日:10月20日(木)18時34分11秒
>日本に侵略意図がなかったとは始めて聞きました。

自国の戦争を侵略なんて書く馬鹿はいないだろう。
侵略という言葉は、それ自体に悪いという意味合いをもっている語彙(ごい)であり、普通は進攻とでも書くだろう。
中共が自分が行ったチベット虐殺は、侵略とは主張せず、日本の戦争は侵略だと主張していることが自虐史観に染まっている何よりの証拠だろう。侵略意図だと敵国が主張するようなこを、わざわざ日本で討論する必要などないだろう。


タイトルの打ちそこないでした  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月20日(木)16時02分2秒
先の投稿は・・・『自国の前史』から目を逸らすと理解できないであろう本の紹介というタイトルでした。


自国kakko  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月20日(木)15時55分56秒
汝の敵、中国を知れ―知られざる反日国家の顔 (雷韻出版 2005-07-23出版)
竹下 義朗【著】 http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9979749962


大日本帝国の真実―西欧列強に挑んだ理想と悲劇 (扶桑社 2005-06-30出版)
黄 文雄【著】 http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9979693916


 我々の国・日本の『前史』としてみるも、大日本帝国から嫌悪感で目を逸らしたり、逃げてはならない。その当時、世界の潮流と同時に捉えなければ・・・欧米列強の植民地であり更に秩序のなど存在しない現地人による匪賊(ひぞく)・兵匪の略奪集団の巣窟であるアジアにおいて、大日本帝国の存在意義はとてつもなく大きい。なぜなら物質的・精神的・社会的秩序を・・・両面同時に当時の日本人の手によるインフラ建設を日本本土の血税で貢献し続けた、ということ。それをいつまでも認めたくない方もいるでしょうが、ね(ニヤリ)


お嬢さん方へ、つづき  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月20日(木)15時47分28秒
私も、中年さんみたいな考えをもっていた、しかし、今は違う。逆に私のような考えから中年さんみたいになることは、まず、あり得ぬでしょう。
なぜ長い旅路(たびじ)を経て、こうなったか、個人史みたいになりますが、強烈な刺激があった。それは、マルクス主義学者たちに、歴史を学んだからです。
マルクス主義歴史観とは、平たく言えば、日本国内においては、抑圧する者、される者、支配する者、される者、前者は悪、後者は善という、単純な善玉、悪玉論。しかして、対外的には、日本の行動は、すべて帝国主義的侵略、すなわち悪・・・というものです。
それに、私は猛烈な反発を感じた。感じたが、教師も友達も新聞もみな、それ。私は、一人で、ぽつぽつと、頼りない歩みをよろめきながら、進めてきた。百科辞典も、広辞苑も、今はどうか知りませんが、みな、それに汚染されていたのに気づいて、私は呆然となった。私を教えたマルクス主義学者が、NHKの教育放送で、とうとうと話していた。孤立無援・・・・・・その上、東京裁判史観では、「悪いのは、日本の軍部や政治家、支配層。庶民はだまされて付いていっただけ」と、巧妙に日本人を二分した。気が付かれたでしょう。これは、マルクス主義史観と、符合しますよ、似ていますでしょ。かくて、日本は悪いことをした、した、のオンパレード。さて、必ず、文献や学者さんの紹介を行ないますので、もうすこし、聞いて下さい。
私の遠い親戚に、日教組の男性がいて、八月になると、いつもいつも、反省だ、謝罪だと騒ぐ。私は一度耐えかねて、一喝したが、また、赤旗なんぞの切り抜きを手紙に、さりげなく、入れてくる。私は、完全に理論武装したら、薬を飲みのみ、膝詰(ひざづ)めでたとえ、二日三日かかろうとも、彼を論破、説得しようと思っていました。しかし、彼は去年、あっけなく、はかなくなりました。で、今度はまた違う目標人物を設定しました。私は、まだ完全どころか、穴だらけの勉強しか、出来ていません。
私は学者ではない。一介の主婦です。分かることしか話せない。それは、承知しておいて下さい。私の足らざるところは、ここの皆さんが助けてくださるでしょう。
ところで、浪人生さん、先走って申しておきますが、全ての書物、知識、価値を、相対化しては、いけません。・・・それは、ニヒリズムに行き着くだけです。ここは、ぜひ、注意なさってくださいよ。
私の孤独をかろうじて支えたものは、「そんなはずはない、そんなはずはない、日本人はとても温和な民族だ、誰が好んで戦争なんかするものか、何かそこには、深いわけがあったに違いない」という、自己の先行世代への、愛、であったのです。


アイリス・チャンが自殺していた  投稿者:反中国流  投稿日:10月20日(木)14時21分58秒
田中正明氏の記録:平成10年11月に昭和史研究所の中村粲(独協大学教授)氏らを中心とする諸団体が合同して『南京を考えるシンポジウム』を九段会館で開催した。

当時南京に入城したカメラマンや将校、評論家による実情報告と入城当時のあらゆるフィルムが上映された。

もちろんそこには虐殺の片鱗(へんりん)すら窺(うか)がう余地はなかった。

平成10年11月アメリカで発売された『ザレイプオブ南京』という本が人気を呼んだ。
著者のアイリス・チャンは当時たった30歳になる共産主義の中国系の米国人ジャーナリストという。

結局、平成16年11月9日アイリス・チャンは自殺したが、出版後うつ病になり米カリフォルニア州中部サンタクララ郡で9日朝、郡内の自宅に近い路上に止めてあった車の中で死んでいるのを通行人が発見して警察に通報。

検視などの結果、頭部への銃弾1発で死亡しており車内の状況などから自殺と断定した。

実は本の内容たるや『嘘八百』もいいとこ白髪三千丈式で全てがでたらめの羅列であった。
挿入されている24枚の写真も全部偽造、捏造(ねつぞう)、やらせの写真ばかりだったのだ。

本の出版間もない平成10年9月に藤岡信勝(東京大学教授、教育学者)氏が主宰する『自由主義史観研究会』は、「アイリス・チャン反論集会」を催した。

また南京事件徹底検証の著者である東中野修道(亜細亜大学法学部教授)氏がチャンの描く史実の偽(いつわ)りや、南京戦の荒唐無稽の作り話を『90箇所』も指摘したのである!

さらにチャンに対しては8項目にわたる『公開質問状』をぶっつけた。
だが未だに回答さえできないでいるという。まったく黙っていれば何をやるか油断も隙もあったものではない。

結局、当時からいわれていた陰謀本の映画化に失敗したチャンは狂産主義中国情報機関かCIAにすべての責任を負わされて自殺し(殺され)たのだろうか。


『「三種の神器」の心』6  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月20日(木)13時24分30秒
[承前]

 なお熱田神宮の大宮司は、頼朝の時代の直前に尾張氏にかわって藤原一族が担当しますが、その藤原大宮司の初代・藤原季範の娘が頼朝の母親です。
 そのため頼朝は伊勢神宮や熱田神宮への崇敬心が高かったと言われています。

《伊勢神宮》は二十年ごとにすべてを作り直す式年遷宮――前回は平成五年でつぎが平成二十五年――がなされますが、そのときは、本殿だけではなく多くの神宝類も同じ形のものをつくりなおします。
 このとき二振りの宝剣用にトキの羽が必要なのでトキの絶滅が大問題になったのです。
 ただし、「八咫鏡(やたのかがみ)」だけは――当然のことではありますが――絶対に触ることも見ることもなく、慎重に奉斎され新殿に遷されます。
 新造されるのは、それを収める容器の方で、式年遷宮の中でも最重要な儀式とされています。

 熱田神宮の話をくわしくするゆとりはありませんが、境内二十万平米、摂末社四十四、年間一千万の参拝者で賑わう巨大な神社です。
 合計百二十五社からなる《伊勢神宮》ほどではありませんが、日本を代表する神社であることは間違いありません。
「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」のほかにも数々の神宝をもち、国宝二十七、重要文化財七十六、県指定文化財五十三を数えるという、文化財の宝庫でもあります。


お嬢さん方へ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月20日(木)12時16分26秒
(本投稿は、同投稿者により 10月20日(木)12時12分9秒 に投稿されたものと同一である為、二重投稿と見なし管理者権限に於いて削除)


お嬢さん方へ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月20日(木)12時12分9秒
私は、中年さんの読んで来られたような本を読んできたのです。そして、マルクス主義学者に歴史を学んできたのです。私のたどった経過は、そうだったのです。これを忘れないで下さい。戦後の日本の歴史学界は、マルクス主義歴史学が、席巻してきました。マルクス主義歴史学とは、特定のイデオロギーに奉仕するのが目的の、歴史学とは名ばかりの、プロパガンダに近いものです。そして、1937年の、スターリンのコミンテルン・テーゼが基本になっています。彼らの中でも、講座派、労農派と分かれて喧嘩していました。その争点は、明治維新の、評価をめぐっての争いでした。
そうです。この世には本が溢(あふ)れかえっている。何が正しいのか、判断に困りますね。
それからまだ、見のがしてはならないのが、東京裁判史観というもの。これにも、日本のインテリは、だいぶやられております。あの戦争は、一方的に日本が悪かった、というものです。東京裁判史観は、今も生きていて、日本人は一方的に贖罪(しょくざい)意識に、悩まされています。昭和二十年、八月十五日の時点において、アメリカとソ連の国益は、日本を悪者にすることにおいて、一致しておりました。
さて、では我々は歴史を学ぶ時、何を基本に考えるべきか。それは、わが国は歴史のその時、その時において、何を思い、何を考えていたか、をその時の時点にたって、その時の日本人の立場に立って、考えるということです。結果が分かった現在の視点から、過去を裁いてはならない、ということです。
そもそも、侵略戦争の定義なんか、1970年代になって、ようやくまとまりかけたようなものです。侵略侵略といわれると、私は頭が痛くなる。ちょつと、まってくれーっ、と、いつも思う。あ、ひとつ忘れないように申しておくことが、あります。
それは、昭和の歴史を、昭和だけとりあげる、あるいは満州事変か、張作霖爆殺事件の昭和三年を起点に、論じているものは、怪しいということ。それから十五年戦争という言葉を使っている書物は、疑え、ということ。満州事変から終戦までは、ええと、十三年三ヶ月余、しかもなお、昭和八年に塘沽(タンクー)停戦協定で、一応戦闘は止(や)み、盧溝橋、昭和十二年まで、平和が続いていました。それを、十五年戦争と名づけるのは、特定の目的あってのことです。
私なんかより、よっぽど聡明なお嬢さん方です。なかなか、説得は、むずかしかろうと思いますが、病人の看護がありますので、今は、これにて・・・・


(無題)  投稿者:しがない浪人生らしき者  投稿日:10月20日(木)09時59分38秒
白髪交じりさん
はるさんと同様私もそれが知りたいです。私も一応太平洋戦争のことは勉強したことがありますが、日本に侵略意図がなかったとは始めて聞きました。
一つ聞いていいですか。なぜ白髪交じりさんは中年さんが読んできた本は正しくなく、あなた様が読んできた本が正しいと、こうもまで言い切れるのですか。その反対もありうるとは思ったことはないのですか。わたしは何の結論もいっているつもりはありません。ただ自分がこれまで読んできた本やこれからも読む本に対し私はその内容に関係なく、まったくの間違いである可能性があるということを念頭に読みたいと思います。血圧の高いところ、すいませんでした。具合のいいときでいいですから、教えてください。


教えて下さい。  投稿者:はる  投稿日:10月20日(木)02時37分35秒
白髪交じりの黒髪様、

>日本は、侵略の意図なんか、始めからないんですよ。盧溝橋から真珠湾まで、日本は十二回も、講和を申し込んでいます。なのに、それを受けなかったのは、シナのほうです。シナ事変が泥沼化したのは、蒋介石の保身のためです。

ここら辺の経緯を、詳しく知りたいのですが教えていただければ幸いです。
参考文献の紹介でもかまいません。


いや、私も驚きました  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月20日(木)02時17分35秒
日本の侵略って何ですか。日本に何の野心があったと言うのですか。
日本は好んで、シナ事変を起こしたのではありませんよ。
盧溝橋は、合法的に駐留していた日本軍に対して、日本と国民党軍とを戦わせようとした共産党の一発の銃弾から始まったのです。
国民党軍と日本とを戦わせて、漁夫の利を得んとしたコミンテルンの策動です。
しかし、驚きましたね。自国の立場を考えるより、他国の権力者を英雄視するひとがいるなんて・・・・私の近代中国政治史の教師、マルクス主義学者とおなじことを仰(おっしゃ)いますか。ほほー。
日本は、侵略の意図なんか、始めからないんですよ。盧溝橋から真珠湾まで、日本は十二回も、講和を申し込んでいます。なのに、それを受けなかったのは、シナのほうですよ。シナ事変が泥沼化したのは、蒋介石の保身のためです。あなたさまは、どういう本で勉強されましたか。おおよそ、察しがつきます。
誰が戦争なんか欲(ほっ)しますか。戦争大好き人間などと、レッテル貼りは、やめて下さい。
街宣車の右翼とは、私もおちぶれたものです。国を愛することが、なぜいけないのか、承(うけたまわ)りたいですな。それに、現代政治と、近代史をごっちゃにしないで下さい。
まだまだ言いたいことはありますが、血圧が上るので、本日は、これにて・・・・


内閣総理大臣靖国神社参拝  投稿者:新参者  投稿日:10月20日(木)02時00分42秒
 はじめまして、新参者でございます。初めて投稿させていただきます。
 いつも、竹下先生の歴史再考大変興味深く拝読させていただいております。様々な研究・史実のもとに、興味深い内容となっており、非常に勉強になっております。
 さて、先日、小泉純一郎内閣総理大臣が、靖国神社を参拝されました。竹下先生は、小泉総理に対し、どちらかというと批判的な見解が見受けられます。確かに、総理は、公約である8月15日には一度も参拝されてません。又、「こころならずも・・・」という発言等、戦地において亡くなられた方のご遺族にとって、納得しがたい発言があったのも事実です。
 しかし、毎年一回必ず靖国神社を参拝されているということは、少なくともこれまでの総理大臣より、前進していると言えるのではないでしょうか。以前対中外交に配慮している面は見受けられますが、外交的配慮を多少は、みせない以上、政権運営が危うくなるのも事実ではないかと感じております。ほとんどの国民は、田中角栄の日中国交正常化以降、中国を敵国とみなしてはおらず、中国共産党の極悪非道ぶりを知らないのも事実です。
 今年の8月15日に私自身も靖国神社に参拝させていただきましたが、戦後60周年とはいえ、ものすごい数の参拝者がいらしたのも事実です。また同年代の、若者がかなり混じっていました。彼らもまじめに参拝していました。これはひとつの小泉効果といえるのではないでしょうか。
 私自身は、これまでの首相とは違い、小泉総理を高く評価しております。竹下先生のご見解をお聞かせいただければ幸甚に存じます。


Re:おどろきました。  投稿者:大神 正念  投稿日:10月20日(木)01時12分53秒
はい?
ここの掲示板に、「戦争大好き人間」なんて何方(どなた)かいらしてましたっけ? 記憶に無いのですけれど。
中年さんは、今回初めてこちらにこられた方で?
・・・ここの皆さんは博学だし、事の本質は充分理解されている方々ですから、中年さんの書き込みは、ちょっと失敬かな。

支那人に惨殺された同胞もまた、多数居る事、勉強されてます?
戦争と言う、狂気の時代に、必然性をもって起こった事ですよ。日本の軍人さんの、何をどう非難すると言うのでしょうか?

自分の意見と違う方を敵視って・・・。誰が敵視されてます?
ま、でもね、保守派の考えを持つ方は、革新派の危険な妄想は受け入れられませんよ。言っときますけど。


(無題)  投稿者:弥勒  投稿日:10月20日(木)00時47分51秒
>日本の侵略に抗して延安から大長征を敢行し、新四軍・八路軍を中核とした軍事作戦で日本に抗戦した歴史的意義も見失うものではありません。

中共は大戦中は日本軍からただ、逃げまくっていただけである。日本軍が戦っていた相手は蒋介石、率いる国民党軍である。毛沢東など単なる雑魚(ざこ)にすぎない。

>日本の中国侵略への批判としてもあらなければ、歴史を学んだことにはなりませんね。

弱小国家が、攻め滅ぼされるのは歴史の必然である。日本軍が攻めてなければソビエトが代わりに攻めていただけのこと。日本軍の場合、元々、対ソ戦用に大陸に展開させていただけのことで、シナを滅ぼす気は当初はなかった。ソビエトのコミュンテルの対日工作で攻撃対象がソビエトからシナに変わってしまったまでであり、国家の体(てい)を為(な)しえていないシナが、まともであったならば、大陸から撤退してもよかっただろう。


おどろきました。  投稿者:中年  投稿日:10月19日(水)23時15分36秒
こんな人々がいるのですね。街宣車に乗った右翼と同様な人々がいるのには本当に驚きました。49年以降の大躍進政策や反右派闘争、そして、文革で大量の犠牲者を出した騒動を引き起こした毛沢東の歴史的責任は確かにあるでしょう。でも、その彼が、日本の侵略に抗して延安から大長征を敢行し、新四軍・八路軍を中核とした軍事作戦で日本に抗戦した歴史的意義も見失うものではありません。
◎天皇を敬(うやま)うのは個人的に否定しませんが、なんでアプリオリーに同じ人間を敬うのかの根拠を追求していくことをお勧めします。ちなみに、現天皇は、絶対平和主義者であり、太平洋戦争と日中戦争に深い反省の念を持っていることは自明です。いうなれば、この「喫茶室」に登場する「戦争大好き人間」を心から唾棄(すいき)する人格でいらっしゃる、ということにも自覚が必要です。僕は、天皇制の廃止論者ではありますが、もれ聞く現天皇の姿勢は人間として高く評価するものです。
◎最後に、毛沢東の罪への批判は、同時に、日本の中国侵略への批判としてもあらなければ、歴史を学んだことにはなりませんね。中国の公称2000万人の犠牲というのは多すぎるとしても、1000万人を超える中国人へ犠牲を強(し)いたのが日本であったという事実にも評価が必要です。旧731部隊員の東京地裁での陳述書や、「南京に向けた日本軍人の100人切り」競争などから初めて勉強することをお勧めいたします。
◎反中国なのもいいですが、日本政府がアメリカから逐一指導を受けながら政策執行している事実も知っていますか?それは、例の「イニシアティブ」ばかりではないのですよ。ぜひともアメリカの在日大使館hpや米国在日商工会議所の活動やを調べて見ることもお勧めします。
◎とにかく、自分と意見が違うということで敵視するという右翼の人々が取る姿勢をとらないこともお勧めします。


十八才の乙女さん  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月19日(水)22時32分46秒
私はあなたに話したいことが山ほどあるような気がします。
私も、あなたのご質問にちゃんと答えるには、と考えているのですが、なかなかねぇ。
で、一つだけ指摘させて下さい。天皇さまに、親しみを感じることなんか、必要ないのです。ご一家のお写真が、毎度毎度、週刊誌に載るようでは、ゆゆしきことと思います。
開かれた皇室なんて論が、昔ありました。しかし、皇室の扉は、半分閉じられているほうがよろしい。
毛沢東は、権力争いで、自国民を何千万も殺した悪人、それが世界史の常識。
わが国の天皇様と一緒に話題にされることは、とんでもない、けがらわしい、と思うんですよ。 婆さんは体の具合が悪いので、またきっと、いつか、ね。


十八才の乙女さん  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月19日(水)22時10分24秒
(本投稿は、同投稿者より 10月19日(水)22時32分46秒 に増補投稿が為された事と、内容がほぼ同一である為、管理者権限に於いて削除)


「終戦の日は「七月八日(1945/8/15)」」  投稿者:波江究一  投稿日:10月19日(水)21時25分14秒
  自責と寸言
 小泉首相靖国参拝されて与野党ひとしきり賛否の論議あるやうなれど、任期たかだか数年の一介の総理ごときの参拝にては英霊慰(なぐさ)むべくもなからむ。やはりここは天皇陛下に正しき終戦の日たる「七月八日(1945/8/15)」にご参拝頂きたし。8/15ならば侵略の正当化にあたる等と中国韓国等から抗議民衆デモなど起こしかねねど、「七月八日」ならば太陰太陽暦の伝統に東南アジアから極東まで深く思ひを致す契機となるべし。朝三暮四の諺(ことわざ)はここに生きたる見本を見出すべし。
 明治初期に何故(なぜ)目前の財政困難の打開を当て込む不純の動機に出て太陽暦導入を強行せしかその必然性の根拠をも問はるることとならむ。しかも之(これ)を詔勅といふ尊器もて永久不変の真理のごとく権威づけたるなり。かかる横着なる詔勅の応用に報(むく)いを受けてか戦後の新憲法にては詔勅なる羹(あつもの)は否定せられ、「お言葉」なる膾(なます)を吹きておはす、華族制度も廃せられたれば藩屏(はんぺい)なき王朝といふ甚(はなは)だ畸形なる国体を強(し)ひられて今日に至れり。アジア諸国の先陣を切りて太陽暦を導入せしは日本なれば日本にはまづ戦争責任以前に文明上の責任あるなり。

『いろは 伊呂波 IROHA』
http://blue.ap.teacup.com/roha/


オロモルフさま  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月19日(水)21時00分17秒
私も、実は、今からでもいい、大勲位を剥奪してもらいたいと思っております。
それに、牛肉は月に二、三回しか食べないようにしています。でも、カレールウとか、スープの素とか、チーズとか、いろいろな加工品にアメリカ牛が使われている可能性は如何、と思います。私は、老父を送ったら、翌日にでも死んでもよい、と思っておりますが、孫のある人たちや、若い人たちは、さぞ心配なことでしょう、と思いますよ。
穀物を主として、魚介、海草、きのこ、野菜を食べていた、本来の日本人の食生活に戻らぬと、食糧安保は確保できませんねえ。核ミサイルより、深刻なのではありませんか。耕地面積も減る一方ですし、少なくとも、日本にミサイルを向けている国から、食料を買うのは、自殺行為ではないか、と存じます。


中国の後塵を拝す  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月19日(水)16時54分59秒
 宇宙開発では、少なくとも見かけ上は、中国の後塵を拝しております。
 このように、日本の宇宙開発が後手(ごて)に回ってしまったのは、中曽根元総理が日本の政治の中心にいた時代に、「宇宙は儲(もう)からない」といって軽視したかららしい。
(松浦晋也『H2ロケット上昇』より)
 靖国神社といい、宇宙開発といい、大勲位は本当にしょうがない。


アメリカ文化帝国主義  投稿者:三保 平清  投稿日:10月19日(水)16時34分44秒
    白髪交じりの黒髪様

>アメリカ文化帝国主義だと、かように不愉快に存じます。
>それに、日本語は縦書きでなくっちゃ。和歌を横書きにして、情緒が正しく掴(つか)めますかしら・・

◆「2進法で英語でなければ、どうにもならないもの」・・・私も誠に不自由な思いをしています。先日あるところに、縦書きの掲示板と携帯端末の画面にも、縦書きの方が便利そして横書きの和歌や俳句は、和歌や俳句じゃない。縦書き用のソフトを開発して欲しいと意見を送りました。返事が来て、「検討します」とは断りなのでしょうね。アメリカ文化帝国主義なのでしょう。その為に「トロン」を潰(つぶ)した。産業様に、一部生き残っていますが、大復活があれば大分使い易くなるのですが。米国には「松下幸之助」の「水道哲学」はない様です。「文化覇権主義」。


ちょっと、質問、  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月19日(水)13時53分33秒
あのー、自己管理という言葉は、いつごろから使われだしたのでしょうか。ここ、十五年くらい、よく使われるようになったと思います。
私はこの言葉は、アメリカの経営学辺りから、出てきたような匂いを感じるのですが・・・・わが国には、己を律する、自律とか、克己とかいう言葉があるのにな、って思うんですのよ。  アメリカ産の、新しい言葉には、何となく反発を感じまして。
それに、パソコン用語は米語をカタカナにしたものばかりで、婆さんには分からないことだらけ。 カタカナという表音文字を持ったが為に、安易に使って、漢字という表意文字の持つ豊かな可能性が閉ざされています。
「電」を例にすると、電話、電気、電器、電機、電灯、市電、雷電、などなどいろいろな派生語ができて、語彙(ごい)が豊かになるのに・・・
そんなことを申しましたら、若い人に「婆さん、そんな時代なんだよ。パソコン使うって、そういう時代。あきらめな。」と言われましたが、まだ私はあきらめきれない、アメリカ文化帝国主義だと、かように不愉快に存じます。
それに、日本語は縦書きでなくっちゃ。和歌を横書きにして、情緒が正しく掴(つか)めますかしら・・・・これ、単なる愚痴ですか。


『「三種の神器」の心』5  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月19日(水)12時33分21秒
◆◆◆ 三 「三種の神器」の神社への奉斎◆◆◆

「三種の神器(さんしゅのじんぎ/みくさのかむだから)」は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)から神武天皇まで引き継がれ、神武天皇が即位してからは、ずっと皇宮に祀(まつ)られてきました。
 しかし、第十代崇神天皇の御宇に、大和朝廷に大きな変化(勢力の伸張・纒向(まきむく)への進出・疫病の流行・豪族との紛争など)がおこり、「神璽(しんじ)」はそのままでしたが「神鏡」と「神剣」は〈豐鍬入姫命〉(とよすきいりひめ*)が斎王(いつきのみこ)としてあずかって、皇宮外の神社に奉斎することになりました。
 この神社は〈豐鍬入姫命〉から〈倭姫命(やまとひめのみこと)〉にかけて何カ所も遷りましたが、第十一代垂仁天皇の御宇に《伊勢神宮》の内宮(ないくう)――皇大神宮――におちつきました。
(*:崇神天皇の皇女で『魏志倭人伝』にある卑弥呼の後継者台与の有力候補です)

 このうち「神剣」は、つぎの第十二代景行天皇の御宇になって皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国遠征の途におつきになったとき、伊勢神宮を守っておられた〈倭姫命〉から授けられ、火攻めにあった際に草を薙いで一行を助けたため、「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」という別名がつきました。
 日本武尊は《大和》に帰ることができずに悲運の死をとげますが、そのとき剣がおかれていた近くに熱田神宮ができ、剣はそこに祀られました。
 熱田神宮の場所は、昔尾張国だった名古屋市内でありますが、そういう関係でこの「神剣」の管理は尾張一族がおこなうことになりました。
 豪族尾張は〈饒速日命(にぎはやひのみこと)〉の天道日女命(あめみちひめのみこと)系の子孫ですが、神武天皇と争った一族の子孫が責任者になったのはおもしろいです。
 天皇になれなかった武将を大切にしたともいえるのでしょう。
(注:日本武尊は実質天皇であったという説もありますが、正史では天皇にはなっておりません)


RE:もしかして  投稿者:霧山人  投稿日:10月19日(水)02時28分52秒
そういうことは、民俗学者としてよく知られている柳田國男とかは、苦慮したと思いますよ。そして、それが民主主義にとって、かなり難しい疑問を投げかけてしまったと思います。まだ、日本の国民性が未熟ならば、あまり、この問題には触れないほうがよろしいかと存じます。


もしかして  投稿者:yohei  投稿日:10月19日(水)01時33分57秒
歴史再考51番を読ませていただきました。

ピンときてしまったのですけれど、部落差別というのは彼らサンカに対して明治の初めに始まったのではないでしょうか?
江戸時代の歴史を見ていても部落民が苦しむような差別を受けていたとは思えないし、部落民が皮革産業を独占していたこと、サンカは狩猟民族だったこと、サンカ以外の日本人は食肉を禁止されていたこと、長年にわたり交流のなかったサンカが明治維新後、近代的な会社と労働者の関係が日本にも生まれ、就職差別という形で初めて部落に対する差別感情が生まれたのではないでしょうか?


(無題)  投稿者:霧山人  投稿日:10月18日(火)23時32分38秒
天皇は、教皇で、将軍は、皇帝というような解釈でよろしいでしょうか。


サンマリノ  投稿者:參河人  投稿日:10月18日(火)22時16分9秒
イタリア半島にある世界最古の共和國らしいです。
公用語はイタリア語首都はサンマリノ國名と一緒
歴史的に見てもサンマリノは古くからの獨立國家だと思いますよ。
それとイタリア半島にはバチカン市國もありますよ。
そもそもイタリアは全ての地方でイタリア語が話されとる訳じゃなく、ドイツ、オーストリア、スイスに近い地方ではドイツ語なども話されとるようです。そのほかスロベニアに近い地方ではスロベニア語が話されとるようです。あとフランスに近い地方ではフランス語が話されとる模様その他ラテン語などだそうです。その他色々複雑で私では説明できません(汗)それでは失礼します。


解法者さまにお願い  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月18日(火)22時08分9秒
私が全体主義の反対概念は、個人主義である、との結論に至ったのは、書物にもよらず、教師は勿論教えてくれず、ただ、ただ自分自身で、考え、考えて、のことでした。
不思議なことに、政治学関係の教師からも習った覚えが全くないのです。
日本共産党付属大学の、護憲教学部だったからかもしれません。
ですから、私が個人主義という言葉を使う時、私の生活の歴史がついてまわって、あなたさまの用語と、微妙にはですが、ぶれが生じる時があるやも知れません。
そういう時、どうか、お怒りにならず、「婆さん、ここはこう考えるのが社会科学の一般的な使い方だよ」と、いちいち教えて下さいませ、ね。(できたら、やさしく)
あらかじめ、お願い申しておきます。


解法者  投稿者:ウイング  投稿日:10月18日(火)21時53分58秒
ドイツとオーストリアは同じゲルマン民族でドイツ語を話すので。


提案  投稿者:大神 正念  投稿日:10月18日(火)20時25分28秒
解法者君とは、以前からハナシが噛(か)み合わない様だし。
だぶんお互いに論点があっちの方を向いてんだろーから
お互いに疲れる前に、最初からヤメとこーと思うが。
どぅかな?


小泉総理大臣  投稿者: 反中国流  投稿日:10月18日(火)18時28分45秒
小泉総理の靖国神社御参拝について総理自身、凶産独裁主義中国、凶産独裁主義北朝鮮、軍国主義韓国がぐだぐだと言い出すまでのいい加減な経緯を見抜いている。

小泉総理は業と行くとか行かないとか煩わして、アホ三国をからかっているというのが真実だ。
性善説の仏教系文化はアホ三国も共通でA級戦犯であれ墓にお参りするのは常識だ。

我が国の正当性とは、先(ま)ず不当な東京国際軍事裁判が根源にあるが、その一つ南京事件で、凶産中国が証拠をだすだすと言いながら、いまだかつてまったく出せないことである。

しかも国際軍事裁判上、我が国を悪者に仕立て上げるためにアメ野郎が凶産独裁主義中国に『陰謀書簡』を送り事件を誇大にでっち上げさせたものだからだ。

インドのパル判事が日本の無罪を主張しアメ野郎の原爆投下を非難した『判決書』がいまだに隠されている理由が、この『陰謀書簡』であり、でっち上げを追求してあったからだろう。

『パル判事』の『判決書』には戦勝国側にとって致命的な内容が書かれていたと判る。
例えば南京事件を『陰謀』によってでっち上げたことなどがそれである。

いまだにアメ野郎は、凶産中国に『陰謀書簡』を握られ、致命的な弱みを掴(つか)まれている。
だからこそアメ野郎は今もって凶産独裁主義中国に貿易制裁さえできずおどおどしているのだ。

アメ野郎はマッカーサの『 陰謀書簡 』を、凶産中国にばらされるのを最も恐れているのだ。
我が国はその『 陰謀書簡 』を凶産中国がどいつどんな形で出してくるかが楽しみだ !!!


RE ウィングさんへ  投稿者:解法者  投稿日:10月18日(火)15時35分32秒
>イタリアとサンマリノ<

この関係を教えてください。


『「三種の神器」の心』4  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月18日(火)12時54分28秒
[承前]

「神剣」は、高天原(たかまのはら)から追放された素戔嗚尊(すさのおのみこと)が出雲で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したとき、その尾のなかから出てきた霊剣で、それを和解した〈天照大神(あまてらすおおみかみ)〉に献上したものです。
 これについては、出雲の豪族が帰順のしるしに大和朝廷に献上したのだという解釈もあります。
 神棚の向かって左の眞榊にこの「神剣」を模した剣がかけられております。

(注:素戔嗚尊が大蛇を斬ったときに使った天十握剣(あめのとつかのつるぎ)も神剣とされ、その霊威は物部一族の本拠《石上(いそのかみ)神宮》(現天理市)に奉斎されました。布都斯魂大神(ふつしみたま)と呼ばれ、主祭神のひとつになっております。この神社には、「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」以外の、神話に出てくる著名な神剣がほとんど祀(まつ)られています。物としても一部は拝殿奥の禁足地から発掘されてご神体になっています。大和朝廷発祥の時点で饒速日命(にぎはやひのみこと)系の物部一族がいかに力を持っていたかがわかります)

〈天照大神〉は、天孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原から日向(ひうが)の地に降臨するにさいしてこの「三種の神器(さんしゅのじんぎ/みくさのかんだから)」を授け、とくに「神鏡」については、

「此之鏡者、專爲我御魂而、如拜吾前、伊都岐奉(古事記)」
(この鏡を自分(御霊代 みたましろ)だと思って奉斎するように)

 ――とお教えになりました。
 このため「三種の神器」のなかでも「八咫鏡(やたのかがみ)」は別格の存在として扱われてきております。


霧山人様  投稿者:三保 平清  投稿日:10月18日(火)12時52分52秒
>この子々孫々に受け継がれる統治権とは、鎌倉幕府以降の源氏による武家の統治のことを主に指していて、皇室における統治権をさしているわけではありません。守護・地頭とか、大名とか、地主が小作人を支配するとか、そのようなレベルも含まれております。

◆私はそのつもりで書き込みをしたつもりなのですが。皇室は古代はいざ知らず、中世以降、日本の権威となっている様に思います。統治権とは誰か保持していようが、その治世と継承が円滑に行われれば、いいわけで、私は皇室がずっと統治権を保持したとは書きませんでした。「統治権云々」とは失敬な返信の書き方だと思いますが。


明治天皇と肉食問題2  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月18日(火)12時41分41秒
 私の個人的な見聞のみですが、祖父母・両親・自分たち夫婦・子供たちを比べますと、時代が下がるほど肉食が増え、かつ、満腹するまで食べているように思います。
 しかし、時代が下がるほど健康になっているかと言いますと、むしろ逆の傾向があります。魚以外の肉をほとんど食べていなかった祖父母も両親も(ついでに曾祖父母も)相当な長寿でした。
 私が生まれてから今日までを振り返りますと、肉が食卓に多く載るようになったのは、戦後数十年もしてからです。
 終戦時の日本人は食糧難で身体を毀(こわ)しましたが(私も栄養失調で一時は眼が見えなくなりました)、現在の日本人は肉食を含めて美食と飽食が過ぎて、かえって健康を害しているように思えてなりません。
(美食飽食→太りすぎ→ダイエット・・・は異常だと思います)
 日本民族は、何千年も穀物を中心にしてきましたから、身体がそのように出来ていると思います。

 子孫をつくる能力に関しても、終戦時の腹ぺこの時代の方がずっとたくさんの子供が産まれています。
(栄養が悪くなると実がたくさんつくのは柿などの果樹も同じですけど!)
 最近は男女ともに不妊難妊が増えていると、医者が言っておりましたが、これも美食と関係しているのではないだろうかと、疑っております。
 というわけで、肉の量はこれまでの半分くらいにした方が、健康に良いのではないかと考えまして、数年前からそれを実行しております。肉以外も減らしております。
(日本人全員がこうしますと、食糧自給率ははるかに良くなります! とくに肉牛は大量の穀物を消費するそうですから、なおのことです)
 私と家内に限っては、その方が健康に良さそうです。
 悪玉コレステロールも減りますし・・・。
 少なくとも、何千年も肉食を中心にしてきた民族とは、日本人は、身体の出来かたが違っていると思うのです。
 肉食そのものが悪いわけではありませんし、栄養は大切ですが、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」です。
 食べては吐いてる病気の人をテレビで見るたびに、近々、日本人の平均寿命が縮みはじめるのではないかと、心配しております。


明治天皇と肉食問題1  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月18日(火)12時40分38秒
 食肉問題が話題になるとき、私はいつも明治天皇のお言葉を思い出します。
 それを以下に記します。

よきをとり あしきを捨てて 外國(とつくに)に 劣らぬ國と なすよしもがな

 これは明治天皇の有名な御製(ぎょせい)ですが、この御製にまつわるエピソードが知られております。
 明治の初め、かの大久保利道が内務卿だったとき、部下の長与専斎衛生局長を欧米に派遣して、衛生状態の調査をさせました。
 帰国した長与は、欧米では肉食が主体であると報告しました。
 大久保や長与は欧米人の健康や体力や知力は肉食によると判断したようです。
 大久保は日本もそうするべきだと考えて明治天皇に言上したところ、天皇はつぎのように仰(おお)せになったそうです。
「欧米の状態はよくわかったが、日本の三千年の歴史を見ると、穀物を常習するにもかかわらず、古来長寿も多くおり、知力においても負けていない。空海や伝教(でんぎょう)らは穀食のみを励行してあらゆる強敵にうち勝つ知力と体力をもっていた。だから肉食民だけが優秀なのではない。国土の位置、気候、人種なども考慮し、確信を得てから肉食の普及をすすめるべきである。軽挙は有害無益である(大意)」
 大久保卿は恐懼(きょうく)して御前(ごぜん)を退下。
 のちに大山厳(いわお のちの陸軍大臣)や高崎正風(明治天皇の御歌所所長)にこの事を語って、自己の軽率を後悔したそうです。


話はドンドン膨らんで行く  投稿者:解法者  投稿日:10月18日(火)08時38分45秒
 タバコも危険、酒も危険、コーヒーも危険

 毛唐(けとう)であろうが、全て外国から!

 こんなことを言ってたら、始まりませんがな!

 「自己管理出来ないから、そーいう事になるんだ」
 そりゃ、そう言いますがな! 当たり前田のクラッカーでしょ!


(無題)  投稿者:ウイング  投稿日:10月18日(火)06時22分53秒
朝鮮半島の分断とドイツとオーストリア、それとイタリアとサンマリノのは似ているような気がします。


皆の衆  投稿者:大神 正念  投稿日:10月18日(火)02時27分35秒
どうも・・・ハナシをね、ハナクソみたいにこねくりまわさないでさ、シンプルにまとめてみては?どんどん話題が膨張しとるがな。時に話題を膨らませるのも結構だけれど、掘り下げる時は掘り下げる。

狂牛病のハナシでしょ?

・・・例えばだな、これが「タバコ」だったらどーなの?
勿論これは、発ガン性物質を含む嗜好品で、吸うも吸わぬも個人の自由。
ただし、吸わない人と比べれば、発ガン率が高い事は確実。
発ガンすりゃ、致死率は決して低くは無い。
当然ながら子供が吸うのは違法。健康的にも道徳的にも。
更に、・・・タバコもな、毛唐が持ち込んだモノだわな。

ま、例えばの例だけどね。

あ、そー言えば関連したハナシでさ、俺がね、サンフランシスコの街角でタバコを吸ってたわけ。したらな、傍を通り掛った毛唐(けとう)がさ、大袈裟(おおげさ)なジェスチャーで、手を振り回して煙を掻(か)き分ける仕草をしながら、わざとらしく「ゲホッゲホッ!!!」だってさ。
・・・ぶん殴ってやろうかと思ったけどね。

先のクジラのハナシの様な事だけど、そもそもタバコをな、嗜好品として蔓延させたのは、何処(どこ)の何方(どなた)様でしたっけ?つー事だがね。それをだな、発ガン性物質だと気がついた毛唐が、「タバコを吸うヤツは自己管理も出来ない人間だ」とかホザイて、今度は吸う人間を疎外する態度をみせる。まぁ、毛唐がやってきた事とは、そういう失敬な事ばかりだわな。 と、いう事。

病気肉を食ってアルツハイマーになった日本人が出て来たら、それを見た毛唐はさ、「自己管理出来ないから、そーいう事になるんだ」って、そう言い出すぜ、きっと。


仰ることはよく分かります  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月18日(火)01時52分25秒
解法者さま、個人主義についての、ご趣旨肝(きも)に銘じておきます。
わたくしも、個人主義が国益を犯すとは、考えてはおりません。
しかし、あなたさまも、十月二日、五時十八分の、ご投稿で、「法というものは、結局、国民の良識にささえられている。つまり、国民の良識から遊離しては、存立しない」と仰(おお)せです。
あなたと私の良識は、殆(ほとん)んど同じではないか、と思います。
私も人権擁護法案に、危機感を抱いております。何とか阻止できないものかと切歯扼腕(せっしやくわん)しております。


これが一番危険  投稿者:解法者  投稿日:10月18日(火)01時24分33秒
>一般国民の良識に合致する<

 サヨク政権が誕生したら、靖国神社などは閉鎖される。参拝しないならまだ良い。必ず<更地(さらち)>にする。

 このときの文句が<一般国民の良識に合致しない存在>だ。>一般国民の良識< 何とでも使える。都合のよい言葉だ。

 この用語に誤魔化されてはいけない。


国家の発展の基礎は個人主義にある  投稿者:解法者  投稿日:10月18日(火)01時13分27秒
 サヨクが「個人主義」を掲げると、ウヨクは反発するという構造になっている。
 しかし、サヨクの「個人主義」誤魔化されてはならない。

 サヨクの「個人主義」は政権奪取への<方便>に過ぎない。ハナから「個人主義」などを考えてはいない。
 左翼政権の中国、北朝鮮、ソ連で「個人主義」が実現されたか? 憲法には「個人の権利」などと唱ってはいるが、これこそ<排除>すべき最大のものであった。
 サヨクの本質は<全体主義>にある。
 誤魔化されてはならない。

 左翼政権 民主党政権だと考えてはいけない。
 サヨクに言わせりゃ、これも<保守党>
 もちろん、民主党 社会党の残党がいるから、サヨクが払拭されてない。

 保守主義と個人主義 相反するものではない。
 むしろ、個人主義が保守主義を支えている。家族の絆、伝統・文化の尊重 個人の自我に支えられている。
 サヨク政権が誕生したら、真っ先にこういうものは<抹殺>される。

 個人主義が戦後の混乱をもたらしてのではない。利己主義、つまり権利主導の利己主義だ。公より私という思想だ。
 大日本憲法下でも、個人主義が確立していた。ただ、「公」の観念が確立していたため、利己主義が厳しく諌(いさ)められた。
 サヨク 利己主義すら認めない。個人主義を<仮装>して、「私」を強調して日本を混乱させているだけだ。
 サヨクの「個人主義」に根ざした「人権」はサヨクの頭の上にだけ輝いている。つまり、ご都合主義 政権奪取までの権利の保護を主張しているに過ぎない。

 私は、掲示板でもサヨクの「人権」を糾弾している。

「人権」 心地よい言葉だ!
 鳥取県人権侵害保護条例 主導したのは、部落解放同盟、朝鮮総連
 人権保護法案も部落出身の「野中広務」の策謀
 弱者権力を包み隠した陰謀だ。
 「人権」は、彼らだけの頭の上に輝く!
 騙されてはいけない。

 「シロ右翼」とういうのは、個人主義が国益を犯すという左翼思想にハメラレタ、また意図的に使用する者の総称と考える。


「編集」機能の制限について(告知)  投稿者:竹下義朗(管理者)  投稿日:10月17日(月)23時34分24秒
従来より、各投稿につきましては、投稿者本人が投稿に使用したパソコンからのみ文面の編集が可能でしたが、現時点より当分の間、編集不可とさせて頂きます。

理由は・・・本日日中、確認しました所、一部の投稿者により、好ましからざる発言(投稿)が為されましたが、先程、再確認しました所、「編集」されその痕跡が消去されておりました。
編集機能は、誤字脱字等、最低限の訂正に利用する分には、非常に便利な訳ですが、例えば、著しい誹謗中傷を投稿した後、一定時間が経過した後、編集機能を悪用して恰(あたか)もその様な投稿が存在しなかったかの様に工作する事も可能です。言わば、「諸刃(もろは)の剣」です。

本来ならば、管理者として自由な投稿・編集を許可すべき所ですが、上記の一件が見受けられた以上、看過する事は出来ませんので、暫時、編集機能を制限し様子を見る事と致します。


(無題)  投稿者:旅人君  投稿日:10月17日(月)23時30分18秒
すいませんでした


再び、解法者さま  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)23時28分34秒
分かりました。あなたと私の個人主義に対する、用語のちがい、についてです。
社会科学的に、何が正当なのか、おそらく、あなたさまの定義が、正しいのかも・・・
しかしね、個人主義者であって、利己主義者ではないが、困った人って、いるんですよ。
骨身(ほねみ)にしみて、そういう存在に、私は嫌悪(けんお)を感じ、悩まされて来たんです。
いわば、悪(あ)しき個人主義者とでもいうような・・・・あなたの周りに、そんな人っていませんかねぇ。 例えば、子供に自主性を認めると言って、しつけをちゃんとしない人とか、利己主義ではないが、自分が何より尊いと思って、自己実現だけが人生の目的で、日本の歴史を勉強しないインテリとか、ね。・・・・もう、うんざりですよ。
ちよっとは私の気持ち、分かって下さいまし。
でもって、アメリカ牛の問題は、公のことか、ですが、私は公のことだと思います。
むしろ、個々人の判断より、国家の問題と言ってもいいでしょう。
食べるも食べないも、人の勝手、というのも、私には悪しき個人主義だと思えます。
食べたい人の権利は、そんなに大切でしょうか。
我々一人一人は、個人でもあるが、公の一員でもある。国家の構成要素です。
公の存在としての自覚が欲しい。欲望に流されないで、自分を大切にすること。
これ、大事です。狂牛病になったら、子孫にも影響します。病気が流行ったら、社会は破滅です。  大事な国家の存続にもかかわる。
あなたは、私を全体主義者と呼ばれますか。それなら、お話の余地はありませんねえ。


統治権云々  投稿者:霧山人  投稿日:10月17日(月)23時24分51秒
天皇の統治権というものは、いつの時代まで存在していたのかが分からないほど、あいまいですね。平安時代には既に君臨すれども統治せずだったし、院政も、鎌倉幕府、執権、足利幕府、江戸幕府などがあって、ほとんど、象徴的存在で存続してきたのが、皇室だと思います。この子々孫々に受け継がれる統治権とは、鎌倉幕府以降の源氏による武家の統治のことを主に指していて、皇室における統治権をさしているわけではありません。守護・地頭とか、大名とか、地主が小作人を支配するとか、そのようなレベルも含まれております。


生殺与奪の権限  投稿者:竹下義朗(管理者)  投稿日:10月17日(月)23時19分42秒
此処(ここ)『喫茶室』からの排除(出入禁止)勧告につきましては、管理者たる私の専権事項となっております。


言葉遣いには気を付ける様に  投稿者:竹下義朗(管理者)  投稿日:10月17日(月)23時15分52秒
特定の個人と言う訳では無く、此処(ここ)にご参加の皆様へのお願いです。


なるほどね  投稿者:旅人君  投稿日:10月17日(月)23時11分27秒
近くの大学生に話しかけることができようができまいが、じゅうぶんに変なババアだと思います
愛する女を売り飛ばしたことはあります
しかし、まだ死んでません
川崎のソープランドにいます。


食べたいものを食べること  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)22時53分20秒
旅人君へ
絶対安全という食べ物は、殆(ほとん)んどないかもしれません。でも、より安全なものを摂取するという生活態度は、必要です。
私はねえ、若い人たちが何を考えて生きているのか、若い人に接触する機会がないので、知りたいのですよ。うちの近くには、いろいろ大学があるのですが、道を歩いている彼らを呼び止めて「ねえねえ、君たち、日本の将来をどう思う?日本の過去をどう思っているの?」と話しかけたい気がするのです。
でも、変なババアといって、逃げられそうなので、いつも、思い留まっているんです。
食べたいものを食べることは、果たしていいことか。体に悪いものは、避けるべきですね。食べたいものを食べられることが、どんなに幸せなことか、この豊かな社会に生きている若い人には、おそらく分からぬでしょうね。
そして、食べたいものを、敢えて食べないという、禁欲の必要性も分からぬでしょうねえ。  食べたいものが食べられて、着る物もたくさんあって、家もあって・・・・
日本人は豊かになりすぎて、一番大事なことを忘れた・・・・
お金よりも命よりも大切なものが、この世にはたくさんある、ということをです。
それは何でしょうね。
旅人君は、愛する人に死に分かれたことが、ありますか?
この人の命を救うためなら、自分の命をさし出してもよい、と切実に思ったことはないですか。
まだ、ないでしょうね。   でも、考えてみて下さいね。
お金よりも命よりも大切なものが、この世には、たくさんある、と言った婆さんの言葉を・・・・


こういう混同は困る  投稿者:解法者  投稿日:10月17日(月)22時01分12秒
>私が悪しき個人主義と申したのは、各自が各自の判断で、行動してよいのが、現代の日本であるが、人に迷惑をかけないなら、何をしてもよいかというと、そうではない、と、申し上げたかったのです<

 こういうのは「利己主義」といいます。これと「個人主義」違います。
 「利己主義」は<公>に対する自覚がないことを言います。
 アメリカ牛肉輸入は、<公>とは関係ありません。
 取ってつけような<悪しき個人主義> アメリカ牛肉輸入に持ち出しては困りますな!
 何の関係がありましょうや。狂牛病が発生しているならともかく実証すらされてないのですから。
 現に「旅人君」みたいに<自己責任>で食べたいという人がいるんですから。
 輸入反対は、こうした者の権利を奪うことにもなるのですよ。
 食べるも食べないも人の勝手でしょう。

 なお、全体主義では「利己主義」すらありません。
自我が確立してない(許されない)全体主義では「個人主義」など考える余地はなく、したがって、「個人主義」を前提とする
「利己主義」などありえません。


(無題)  投稿者:旅人君  投稿日:10月17日(月)21時21分25秒
絶対安全なんて食い物は少ないんじゃないですか?
たとえば、水でもそうでしょ
とにかく、そんな事を言ってたら生き残れない

オレは思うに、自己責任という言葉に右翼は敏感だなあ


解放者様へ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)20時43分2秒
実証されていないから、って、各自の「自己責任」にまかせる、のは、如何(いかが)なものでしょう。解法者さま、あなた様がこの問題については「自己責任」と、仰(おお)せなのですよ。
あなた様の言われる法学用語としての「自己責任」は、よくよく承(うけたまわ)りました。
私が悪(あ)しき個人主義と申したのは、各自が各自の判断で、行動してよいのが、現代の日本であるが、人に迷惑をかけないなら、何をしてもよいかというと、そうではない、と、申し上げたかったのです。売春や、シャブ中になろうとしている子には、絶対ダメと言い、狂牛病の疑いのある肉は、お互いに食べるなと注意しあうことが、良識(また、それはお前だけの良識だ、全体主義だ、などとは言わないで下さい)であろうと、まぁ、こういいたかったわけでして・・・・
今の世に一般用語としての「自己責任」なる言葉が、悪い傾向をもたらしているのも又事実。解法者様の、今後の真摯(しんし)なご健闘を切にねがい、この一般用語としての自己責任なる言葉の毒を駆逐(くちく)して下さることを、願ってやみません。そして、アメ肉は、全く安全と、実証されるまでは、輸入はストップするのが、賢明ではないでしょうか。
我々を指導してくださるお立場のあなたさまに、それを申し上げたかったわけです。
それに、ここいらで、肉食の害も考え、食料の自給率をあげることにも、つとめなければなりませんね。
食生活の見直し、もまた大切です。


牛丼  投稿者:旅人君  投稿日:10月17日(月)20時34分25秒
オレは吉野家の牛丼は食うぞ
ありゃ、うめえ!
来年まで待てないから
香港で食うんだ
しかし、あれだけ皆が吉野家で牛丼を食っても平気だが


RE 輸入すんなら牛肉食らえ!  投稿者:解法者  投稿日:10月17日(月)20時07分55秒
アメリカでは、狂死んだ者がいないが・・・


輸入すんなら牛肉食らえ!  投稿者: z  投稿日:10月17日(月)19時11分38秒
キサマら牛肉食らって一時も早く狂死んでくれ〜〜(笑


アメリカ牛の危険性  投稿者:解法者  投稿日:10月17日(月)17時19分47秒
 そもそも実証されてないんだから、輸入して食べるも食べないも国民の判断に委(ゆだ)ねれば、それでよい。

 これを「悪(あ)しき個人主義」などとトンチンカンなことを言うから批判しただけ!

 こういう実証されないもので、日米間の軋轢(あつれき)を生むだけ損!


お答えになっていません  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)16時59分52秒
私は、アカだの白だの、色盲検査みたいな話は、よく分かりません。
ただ、あなたの牛に関する自己責任論を、無学な者にも分かりやすく、お話してください、と申しているのです。
私は、個人主義が悪いとは、一言も申しておりません。
個人主義が、利己主義になるのを食い止めるものは何か、考えなくてはとは、申しました。誤解しないで下さい。
私は、一流の学者は、小学生や中学生や、市井(しせい)の婆さんにも、分かるように適確に話が出来、本質を二、三行で、表現できるものだと思ってきました。
三流の学者は、それこそ、何十行も、言葉を費(つい)やして、終(しま)いには、学者の権威を振りかざして、自分のいうことを理解せぬのは、お前が無知蒙昧(もうまい)なんだ、という態度になるのです。これは、私の人生経験から得た、経験則です。
あなたさまの真摯(しんし)なご活動と、左翼どもとの戦いに身を挺せられたことには、深甚(しんじん)なる敬意と尊敬を惜しまないものであります。
青空のような明晰なご頭脳にも、深い尊敬の念を抱いております。ですから、どうか、アメリカ牛の危険性についての自己責任論を、お述べ下さいまし。


年號、訂正  投稿者:hwangdongyang2002  投稿日:10月17日(月)15時56分48秒
黄東洋さんへ  投稿者: 白髪交じりの黒髪さんへ  投稿日:10月15日(土)13時36分16秒
>西暦1945   皇紀2605
>西暦1995   皇紀2655

>でもって今年は、皇紀2665年です。訂正して下さいませ。
>ところで、ウルトラマンって、何ですか、婆さんに教えて下さい。

『ウルトラマンとは』(「はてなダイアリー」より)
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A6%A5%EB%A5%C8%A5%E9%A5%DE%A5%F3

失禮しました。年號を訂正します。
確かに「戰後」60年なので「終戰」の5年前から數えて65年ですね。初歩的なミスでした。

年號  投稿者: hwangdongyang2002  投稿日:10月14日(金)22時44分49秒
大政奉還から100年、200年

西暦1867・(平成−121)(昭和−58)(大正−44)(明治0)慶應3(大政奉還)
「0年」は実用上は存在せず、いうなれば1867年は明治前1年?「0年」を設けると計算がし易くなる。
↓100年後

西暦1967・(平成−21)昭和42(大正56)(明治100)(慶應103)(ウルトラマン本放送最終回)

↓40年後

西暦2007・平成19(昭和82)(大正96)(明治140)(慶應143)

↓60年後

西暦2067・(平成79)(昭和146)(大正156)(明治200)(慶應203)

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

西暦1925・(平成−63)(昭和0)大正14(明治58)

西暦1926・(平成−62)昭和元・大正15(明治59)

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

西暦1925(平成−63)(昭和0)大正14(明治58)

西暦1926(平成−62)昭和元・大正15(明治59)

西暦1927(平成−61)昭和2・大正16(明治60)

西暦1928(平成−62)昭和3・大正17(明治61)

西暦1929(平成−63)昭和4・大正18(明治62)

西暦1930年・(平成−58)昭和5大正(明治63)大日本帝国政府は皇紀2590年

↓10年後

西暦1940年(平成−48)(昭和15年)、大日本帝国政府は皇紀2600年

↓(5年)

西暦1945・(平成−43)(昭和20)(大正34)(明治78)「終戦」、皇紀2605年

↓約半世紀

西暦1995・(平成7)(昭和70)(大正84)(明治78)「終戦」50年、皇紀2655年

↓更に10年

西暦2005・平成17(昭和80)(大正94)(明治88)「終戦」60年、皇紀2665年

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
西暦1867・(平成−121)(昭和−58)(大正−44)(明治0)慶應3「大政奉還」

西暦1868・(平成−120)(昭和−57)(大正−43)明治元・慶應4「明治維新」

西暦1869・(平成−119)(昭和−56)(大正−42)明治2(慶應5)

西暦1870・(平成−118)(昭和−55)(大正−41)明治3

↓30年後

西暦1900・(平成−88)(昭和−25)(大正−11)明治33

↓10年後

西暦1910・(平成−78)(昭和−15)(大正−1)明治43

西暦1911・(平成−77)(昭和−14)(大正0)明治44

西暦1912・(平成−76)(昭和−13)大正元・明治45

西暦1913.(平成−75)(昭和−12)大正2(明治46)

↓10年後

西暦1923・(平成−65)(昭和−2)大正12(明治56)「関東大震災」

西暦1924・(平成−64)(昭和−1)大正13(明治57)

西暦1925・(平成−63)(昭和0)大正14(明治58)

西暦1926・(平成−62)昭和元・大正15(明治59)

西暦1927・(平成−61)昭和2(大正16)(明治60)

↓(40年後)

西暦1967・(平成−21)昭和42(大正56)(明治100)(慶應103)「ウルトラマン1966〜1967」

西暦1968・(平成−20)昭和43(大正57)(明治101)(慶應104)「キング牧師とヘレンケラー他界」

西暦1969・(平成−19)昭和44 アポロ月着陸
ビートルズ解散はこの辺り
西暦1970・(平成−18)昭和45

西暦1971・(平成−17)昭和46

西暦1972・(平成−16)昭和47

西暦1973・(平成−15)昭和48

西暦1974・(平成−14)昭和49

西暦1975・(平成−13)昭和50

西暦1976・(平成−12)昭和51

西暦1977・(平成−11)昭和52(大正66)(明治110)

西暦1978・(平成−10)昭和53

西暦1979・(平成−9)昭和54

西暦1980・(平成−8)昭和55

西暦1981・(平成−7)昭和56

西暦1982・(平成−6)昭和57

西暦1983・(平成−5)昭和58

西暦1984・(平成−4)昭和59(大正73)(明治117)

西暦1985・(平成−3)昭和60

西暦1986・(平成−2)昭和61

西暦1987・(平成−1)昭和62(大正76)(明治120)

西暦1988・(平成0)昭和63(大正77)(明治121)

西暦1989・平成元・昭和64

西暦1990・平成2(昭和65)

西暦1991・平成3(昭和66)

西暦1992・平成4(昭和67)

西暦1993・平成5(昭和68)

西暦1994・平成6(昭和69)

西暦1995・平成7(昭和70)

西暦1996・平成8(昭和71)

西暦1997・平成9(昭和72)(大正86)(明治130)

西暦1998・平成10(昭和73)(大正87)(明治131)「長野五輪」

西暦1999・平成11(昭和74)

西暦2000・平成12(昭和75)「シドニー五輪」

西暦2001・平成13(昭和76)

西暦2002・平成14(昭和77)「ソルトレーク五輪」

西暦2003・平成15(昭和78)

西暦2004・平成16(昭和79)(大正93)(明治137)「アテネ五輪」

西暦2005・平成17(昭和80)(大正94)(明治138)「『終戦』60年」

西暦2006・平成18(昭和81)

西暦2007・平成19(昭和82)(大正96)(明治140)

西暦2008・平成20(昭和83)(大正97)(明治141)「北京五輪」

西暦2009・平成21(昭和84)(大正98)(明治142)
________________________________________


解法者さん  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月17日(月)15時43分58秒
>浅学なものが、思いつきで批判すると墓穴を掘ることになる!
>あなたは勉強してから、ここに再登場したらよかろう!


解法者さん、意見が違うあまり、相手を『浅学』呼ばわりなどと熱くならないで下さい。これでは・・・かつてこちらの常連だった一言居士さん(当時この掲示板で解法者さんは「皇太子殿下は男子の生めない雅子妃殿下と離婚するべきだ!」という要旨の発言、そのあまりなストレートさの表現に対して一言居士さんが意見をしたところ・・・結局は解法者さんが折れず曲がらず妥協せずとのことで一言居士さんはこちらの掲示板から離れる事となりました)のパターンだけは止(や)めてください。それと、あなたの言う『勉強しなおして再登場』とは・・・現在この掲示板では管理人・竹下義朗さんのみに権限があります。そのことに間違いないでしょう?→竹下さん。


悪い個人主義の見本?  投稿者:解法者  投稿日:10月17日(月)13時49分30秒
 日本は昔から「個人主義」 個人主義の反対は、「全体主義」

 個人主義 自我の確立からしか生まれない!
「万葉集(まんにょうしゅう)」 防人(さきもり)の歌、東国人(あずまびと)の歌、詠(よ)み人知らずの歌、が多く収められている。既にこの時代から庶民の間には<自我の確立>が形成されていた。そうでなければ、自由な歌など詠めない! 北朝鮮で庶民が自由に歌を詠めますか?

 こんな歌集 他の外国にありました?

 時代は進み、江戸時代 町民文化が花開き、お伊勢参えりも頻繁に行われていた。同時代の朝鮮にこうしたことがありました? 清はどうでした?
 こうしたことが行われたのは、個人主義が確立していたから!
 朝鮮、清、ロシアなどの全体主義国家では、こうしたことができるはずもない。
 左翼、特に共産主義者は、江戸時代を<暗黒時代>だという。
 庶民は統治者の圧制に苦しんでいた。馬鹿イッチャ困る。
そしたら町民文化など興るはずがない。

 明治時代 臣民はいわゆる基本的人権が保障されていたんだが・・・
 個人主義を誹謗する「白髪交じりの黒髪」さん、明治時代も「個人主義」が確立していた。全体主義? こんなの左翼の宣伝に過ぎない。
 悪い個人主義 これ左翼! オウム事件などは、大日本帝國憲法下では起こるはずがなかった。アメリカ憲法を導入したため、起きた。

 翻(ひるがえ)って、自己責任 全体主義からの個人の救済にあった。北朝鮮<全体主義国家>は、いまだに家族連座主義。

 「自己責任」 良き個人主義の見本!

>法学者はさまざまな理論を駆使し、法技術をきわめて、最後には一般国民の良識に合致する結論に持っていくの(務め)

 狂牛病問題とアメリカ牛輸入 一般国民の良識? これって何? アンタの良識? これを<一般国民の良識>ということ自体全体主義!

 共産主義には、個の確立はない!
 だから、あなたを「シロ右翼」と言ってるのですが・・・

 浅学なものが、思いつきで批判すると墓穴を掘ることになる!
 あなたは勉強してから、ここに再登場したらよかろう!


(無題)  投稿者:しがない浪人生らしき者  投稿日:10月17日(月)13時18分31秒
旅人君さん
個人攻撃は止(よ)しましょう。
みんな真剣に議論しているところで、意見が違ったからといって罵(ののし)るのは止(や)めましょう。一理あると思いながら聞いて、考えてこそ人間進歩すると思います。
そこで反対してもそれはあくまでも意見に対してであり、その意見を発している個人ではないはずです。


『「三種の神器」の心』3  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月17日(月)12時53分14秒
◆◆◆ 二 「三種の神器」の由緒◆◆◆

 高天原(たかまのはら)において、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に悩んだ〈天照大神(あまてらすおおみかみ)〉が天の岩屋にお隠れになったとき、困った神々が岩屋の前に天香具山(あまのかぐやま)の聖木・榊(さかき)を立て、上部に「神璽」をかけ、中ほどに「神鏡」をかけたのが、この二つが歴史に出てくる最初です。

「神鏡」である「八咫鏡(やたのかがみ)」の咫は手指をひろげた長さとされますが、ここでの意味は立派な神鏡ということであり、伊斯許理度賣命(いしこりどめのみこと)がつくったとされます。
 鏡をつくる職人集団・鏡作部(かがみつくりべ)の祖神(おやがみ)です。
(注:実年代の推理は困難ですが、二千年以上前だろうと思われます)

 この鋳造のとき、はじめ表に傷ができたので、そのあと無傷のものを造り、これが「神鏡」となりました。
 はじめの傷のあるものは和歌山県の日前・国懸神宮(ひのくま・くにかかすじんぐう)のご神体になったという伝承があります。
 この神社は神武天皇がご創建になったとされ、紀伊国一宮・式内社・旧官幣大社です。

「神璽」と呼ばれる「八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)」は、翡翠などの石を磨いてつくった勾玉(まがたま/カンマのような形の玉)をたくさん紐でつないで首飾り状にしたもので、製作者は玉祖命(たまおやのみこと)と呼ばれる職人集団の祖神です。
 家庭の神棚の向かって右側に飾る眞榊は、この天の岩屋の前に神々がお立てになった、鏡と勾玉をかけた神木を模したものです。


はい  投稿者:旅人君  投稿日:10月17日(月)12時00分7秒
わかりました


お言葉ですが  投稿者:三保 平清  投稿日:10月17日(月)11時50分0秒
     霧山人様

>日本の欠陥は、統治権が子々孫々へと受け継がれるという伝統があって、それを打ち壊すためには、もはや外国を利用した戦争しかなかった。

◆上げ足をとるつもりはありませんが。一寸(ちょっと)気になります。「統治権が子々孫々へと受け継がれるという伝統」か悪いのなら、古代の天皇の存在もそうですよ。中世以降は武士などが出てきて変わりますが。「統治権が子々孫々へと受け継がれるという伝統」とは国家が連綿と続いているからこそ、起きるのです。支那の様に、民族王朝がぶち切れて、断続的ではあれば違います。。王朝が弱体化して、交代時期には国内は争乱状態の繰り返しでした。そして一旦王朝が確立すると、その軍隊を外征に送った。うまくいけば、その地が手に入る。失敗しても邪魔になった軍の処理が出来る。「狡兎(こうと)死して走狗煮らる」。周りの国々は大迷惑でした。いらなくなった軍隊の処理の為に、攻め込んでこられるのですから。統治権が子々孫々へと受け継がれていて、問題がなければ国内に争乱はまずおきませんでした。その継承権に問題が発生した時に、内乱となりました。現代から見れば、政権交代は当たり前でも、過去の時代はどこの国でもそうではありませんでした。先に議会を作った国も、外国では植民地争奪や、さまざまな利権争奪に、外国と戦争していました。おまけに宗教戦争までありました。こう言うのがない「統治権が子々孫々へと受け継がれるという伝統」とどちらがましなのでしょうか。現代は政権交代のしくみが、確立していますが。それでも時々変な事件が起きる。「ジーメンス事件」「ロッキード事件」。


旅人君  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)11時36分48秒
話してみたら、あなた素直ないい子ですね。
ばあさんは、ほんとに婆さんで、死ぬような目にあってきたのです。


それで、ですね  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)11時26分25秒
解法者さん  市井(しせい)の婆さんは、無学無知です。しかし、良識というものはある。
怒鳴りつけたいお気持ちはよくよく分かりますが、法学者はさまざまな理論を駆使し、法技術をきわめて、最後には一般国民の良識に合致する結論に持っていくのが、務(つと)めでありませう。国民の利益と社会正義のために、働くのが法学者さんでせう。さらには、国家的見地から、ことを判断しなくてはならぬ責務がある。
日本の公共の福祉など考えてもくれないアメリカ、信義誠実などない業者、権利濫用する販売者・・・。
とすると、「自己責任、食べたい奴は食べればいい、輸入再開、大賛成」は、酔った挙句(あげく)の暴言としか、婆さんには思えぬですよ。
撤回してくださいますかしら・・・撤回なさらぬのなら、牛に関する詳しい「自己責任論」をもう一度、無学な婆さんに分かりやすく説明してやって下さいませ。


はい  投稿者:旅人君  投稿日:10月17日(月)11時12分59秒
はい


さてさて  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)11時03分37秒
解法者さん  アメリカ牛の輸入再開となり、新聞にそれが載ったとして、婆さんは目が悪く、運悪くその記事を見のがし、何も知らずに、スーパーで固形スープの素(もと)を買い、家族に飲ませたとします。運悪く、それは病牛の骨や蛋白質で出来ていて、家族が十年後発病したとします。
それでも、婆さんに過失ありとして、婆さんは自己責任を負わにゃならぬ、のですか。


言葉は厄介な生き物  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)10時52分0秒
解法者さん  自己責任という法律用語については、しかと承(うけたまわ)りました。そして、自己責任論なるいかがわしき言論が、はびこって、それに果敢に挑戦し、啓蒙活動をなすったあなたさまのご苦労も、よくよく分かりました。しかし、私なんか自己責任というと、経済学上の・・・いや、学は除きましょう・・・経済上のそれを、まず最初に連想します。
政治用語でも、社会用語でもない、と仰(おお)せですが、言葉は七色ねずみ。逃げ回るそやつを、法律の中に閉じ込めようとするのは、学者の権威を以(も)っての上からの押し付け、控えめにいっても徒労に近いのではありませぬか。
議論のその場その場で、定義をきちんと示して、話し合うより他ないでしょう。


(無題)  投稿者:霧山人  投稿日:10月17日(月)09時59分46秒
統治権が子々孫々に受け継がれるということは、どういうことか。

社会がピラミッド構造をしている場合、支配者はずっと支配者、被支配者はずっと被支配者ということになります。支配されている人々は、ずっと労働に従事しなければならないということになります。これは、特権というものがあるということです。本当だったら、適当に交代すべきなんでしょうけれども。自分が死ぬまで、奴隷であったのならばと考えれば、ニートになろうと考えるでしょう。民主党とか、すぐにアメリカ、アメリカとかいいますが、アメリカが日本の政治に口出ししても、日本の政治は日本が決定するはずであるので、ただの暗幕に過ぎないのだと思う。実は、アメリカには、そこまで日本を左右できてはいない。アメリカを理由にして、日本を動かすといったほうが正しいでしょう。だから、従来の統治権というものは、あってないようなものになってしまいました。それで生活がどうということもないのでしょうけど。


全体主義の始まり  投稿者:霧山人  投稿日:10月17日(月)09時35分6秒
一つの意見で全体をまとめようとすることが、全体主義への始まりだと思います。

さまざまな意見があって、個性がまもられるからこそ、民主主義であると思います。

だから、さまざまな意見を尊重すべきだと思います。対立意見でも、立場を考えてやる。

それが思いやりの仁の心だと思うのです。これが人権を考える上での基礎になると思います。日本の法秩序は、どれくらい日本の慣習法であるかは知りませんが、日本人の権利をまもる法律というものは、日本人の考えでつくるべきかもしれません。ロックの市民政府論を、日本人的思考で構築しなおすのも、面白そうです。吾輩は、時間があまりないのが欠点ですが、少しは考えてみようかなと思っています。日本の欠陥は、統治権が子々孫々へと受け継がれるという伝統があって、それを打ち壊すためには、もはや外国を利用した戦争しかなかった。ちょっとした、思いつきなんですが・・・。

『霧山人の幻想』
http://blogs.yahoo.co.jp/rkfjj865


自己責任  投稿者:解法者  投稿日:10月17日(月)09時15分14秒
 あのイラク人質の今井坊や、高遠女史の責任について、「自己責任」という用語を一般化して、イラク戦争に助力した日本政府の責任との対比から自己責任はない、良いことをしたので自己責任はないなどという者がいた。
 左翼 それも「なだいなだ」グループから強力に主張された。

 つまり、「自己責任」の一般語は、こうした左翼ドモから発せられたのである。
右翼でこれに同調するものは、<シロ左翼>と呼ばれている。<アカ右翼>との対比語である。
 外はシロでも(外見はシロに見せかける)、中身はマッカッカな左翼だということだ。


Re 米国産BSE牛  投稿者:解法者  投稿日:10月17日(月)07時35分20秒
「弥勒」さん、「 三保 平清」さんの批判は、それなりの根拠があり、納得できます。健康の問題に関するものだからです。
 後は、見解の相違でしょう。私は消費者の選択に委(ゆだ)ねればよいという考えです。
 ただ>その子供にせがまれれば、親も拒否はなかなか出来ないでしょう<
 これこそ、現代の日本の現状を表している<惨状>
 つまり、こういう問題は馬鹿な親の教育の問題。
 こういう例を持ち出してはいけませんな!

 自己責任を<一般語>などと言って、刑事責任に拡大することがトンチンカンだと批判しているのです。
 家に鍵を掛けなかったらから強盗に入られた。被害者が自己責任を問われる?加害者の刑事責任が軽減される?
 こんな馬鹿な例に使うことを戒めているのですよ!


悲しいのは、、、  投稿者:おやじハリファックス  投稿日:10月17日(月)04時00分23秒
アメリカに隷属したままであること。講和条約とのセットで安保を受け入れたとき、日本の独立は封じ込められた。
もし、朝鮮動乱のとき、国軍を作りアメリカの要請で「参戦」していたなら、真の独立のチャンスはあったかも知れない。

日本解体、日本破壊、大和魂(やまとだましい)を骨抜きにし、民族の栄光の歴史は抹殺され、自虐史観と贖罪(しょくざい)意識のなかで自国を嫌悪(けんお)する国民を作り出し、他国の国益の前に主権さえも見失う。中韓の反日はアジアの緊張と停滞をもたらし、アメリカの意図する国益に貢献する。

自国民を拉致され、領海を侵犯され、武力威嚇されても、背広にもみ手で土産(みやげ)持参で話を伺(うかが)いに行く国。世界だの国連だの地球市民だのと「幻想平和主義」の幼稚なおとぎ話のなかに生きる反日日本人。

放射能汚染、基準値の何百、何千倍の農薬のたっぷり入った作物、自国では売れなくなった発ガン煙草(たばこ)なんでも受け入れる無責任日本政府。ルール無用の悪党にルールを押し付けられて唯々諾々。

天皇家も靖国神社も歴史も「政治の道具」ではないはず。

飼いならされすぎたのか、、、。


霧山人さま・ありがとうございます  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月17日(月)00時18分19秒
婆さんの体をいたわって下さる、やさしいお気持ち、ありがとう存じます。ただ、わたくしの体の悪いのは、言論以前に、三十代で、ちよっと珍しい病気になり、手術で内臓が一つ失われていて、そういう病気になる体質と申しますか、そういうものにずっと、悩まされております。ふつうの人とは異なるしんどさなのです。
あなたさまの仰(おっしゃ)ることがまだ、よく飲み込めませんが、ただ、あなたさまは日本国内のこと、国民の内面に、焦点をあてて、考えておられて、当時の国際環境についての目配りは如何(いかが)かと、存じます。よく考えて、また、いろいろお訊(たず)ね申し上げます。
その節は、しつこいようでも、また、お答えくださいませ。


はいはい、そうです  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月16日(日)23時38分14秒
解法者さん  法解釈学上の自己責任、ご高論卓説、確かに承(うけたまわ)りました。大変、明晰かつ緻密で、尊敬申し上げます。しかし、自己責任、食べたい人がいれば、食べたらよい。輸入再開、大賛成って、これは、おかしいですよ。
法律用語としての、自己責任という言葉に、これだけ情熱をささげておられるなら、不用意に、一般語と迷わされるような使い方は、なさらぬがよろしい。それとも、何ですかね。本当に狂牛病になって、同胞があまた死んでも、いいのですか。
ご聡明なあなたさまとは思えぬ、乱暴な使い方だと、拝察申し上げますが・・・・


たぶんだけど・・・  投稿者:大神 正念  投稿日:10月16日(日)22時59分14秒
レーガンも、ありゃBSEだよ。
肉の好きなヤツだったからなぁ。

毛唐(けとう)ってさ、絵を描くのがうまいのな。
題名は「自業自得(じごうじとく)」って絵だ。


Re米国産BSE牛  投稿者:三保 平清  投稿日:10月16日(日)22時49分27秒
      解法者様
あなたの真っ直(す)ぐで、その博識には敬服しております。しかし今回の米国産BSE牛についての発言には、首を傾げざるを得ません。

>自己責任 食べたい人がいれば食べたらよい。 輸入再開 大賛成!

◆私も元気で仕事に駆け回っている時は、よく「吉野屋」の牛丼を食べました。まさしく「早い、安い、旨い」でしたから。しかし最近は見方が変わりました。 それだったら全て許されるのか。  自己責任はないでしょう。 自己責任の範疇(はんちゅう)に入らない人もいます。小さなまだ判断力のない子供達です。その子供にせがまれれば、親も拒否はなかなか出来ないでしょう。米国が悪意で、日本向けに、これは日本に買わせようとしている気配濃厚です。

>捕鯨再開に反対しないという条件付で交渉すべきだった。

◆これは最低限の妥結条件でしょう。
どんな条件付きでも、今の「米国産BSE牛」は危険極まりない。もし輸入許可するとしたら、日本の「全頭検査」を米国で、「吉野屋」の責任でやってもらうくらいかなあ。私は今の「吉野屋」に、それは無理と思っていますが。「吉野屋」もその経営規模に、経営者の能力と責任が追いついていません。「これだけの従業員の給料を払うのに、安全がどうとか言っていられるか」。だったら経営規模を縮小するか、(そうすれば従業員が失業する)もしくは経営者の交代でしょう。「サラリーマン根性」の経営者では、もはやあれだけの規模のチェーン店の維持は無理と思います。これは米国についても言えると思います。今や地球上の国の数は二百余カ国、そして宗教や価値観が、随分違っているのですから、圧倒的な軍事力、情報力と言えども、世界の覇権をずっと長期に渡って維持するのは難しいのでしょう。率直に言えば、BSEについては、対策を打てないのか。日本は偉そうには言えませんが。しかしそれだけの代償を払って決まった「全頭検査」のはずです。米牛肉の処理製造に当たっている米国人自身が、自国への抗議を漏らしているぐらいなのに。日本は「今は輸入許可出来ない」と言うべきです。他の政治材料と取引すべきではありません。それが米国の消費者の安全にも繋がります。安易な輸入許可は、日米双方に大いなる禍根を残します。


そうそう  投稿者:大神 正念  投稿日:10月16日(日)22時41分34秒
クジラのハナシが出てましたけど、その件も、自分は以前から腸(はらわた)煮えくり返っている事です。捕鯨禁止ってさ、そもそもペリーがさ、トンビがペルリと輪を描いてホ〜イのホイと、開国を迫ってわざわざ浦賀に来た理由は、こちらの御同輩の皆様なら、誰もがご承知の事でしょう。そう、捕鯨基地が欲しかったからです。

それをナンだ?グリーンピースだか南京豆だか知らん偽善団体が、わけのわからん主張を展開してましたねぇ。一昨日来いってんだ毛唐(けとう)! しかも、IWCに一番金をくれてやってんのは何処(どこ)の国だと思ってんだ?

所謂(いわゆる)、動愛法だってさ、世界で一番最初に発布したのは、生類(しょうるい)(あわれ)みの令で有名な徳川綱吉(つなよし)さんだぜ。まぁ、大和(やまと)民族はそれ以前から自然崇拝の精神があって、特に動物を愛護する法など作る必要も無かったわけだが・・・

近代になって、それまで動物に対して極悪非道な虐待を繰り返し、幾多の種を絶滅に追い込んできた毛唐がだよ、やっと「このいままではイケない!」と悟ってマーチン法(近代的動物愛護法)を制定したのは1822年になってからの英国での事。その毛唐がな、明治政府に「日本は動物愛護の法律も無い野蛮な国だ。」ときたもんだ。いい加減にしろよ。

飛躍するけど、これだから俺は、キリスト狂を信じない。何故(なぜ)かってね、アリストテレスの人間優位の動物観、キリスト狂の人間支配の動物観などが、西洋人の動物に対する態度の根底にあったからだな。かつて西洋では、「動物とは人間とは全く異なるもので、人間がどの様に扱い、利用しても構わない。」と考えられていたんだな。・・・どっちが野蛮な民族なんだよ! この拡大解釈がだな、黒人奴隷や白人至上主義につながった。と、そういうわけだ。そんな毛唐からな、我が国の食文化であるところの「クジラを食うな」なんて言われる筋合いは無い! ・・・どの口が言ってんだ?

つまりはね、太平洋戦争突入も、イラク問題もテロリストの発生も、京都議定書の反故(ほご)も毛唐のご都合主義で、日本はいつもとばっちりを食わされてきたわけ。
今度は病気肉を食わされるわけだ。


でも、  投稿者:霧山人  投稿日:10月16日(日)21時12分37秒
今の日本人の若者は、充分、野蛮ですけどね。
絶対的なものがないとしたら、生も死も自分で責任をもっていかなければならない。
それだけ、社会がみんなを守ってくれないし、互いに無関心になっています。
まだ、罵倒されるだけマシな世界だとは思います。


自己責任を誤解してはならない  投稿者:解法者  投稿日:10月16日(日)21時07分8秒
『ボランティアの覚悟と<自己責任>(解法者)』
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/volunteer.htm

白髪交じりの黒髪さん あなたは<浅学>の極みだ!


回答  投稿者:霧山人  投稿日:10月16日(日)20時43分14秒
白髪交じりの黒髪さん へ

お体、大丈夫ですか?やっぱり、言論には不思議なことがあって、世の中に適合しない言論は、結構、体調を崩したりします。いろいろと批判をしていますと、吾輩(わがはい)も、そのことを何回も経験しました。

 さて、武家政府ということなんですが、一般的に明治維新で文明開化して、四民平等が達成されたというイメージがあると思いますが、どうも、戦争に負けるまで、日本はあんまり文明開化していなくて、保守反動といいいますか、先祖返りを始めてしまっていたのでした。
>仰ることの意味が、よく分かりません。「封建遺制から抜け切ることの出来なかった武家政府」「暗黒の二十年」「武家社会、封建社会の慣習」とは、具体的に何を指しておられるのか、分かるような、分からぬような気がします。

 このことは、文明開化の西洋化の反動、つまり伝統や道徳を失ってしまった日本人の悲劇を現しています。吾輩は、オロモルフさんや白髪交じりの黒髪さん方より、ずいぶん若いですが、フリーターで職に恵まれない時代に、江戸や明治や昭和初期の本を読み漁(あさ)りました。すると、日本人は戦争に負けるまで、現代の日本人と全く違った価値観でうごいていたということに気がつきました。福澤諭吉を読むまでは、日本人の伝統を取り戻さねばならないと思っていましたが、その後、やはり日本人は野蛮であったのだと自覚してしまったのです。日本人は身分制が厳しい社会であり、明治維新で、四民平等をいったくらいでは、なかなか、その差別が埋まりませんでした。士農工商だけでは、わりきれないほど、地方地方で、その差別が激しかったのです。そして、大正デモクラシーで、その複雑な多様性を民主化しようとしたのですが、互いに理解のない状態で、民主化なんて無理だったのです。そのうち、さまざまな言論が起こって、混乱が進んでしまったのです。そして、結局、そのばらばらな日本人をまとめるのは、軍隊しかありませんでした。恐怖によって、日本をまとめるしか、できない。そして、戦争へと突き進んでいったのです。結局、急激に進めた文明開化の揺り返しが、戦争だと思っても良いといえます。でも、戦前の書物を読みますと、その時代の毒がかなりあります。それで、病気にもなりました。今よりもよい時代ではありません。そういった時代にしたくないから、言論を書くということも動機ですね。


それが、悪い個人主義  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月16日(日)20時20分53秒
解法者さん、それが悪い個人主義の見本。
何でも自己責任がはやっているみたいですが、自己責任で、あなたはあなたの子供に覚せい剤中毒を許すのか、援助交際という名の売春を、認めるのか。
私たちは、日本国という共同体の一員。あなたの体は、あなただけの物ではないのです。法律の専門家ともあろうお人が・・・・体の弱っている婆さんを、怒らせぬで下さいましよ。


狂牛病  投稿者:弥勒  投稿日:10月16日(日)17時26分38秒
>自己責任 食べたい人がいれば食べたらよい。輸入再開 大賛成!

狂牛病に汚染された牛の輸入を認めれば、一貫の終わりである。
外食産業などでは、いちいち肉の生産地まで明記しているところなどない。
加工食品でも生産地の明記などない。

いったん日本にいれてしまえば、意思に関わらず、少なからず口にはいってきてしまう。
自己責任ですむ問題ではない。
このままじゃ、数十年後には、狂牛病に感染して脳が溶けた病人だらけになってしまいかねない。

薬害エイズの教訓に学び、現段階で是が非でも輸入を阻止しなければならない。
無責任な政治家に迎合してはならないだろう。


米国産BSE牛  投稿者:解法者  投稿日:10月16日(日)16時27分3秒
自己責任 食べたい人がいれば食べたらよい。
輸入再開 大賛成!

ただ、KABARENさんがご指摘のとおり、捕鯨再開に反対しないという条件付で交渉すべきだった。
こちらはお客さん それくらいの提案はしてよい!
無条件では甘い!


憂国の士さま、婆さんの言葉に耳を傾けてください  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月16日(日)14時49分3秒
憂国の士さま、私はあなたの憂国の真心を信じます。国を愛しておられる気持ち、よく分かります。そして、とても、嬉しいです。しかし、あなたが愛しているのは、今の日本です。婆さんは、近くのコンビニで、若い人たちがおしゃべりしているのを見て、話しかけたい、話してみたい、と何度思ったか知れません。今の日本は、始めからかくあったわけではない。遺言と思って、聞いてください。
歴史とは客体ではない。「歴史とは、自分自身を知ること」なのです。過去を今の価値基準で、裁くのが、歴史を学ぶことではないのです。これは、小林秀雄も、福田恒有も、書いていることです。両者の歴史に関する叙述を読んで、私は私が長年求めていたものに出会った、と思いました。感動しました。マルクス主義歴史学者ばかりに、歴史を習って、「そんな筈はない、それはおかしい、これ間違っている」と、心の中で叫んできました。
憲法改正、と一言言うだけで、反動、右翼と罵られる時代を生きてきたのです。そんな私を支えたものは、ただ、父母、祖父母、曾祖父母の世代への愛でした。帝国憲法下の日本の何もかもを、私は美化したいのではない。しかし、先祖さんたちは、よくやった、と私は思う。坂の上の雲をめざして頑張った明治の栄光も、失策と錯誤と拙劣も多かった昭和戦前の悲惨も、悲劇も、ともに、いとしい自分の肉体の一部とは、お考えになれませんか。
もう一度言います。大東亜戦争は、悪ではなかった。負けたとはいえ、われに正義はあったのだ、とそう考え直して、ともに勉強いたしましょう。
先日の読売新聞のアンケートで、「日本人であることに誇りをもつ、と言う人が、88パーセント」、しかし、「敵が攻めてきたら武器を取って戦うと言う答えは、16.6パーセント」でした。私は、あなたも私と同じく武器をとって戦う少数派だと、信じております。興奮のあまり、ご無礼があれば、伏してお詫び申しあげます。


ラクダに導かれたオアシス  投稿者:接続中  投稿日:10月16日(日)13時02分23秒
愚痴るよりも、キャントバイミーラブ!

今回は、拙著「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の読者感想を紹介したいと思う。

(貼り付け開始)
千葉邦雄様

ある本を読んだ感想です。

《ラクダに導かれたオアシス》

明るいラクダ色の箱からキャメルを一本取り出した。

地域限定のキャメルのラクダの色は、鮮やかなミッドナイトブルー。
ちょうど真夜中だ。

大きく煙を吐き出しながら、スケルトンブルーのスピーカーから流れてくる、
夜のストレンジャーに身をまかせた。

温かく優しいサックスの音色が、ビッグバンのようにおおらかに包んでくれる。

ビートルズのマジカルミステリーツアーでも体験したみたいな、
奇跡のストーリーを満喫した夜を過ごした。

過去の苦しみを全て抱きしめてあげたくなった。
青春時代に恋をした、シーラブズユーが心を駆け巡り、汗びっしょりになっていた自分を想い出した。

今の世の中…と愚痴るよりも、キャントバイミーラブ!と心にレコードをかけよう。
それが自分らしい。
卑弥呼もそうだと言ってくれるに違いない。

愛も夢もお金も素敵なミラクルじゃないか。

吸い込まれそうなスケルトンブルーの海を眺めた。
本のタイトルは、
「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」だ。
本のままにしておくのはもったいないから、
心に飲み込んでしまおう。
ごっくん。おいしい。

キャメルをもう一本。
いつもよりうまい。

新たな一日が始まる。
さあ、カーテンを開けよう。


追伸

大変感銘しました。
ミラクル(奇跡)と卑弥呼には、何故か少し前から出会う予感がしていました(笑)。
成功するためのハウツーものとは次元の違う、優しくビッグハートに溢れた本だと思います。
真理がシンプルに明快にユーモアを込めて書かれていて、
愛と魔法と奇跡の真実へと導いてくれます。
ありがとうございました。

タオ、東京都
===============
(貼り付け終了)

いつもながらとてもセンスのいい、雰囲気のあるプチ感想である。こちらこそ、タオさんに感謝する思いである。拙著「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」も、きっと歓びのステップを踏んでいるにちがいない。



↑なるほど、と思ったら、遠慮なくクリックをお願いします。

http://kaitenmokuba.livedoor.biz/archives/50348907.html


『「三種の神器」の心』2  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月16日(日)12時56分1秒
[承前]

     *

 古くから言われる「三種の神器」とは、つぎの三種の神宝です。

「三種の神器」(サンシュノジンギ/みくさのかむたから)

「神鏡」=「八咫鏡」(やたのかがみ)
「神剣」=「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)(はじめは「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)といわれた)
「神璽」=「八坂瓊勾玉」(やさかにのまがたま)(または「八坂瓊の五百箇御統」(やさかにのいおつみすまる)

 鏡と剣と勾玉は、古来日本民族が愛し崇敬してきた対象でしたが、とくに皇宮に永く継承されている「三種の神器」は、日本全体の祖神ともいうべき〈天照大神(あまてらすおおみかみ)〉の時代に端を発し、それが現在まで――精神としても物としても――伝えられているものであり、日本の歴史において特別重要な意味をもっております。

 以下、物としての「三種の神器」についても述べますが、元来それは君民一体の日本民族の精神であり心のよりどころですので、その点は誤解なきようお願いいたします。


お許し下さい  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月16日(日)11時28分4秒
霧「山」人さま、でした。お名前を間違えたご無礼、伏してお詫び申し上げます。


霧散人さまへ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月16日(日)11時25分46秒
(おっしゃ)ることの意味が、よく分かりません。「封建遺制から抜け切ることの出来なかった武家政府」「暗黒の二十年」「武家社会、封建社会の慣習」とは、具体的に何を指しておられるのか、分かるような、分からぬような気がします。
ここのところ、ずーっと体の具合が悪く、三日ほど、おかゆだけしか食べていないので、頭がぼーっとして、胸が苦しくて、それでも、病人の看護はしなくてはならないので、相すみませんが、詳しくお話してくださいませ。


Re米国産牛肉は、やはり食ってはイケナイ!  投稿者:三保 平清  投稿日:10月16日(日)11時19分16秒
    大神 正念様
よくぞおっしゃってくれました。全くその通りと思います。米国(他の国も同様)は、軍事的な力を持ったところには気を使うが、弱小国には自分の政策の為の道具としか見ません。戦前の日本には随分な圧力もかけたが、慎重に意見を聞く場合もあった。今米国の関心は支那です。よくも悪くも。共和党も民主党も。優れた支那分析もあるが、それが国家意志とはならない。支那に頭が上がらない面がある。それは自国の歴史が二百年そこそこしかないから。日本の縄文時代など、知識で聞いてもその時だけ。彼らの脳には、「東洋--支那」の歴史観が抜きがたく、刷(す)り込まれています。日本もいくら何でも、そろそろ「啓して遠ざける」事も考えなければ。近未来は米国との同盟でしょうが。その後の事も考える時期に入ったと考えます。所詮歴史のない国がいきなり世界派遣を手にいれても、大人のパーティー会場に腕力の強い中学生が、自動小銃を持って入って来た様なものです。


お礼方々・・・  投稿者:桔梗  投稿日:10月16日(日)02時16分59秒
>白髪交じりの黒髪さま

全体主義なる言葉につきまして、ご解説ありがとうございました。自身でももう少し調べてみます。

>久保田泰啓さま

ご紹介いただいた本を早速探してみます。2003年の出版であればまだ見つかりそうですね。最悪の場合、光華あたりの古本屋で探せば何とかなると思います。

台湾団結連盟との接触は、取引先や顧客にブルーな人たちが多いこともあり、今すぐ動けるわけではありませんが、おりを見て話をしてみたいと思います。

アドバイスいただきありがとうございました。


ご覧アレ  投稿者:はに〇ねこ日本海  投稿日:10月15日(土)23時28分56秒
>「歴史再考」にコラム『皇位継承は長子優先?

>「有識者会議」の方針に異議あり!!』を掲載しました

>竹下義朗さまの論考を拝見しました。
>私も、有識者会議なるものに、大きな疑問を持ちます。


竹下様いつもお世話になってます。

さて、チャンネル桜でも以下の通り
アップされました。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
闘論!倒論!討論!2005
日本よ、今...
どうなる皇室典範
どうなる女系天皇
パネリスト: (50音順)

伊藤哲夫
(日本政策研究センター所長)
稲 貴夫
(神道政治連盟 事務局長)
小田村四郎
(前拓殖大学総長)
加瀬英明
(外交評論家)
八木秀次
(高崎経済大学助教授)

司会:水島総

http://www.ch-sakura.jp/onlinetv_sakura.php
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


有識者とは?  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月15日(土)23時19分10秒
『皇位継承は長子優先? 「有識者会議」の方針に異議あり!!』
竹下義朗さまの論考を拝見しました。
私も、有識者会議なるものに、大きな疑問を持ちます。
前に靖国神社代替施設についての会議があったときも、それまで靖国問題について活発に研究し意見を発表していた方々はほとんどメンバーになっていませんでした。
皇室典範問題についても同様です。
何が有識者なのか、きわめて疑問です。
この種の会議は、会議の公的性格は別にしまして、おおむね、結論を役人が決めていて、それに合う人物を選んでいるのではないか――といつも思います。


武家政府  投稿者:霧山人  投稿日:10月15日(土)22時59分56秒
明治の藩閥政府も、昭和の軍閥政府も封建遺制から抜けきることのできなかった武家政府であったといえそうです。大正デモクラシーを潰したのは、原敬(はら-けい)のときでしたが、平民宰相とかいいながら、結局、真の民主化には至らず、昭和の暗黒の二十年に突入しました。とにかく、武家社会、封建社会の慣習から抜け出せずに、恐慌にも巻き込まれ、戦争をせざるを得ない時代になっていきました。今の世風と全然違います。よかったですねえ。まあ、原敬も南部盛岡藩士の次男でしたけど・・・。


米国産BSE牛  投稿者:KABAREN  投稿日:10月15日(土)22時57分0秒
>大神様

まったく同感です。
昨年も輸入再開という話があった時に、自分なりにいろいろ調べたのですが、20カ月未満だと、感染していても異常プリオンの蓄積量が少ないため、今の検査精度では異常を検出できないのだそうです。また、20カ月未満であることの判断も、日本ではトレーサビリティーで牛を一頭一頭管理していますが、向こうは日本のような管理体制は無いので、肉質や骨格で判断をするという笑うに笑えない現実があります。こんな危険なくず肉を私は食べるつもりはないが、加工食品の中に使われると、知らないうちに食べてしまう恐れがあります。輸入再開となっても、誰も相手にしなければいいのです。くず肉の牛丼が無くなるからと、大騒ぎするマスコミも馬鹿だ。輸入再開となったら、牛丼を取材する前にリスクを国民に周知してもらいたい。食べ物以外でも、コラーゲン、ゼラチンなどで、牛由来のものがあります。それは輸入禁止となっていますが、完全には無理でしょう。自分や家族の命は、自分で守るしかないのです。

牛の変わりとなるタンパク源、それは鯨です。かつての日本では動物性タンパク質の50%を鯨から摂取していたそうですから。ノルウェーのようにIWCを脱退して商業捕鯨を再開するべきです。


RE:質問です  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月15日(土)22時05分2秒
>RE:全体主義の定義についての質問ですがイギリスは王は君臨すれども統治せずではなかったのでしょうか?

その通りです。国政は首相以下内閣に任せています。では翻(ひるがえ)って、「大日本帝国」はどうであったか?ですが、『大日本帝国憲法』下の明治・大正・昭和三帝は、何(いず)れも「絶対君主」には程遠い存在でした。
例えば、明治天皇は自ら『五箇条(ごかじょう)の御誓文(ごせいもん)』を発布し、「民主主義」的路線を志向しましたし、昭和天皇も明治天皇に倣(なら)って、自ら国政に出しゃばる様な態度は取りませんでした。

(ちな)みに、明治天皇は当初から日露開戦には反対でしたが、人臣内閣と国民の要望を承けて開戦を裁可。昭和天皇も対米英開戦には反対でしたが、やはり、人臣内閣と国民の希望を承けて最終的に開戦を裁可。
『大日本帝国憲法』下の天皇が絶対君主であったとしたら、「戦争を絶対にしたくない」と天皇が思えば非戦、反対に「戦争すべし」と天皇が思えば開戦、となったでしょう。然(しか)し、実際には、日清・日露・大東亜の三大戦争は、天皇の本意とは関係無く開戦しており、その一点だけでも、如何(いか)に近代天皇が民意を大切に考えていた極めて「民主的」な元首であったかが分かると言うものです。

余談ですが、英国王はカトリックから独立した「イギリス国教会」の主宰者であり、日本に置き換えれば、天皇陛下が神道の最高位神官で靖国神社を含めた全ての神社神道の主宰者である様なものです。


お約束通り  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月15日(土)21時49分53秒
>首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女帝容認の方向へ答申をまとめた様子ですが、

本日、「歴史再考」にコラム『皇位継承は長子優先? 「有識者会議」の方針に異議あり!!』を掲載しましたので、ご案内させて頂きます。


訂正します  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月15日(土)21時03分23秒
いつでしたか、わたくし、満州事変から真珠湾まで、内閣は十五と申したと思いますが、十三の誤りでした。お詫びいたします。


(無題)  投稿者:霧山人  投稿日:10月15日(土)20時52分21秒
郵政が民営化されて、道路公団が株式会社化されて、これは国家主義者の解体だなと、思った。まあ、事情は複雑で簡単には説明できないが、東洋社会主義が崩壊して、だんだんと会社世界に置き換わっている現状で、もはや体制がどうとかいっている段階ではなくなってしまった。まだ、問題は多数にわたっている。東洋社会が崩壊して、社会が会社になっていくと、会社内部の付き合いが、今までの社会と同じになってくる。ここでの問題に人権問題とかあるのだが、やはり会社内部は封建的秩序が維持されているような感じである。やはり、人間の権利の発達を日本でも考えなければ、戦前の言論人には申し訳ないような気がしてならない。せっかく、日本を敗戦に導いて、革命的な役割を担(にな)わしたのに、今の世が戦前のレベルまで戻るならば、―その心配はほぼないだろうが―、今までの先人の戦死は一体何だったのであろうかということになる。今の政府は、そこまで強権政治ではないのだ。どちらかといえば、民権派である。


米国産牛肉は、やはり食ってはイケナイ!  投稿者:大神 正念  投稿日:10月15日(土)19時55分35秒
米国産牛肉が輸入再開される話が最近出てきております。米国という国は、支那、朝鮮半島をにらむ位置に存在する日本とは地政学上、絶対に友好関係を保たねばならない事情を持っています。ところが、彼らはそんな重要国、日本を、どうも小バカにしているふしがあって、牛肉問題にもその一面がよく出ています。一言で言えば、危ない牛肉を無理矢理日本に押し付けた、というお話です。

世界経済とは、軍事力をバックにした押し売り合戦みたいなものですから、武力で劣る我が国が、米国牛肉を押し付けられるのは、当然の帰結といえるかもしれません。極論を言えば、日本が長射程の核を持ってたらこれは拒否できたかもしれないわけです。まあ、持てというわけじゃないですけど、要するに世界は軍事力の優劣で動いてる、という事です。

(ちな)みに、米国産牛肉は本当に酷(ひど)いらしい。日本にその4割を輸出していた企業の内部告発によれば、現場じゃいまだに「背割り解体」(まともな国ではとっくに禁止)が行われていて、危険部位の除去なんて忙しくてやってられないそうです。
BSEだってあの国じゃ報道されないだけで、水面下じゃ蔓延してるでしょう。米国は、アルツハイマーの患者が1979年比でなんと50倍以上に増えてるそうですが、エール大の研究チームの話では、その中には確実に狂牛病由来の患者が含まれているってんですから。

彼らがやろうとしてることは、インシュリンや成長ホルモンでドーピング筋肥大させたボディビルダー牛を、病気が露見する直前で(日本へ)売り抜こうって商売です。
で、牛の場合、その無理がたたって病気(BSE)になるのが大体生後20ヶ月なんで、米国の牛肉の8割以上は20ヶ月未満の若い牛です。その時点でさっさと屠殺(とさつ)して部位別に輸出するわけです。だから日本に「20ヶ月以下の牛は検査しなくても安全」なんて言わせたいわけです。今のように「全頭検査」をやられると困っちゃうわけです。

しかし、こういう事実を知りながら、米国産牛肉輸入解禁圧力をかけた吉野家ってのは何なんでしょうねぇ。今まで使ってた産地の肉がアブナイとわかったから輸入停止にしたんですよ? だったら安全な産地の肉に変更して、同じ味を再現しようとするのが企業努力ってものでしょう。他のチェーンは普通にオーストラリア牛肉に変更して牛丼作ってるじゃないですか。それがマトモな会社のやることでしょ。むしろ、「今までろくでもない肉を使ってすみませんでした。今後は二度と使いませんのでご安心ください」の一言くらいあってもよさそうなもんです。

それをなんですか? 「米国産牛でなければ同じ味がでない」だの「豪州(オーストラリア)産では価格を維持できない」「だから元通り輸入しろ」などと、どこをどう考えたらそういうセリフが言えるのでしょう。理解に苦しみます。
だって彼らの言ってる事をわかりやすく言い換えたら、「病気肉じゃないと同じ味がだせない」「病気肉じゃないと安くできない」「だから病気肉を輸入してくれ」っていう事ですよ。そんなにアナタたちは、ドーピングと抗生物質と異常プリオンにまみれた肉をお客に食べさせたいのですかね。背後にアメリカ牛肉業界につながる利権でもあるのでしょうか。それとも単に、利益率の高いクズ肉を、その部位だけでまとめて売ってくれるのが世界で米国だけだから、他国産では都合が悪いのかな。まあ、お客のためだの味の為なんてのが、本音でないことは確かだと思います。

まあ、いずれにせよ、この会社はお客の安全を一切考慮していないって事だけは明らかです。安かろうが高かろうが、そういう姿勢の人たちにお金を払いたくはないので、私は二度と行かないでしょう。つゆだくだの、ねぎだくだのと言って喜んでいるお子さんがいるお母さんは、ぜひ気をつけてあげてください。

まあ、そんなわけで、少しでも生活からリスクを取り除きたいという方は、米国の牛肉を避けることが肝要です。まあ、昨日の野菜の話でもわかるとおり、食物ってのはなるべく近くでとれたものを食べるのがベターです。その土地の恵みは、その土地に生きるものに必要な微量栄養素のバランスを持っているのです。政府には信念を持って、食糧政策を立ててもらいたいですね。


Re:台湾・・・・  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月15日(土)16時21分51秒
>私の会社の顧問をしてくださってる70過ぎの弁護士の先生がいらっしゃるのですがいつも嘆(なげ)いておられます「今の台湾人はもう中国人と変わらないよ」と・・・。

 先ず、この本をお奨めします。気が向いたら、で良いのでお世話になられている『70過ぎの弁護士の先生』とご一緒に読み、思案することもひとつの手だと思います。


■2003年1月に台湾で出版された本『日本精神興(与)支那人根性』甘火文 著(三文印書館)

http://www.books.com.tw/exep/prod/booksfile.php?item=0010215151


 甘火文氏はかつて日本陸軍軍医を務(つと)めたことがある・・・というと80〜90代の方らしいです。台湾は支那人根性に汚染されつつある現状に憂慮し、両者を比較して日常生活から政治、社会、裁判との違いを唱え「日本精神」を賞賛した本です。

 「日本精神の国格=万世一系・人民幸福・明治維新・尊王攘夷(そんのうじょうい)・大政奉還・教化・開発・発展・・・(中略)・・・日本精神の官史=公儀・公正・公平・正直・服務至上・尊厳・悪人存在無し・・・(中略)・・・日本精神=奉公・法を守る・礼儀・廉恥を知る・人類最高の倫理道徳」

・・・以上過去に台湾の新聞広告を書き留めておいた意訳でした。でも甘火文氏は年齢からしても「日本精神とは何か」をなんとしても若い世代に残しておきたかったのでしょうね。

具体的には「嘘をつくな」「正直であれ」「人には優しくあれ」「思いやりをもて」「卑怯なことはするな」「約束を守れ」「弱いものをいたわれ」etc・・・というような『人としてのモラル』を唱えた、と捉えたほうが分かりやすいでしょう。

台湾でも一部の層に「大和魂(やまとだましい)」や「武士道精神」と一緒によく語られておりますが、これがおそらく日本時代に生まれたであろう台湾語『打拚=バービヤ』の持つ意味(当時台湾では日本の警察官が各住居の衛生検査見回りが徹底されていたので、台湾人はその検査にパスする為に「がんばって」窓に干した布団や座布団を叩いて埃(ほこり)を取り除くことから由来)からすると・・・当時台湾においてもっと身近な日本文化や風習・道徳・倫理から生まれたものである、と私は思います。


 日本を知り、これからの台湾に必要なこと、誰でも自分でも出来ること・・・現主席の蘇進強が非難を恐れずなぜ靖国神社を参拝したのか直接、台湾団結連盟 http://www.tsu.org.tw/ に問い合わせ、更にこの本を紹介してみて彼らと一緒に考えるのもまた、ひとつの手でしょう、ね。


全体主義と個人主義  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月15日(土)15時29分43秒
全体主義というのは、政治学用語としても、一般語としても、やはり、国民を圧殺するものとして、悪いイメージが付いています。
右の全体主義は、ファシズム、左の全体主義は共産主義。
このことを明確に打ち出したので、「新しい歴史教科書」は、社会主義幻想にしがみついていたい、朝日、毎日、岩波、NHKから、総攻撃を受けるハメになったようです。
桔梗様の仰(おっしゃ)るのは、公徳心、公共心、公に尽くす心ですね。
今の憲法では、わずかに「公共の福祉」と言う言葉が、権利の乱用に歯止めをかけるタームとして、入っているだけです。私が今の憲法を嫌うのは、権利ばかりが強調されて、義務が少ないからです。権利の裏には、義務があり、自由は責任と一体ですのにね。
さて、個人主義ですが、これは欧米では、聖書の解釈を個々人が自由にやってよろしい、というところから発達したらしいのです。ですから、その裏にはキリスト教道徳が前提となっていると言う暗黙の了解が、あるそうです。
ところが、日本はただ個人が何よりも尊い、ということになってしまって、ただの利己主義になっています。道徳ないし宗教心がない。ただの権利の亡者ばかり。キリスト教的裏打ちがないから、人に尽くすということも、自己犠牲の尊さも、出てこないんですね。
とこういう風に考えていたら、この私の考えと全く同じことを、教育勅語の廃止の時に、日本側は懸念していた、との記事に会いました。
教育勅語は、部分的に不易の真理、道徳を含んでいたのですね。
皆さんよくご存知でしょう。もう一遍、読み直してみます。


白髪交じりの黒髪さま  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月15日(土)14時35分44秒
ありがとうございます。
白髪交じりの黒髪さまのご活躍にはいつも感心しております。
私は昭和ヒトケタの後半ですので、似た年齢かもしれません。


オロモルフさま  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月15日(土)14時12分36秒
こんにちは、私の老父も、「紀元は、にせーん、六百年」の歌を覚えています。
九十四才で、ほとんど床に寝ております。
あなたさまは、お幾つですか。 お元気そうで、何よりと、お喜び申し上げます。


『「三種の神器」の心』1  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月15日(土)13時47分20秒
 以下はだいぶ前に各所の掲示板に連載したものですが、その後大幅な増補改訂をしましたので、今回新たにいくつかの掲示板で連載させていただきたいと思います。
(こちらの掲示板でも前に話題になった事がありましたが、断片的な話で終わってしまいましたので、その続きだと思ってください)


■□■□■ 「三種の神器」の心(オロモルフ) ■□■□■


◆◆◆ 一 まえがき◆◆◆

「三種の神器(じんぎ)」という名そのものはとても有名で、家電製品にまで使われておりました。
 しかし真の「三種の神器」がどのようなものであるかについては、あまり知られていないようです。
 戦後の歴史教育が軽視したからでしょうが、多少は戦前の教育もうけた私も知らないことが多くあります。
 昭和初期の小学生時代、先生から「三種の神器」について習って以来、もう少し詳しく知りたい、という希望をずっと持ち続けてきましたが、多忙な日々を送っていたため、なかなか勉強する機会に恵まれませんでした。

 そこで、多少は時間のできた今回、古い時代の史書を元にして、
「「三種の神器」とは何か」
「その歴史はどうなのか」
「それは現在どうなっているのか」
 ――について、勉強してみました。
 ここに、その勉強結果を簡単にまとめてみたいと思います。
(歴史の専門家ではないので、間違いがあるかもしれません。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです)


黄東洋さんへ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月15日(土)13時36分16秒
西暦1945   皇紀2605
西暦1995   皇紀2655

でもって今年は、皇紀2665年です。訂正して下さいませ。
ところで、ウルトラマンって、何ですか、婆さんに教えて下さい。


Re:年號  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月15日(土)12時41分19秒
皇紀2600年はよく覚えています。
当時私は東京の原宿(とても穏やかな牧歌的な町で人口も少なかったです)に住んでいましたが、すぐ近くの青山の通り(今よりずっと狭かった)で、花電車など祝賀はとても賑やかでした。
「紀元二千六百年」という歌が大流行しまして、今でもそらで歌えます。
古書通信の今月号によりますと、この年に大川周明の「日本二千六百年史」(昭和14年7月刊行)が大ヒットし、数十万売れたそうです。
ただし大川はどうも奇矯な所のある人で、内容に反日的な箇所もあり、昭和15年に削除改訂されたとか・・・。
なお大川は元A級戦犯で、精神病と認定されて釈放されたものの、仮病説もあります。
私にはどうも理解しにくい人です。


結構、打ち間違えています。失禮しました。  投稿者:黄東洋(hwangdongyang2002)  投稿日:10月15日(土)02時29分57秒
また、もし、「負け戰(いくさ)をするのが愚(おろ)か」であれば、總選擧の結果、自民黨政府の郵政法案「贊成派」が壓倒的多數を締めた→(訂正)占めた時點で「反對派」の勝ち目は無くなったわけですから、野田聖子を初めとする元造反組の「轉向、降伏」は「懸命な判斷」のはずで、正に轉向者は朝日の主張通りに「戰爭の過ち」から「學んだ」人たちでしょう。

誤りではありませんが、「玉砕」の「砕」は「舊字體」では一應、「碎」でした。
「益」と「u」はどちらでもいいと思います。


全體主義はある程度必要 訂正  投稿者:黄東洋(hwangdongyang2002)  投稿日:10月15日(土)02時22分33秒
イスラムヘの暦は、マホメットの誕生日や何故(なぜ)祝わないのか、

(訂正)
イスラムヘの暦は、マホメットの誕生日は何故祝わないのか、ロシアの暦は……など、疑問が沸いて來ます。シナでは西暦を採用していますが、今でも農暦(陰暦、舊暦)が使われ、正月も端午の節句も舊暦で祝います。


政治家の轉向を批判しながら……訂正  投稿者:黄東洋(hwangdongyang2002)  投稿日:10月15日(土)02時20分51秒
もし、「負け戰(いくさ)をするのが愚(おろ)か」であれば、總選擧の結果、自民黨政府の郵政法案「贊成派」が壓倒的多數を締めた時點で「反對派」の勝ち目は無くなったわけですから、野田聖子を初めとする元造反組の「轉向、降伏」は「懸命→(訂正)賢明な判斷」のはずで、正に轉向者は朝日の主張通りに「戰爭の過ち」から「學んだ」人たちでしょう。


政治家の轉向を批判しながら別の轉向をさせようとする大新聞  投稿者:黄東洋(hwangdongyang2002)  投稿日:10月15日(土)02時19分17秒
選擧前、朝日は自民黨内の郵政民營化法案反對派について「離黨する勇氣の無い反對派も反對派」との辯。
選擧後、元造反派が揃って政府法案「贊成」に轉じた時、朝日新聞は「素粒子」の欄で、「信念無し、節操無し、將來への展望無し、有るのは自民黨議席への執着のみ」と辛辣(しんらつ)に批判しています。
さて、朝日の「素粒子」は、今年、東京大空襲など日本各地での米軍による空爆を擧げ、「日本がもし、××大空襲の前に降伏していたら××大空襲は無かった」という見解を並べ、「もし、廣島、長崎の原爆投下より前に日本が降伏していたら原爆被害は無かった」ということを書き連ね、「降伏を決斷しなかった日本指導者が無能」、「こんな指導者しか持てない國」という主旨で締めくくっていました。
「負ける戰(いくさ)なら早急に降伏すべき」というのが朝日の考えなら、それなら中國は日本が重慶を空爆する前に日本に降伏すべきでしたし、安重根(アン=ジュングン)は日本が日韓併合する前に日本に降伏すべきでしたし、アメリカは日本が眞珠灣を攻撃する前に(開戰前に)日本に降伏すべきでした。
また、もし、「負け戰をするのが愚(おろ)か」であれば、總選擧の結果、自民黨政府の郵政法案「贊成派」が壓倒的多數を締めた時點で「反對派」の勝ち目は無くなったわけですから、野田聖子を初めとする元造反組の「轉向、降伏」は「懸命な判斷」のはずで、正に轉向者は朝日の主張通りに「戰爭の過ち」から「學んだ」人たちでしょう。
社民黨と共産黨は、舊日本軍のように仲間が次々敗退しても相變わらず負け戰を續けている愚かな政黨です。
朝日はそういう社共の「護憲」を支持しているのですから矛盾しています。

もし、朝日の「勝てる見込みが無くなったらすぐ降伏すべし」の論に從えば、社共のような「護憲派」は少數に堕(お)ち、もはや多數決で勝てる見込みは無くなったのですから、さっさと多數派に降伏して改憲派に轉向し、民主黨か自民黨に合流すべきでしょう。
選擧による造反が批判されますが、むしろ社民黨や共産黨のように、何度負けても少しも轉向しない方が政黨としては缺陷を抱えていると言えます。

それとも朝日は、「郵政民營化法案」に反對する人はたとえ少數になって議會で意見が通らないとわかっても最後まで抵抗し除名などの處分も受けて玉砕すべきと言うのでしょうか?
それなら日本が戰爭を續けて、各地で玉砕したのも、肯定的に評價できそうなものです。
そもそも、日本が降伏しても國の破壞を何とか免(まぬが)れたのは「戰後」になってからわかった結果であって、戰爭が終わるまでは、負けたら其の後どうなるかわからなかったはずです。ネイティヴ・アメリカンのように皆殺しにされるか、ハワイの先住民族のように英語圏に同化されるかもしれない。日本語が無くなるかもしれず、日本人が大量殺戮されるかもしれず、そういう状況で安易に降伏はできなかったはずです。
トルーマンは原爆を日本で實驗する爲に日本を降伏させなかったようです。
よく言われる「玉音放送の後、これで戰爭が終わったと思ってほっとした」と言う感想は「戰後」の入れ智慧が入っており、本當は多數の日本人が「負けた日本がどう破壞されるやも知れぬ恐怖感」を感じていたというのが實態ようです。
事實、「終戰」の日の後、もう戰闘がなくなったはずの時期になっても、「今後、日本が敵國に踏みにじられるのは耐えられない」、「家族はどんなに辛い目に遭うか」と思い、自殺した兵士も多數いました。

朝日は、自民黨議員が郵政法案に對して降伏するのを弱腰と批判しながら、半世紀餘り前の日本に對してはさっさとアメリカに降伏すれば良かったと言う二枚舌。
また、朝日新聞は、選擧後の民意によって政治家が態度を變えるのを批判しながら、靖國訴訟で裁判官が主文でなく傍論で「總理の參拜は違憲」と言っただけで、それを理由に「總理は參拜を止(や)めるべきだ」と主張する二枚舌。(この「傍論」は裁判官の「公人」としての意見か「私人」としての私見か?)
小泉總理の「不戰の誓い」と「對米追從のイラク戰爭支持」と「靖國參拜」は、どれとどれを比べても矛盾しています。
一方で、朝日も矛盾だらけです。
朝日にとっては日本の民意には從う價値が無く、アメリカと中國と韓國には降伏していいというわけでしょう。
ハマコーはテレビで「日米同盟が嫌な奴は日本から出て行け」との辯。それなら、いっそ、日本人全員がアメリカ國籍を取得して、1億人強の「在日日系アメリカ人」と化し、アメリカの大統領選擧に投票して、永田町でなくホワイトハウスを動かす方が手っ取り早いかもしれません。

では失禮します。

http://8901.teacup.com/kiuzikiukanaron/bbs(旧字・旧假名論)


全体主義  投稿者:桔梗  投稿日:10月15日(土)02時09分59秒
私も全体主義が必ずしも悪いとは思いません。(語弊の有る表現ですが)全体に対する語が「個人」とすれば、さしずめ今は「個人主義」なのでしょうか?

その個人主義を優先した結果が現在の日本とするならば、個人主義がもたらした今の学校教育や企業運営を含めた社会活動全体が良い方向に向かっているとは思えません。日本の特色が失われつつあるとすら思います。

皆さんがいろんな意見を仰(おっしゃ)っていますが

現在の日本の状態を「良い」と評価する←基本的には現憲法のおかげ
現在の日本の状態に憂いを持っている←基本的には現憲法のせいだ

ということが根本的に意見の相違になっているようにも見えます。

全体主義云々は私のような小職には、明確な定義が説明できませんが、全体を優先する、つまり個人よりも公を大切にする考え方は、とても日本的であるとすら思えます。(あくまで言葉のアヤですが)

かの李登輝氏が日本精神を語るとき、「公に奉ずる心」をたびたび口にしますが、日本人のように、自分を謙り相手(周辺)を立てるような姿勢は、そのまま本人の謙虚さにも結びつき、これこそ今の時代に求められる人の本質のように思います。(自分さえ良ければ他は犠牲にしても良いという人間が周りに沢山いるので)

外国で活躍する日本人の現地メディア評価を見ていると、「謙虚さ」とか「潔さ」といった、その人柄に関する言葉を頻繁に見かけます。ということは多くの国、民族に、我々の根底に有る美学が通用しているのではないでしょうか。大袈裟(おおげさ)に言えば誰もが求めている人の有るべき姿なのかもしれません。私の好きな言葉に「実るほどに頭(こうべ)を垂(た)れる稲穂(いなほ)かな」というのがありますが、これって万国共通の真理じゃないでしょうか。

かなり乱暴な結び付け方ですが、全体→世間→公衆を大切にする考え方と、我々が脈々と受け継いでいる道徳心というか倫理観というのは、大きく関係しているように思います。そうなると、ここで言う「全体主義」が「悪」とは言い切れないです。

どなたか全体主義の正確な定義を教えていただけませんか?


全體主義はある程度必要  投稿者:黄東洋(hwangdongyang2002)  投稿日:10月15日(土)01時03分5秒
「全體主義」に關しては、私は必ずしも「自由」が良くて「全體主義」が惡いとは思いません。アメリカの「自由」の結果、國民が隣人を銃殺しまくっている現状を御覧下さい。
人間を自由にすると犯罪が次々と起こり、民間企業も列車や建築物を作る場合の安全基準がバラバラになって、昨今のように國土交通省の事故調査委員會が休む暇(ひま)無しという状況になります。自治體や企業が中央政府の決めた基準を守らないと缺陷品が世にあふれ、地震でプールの天井が落下したり、車の車輪が外(はず)れて人を轢(ひ)くなど、人命が危險に晒【さら】される結果になります。
路上喫煙であれ何であれ、マナー違反がなくならないと、すぐ「法で規制を」という聲が上がります。

「戰後」の國語改革では、人名などの漢字の制限派と自由化派がお互いを「ファシスト」呼ばわりしていた經緯があります。
ヘ科書檢定を「違憲」と看做(みな)して批判する人たちが、扶桑社の歴史ヘ科書に關しては「檢定を強化すべし」と言って主張を翻(ひるがえ)すのも似ています。
扶桑社の新しい歴史ヘ科書は「原爆によって終戰がもたらされ、アメリカによって日本は解放された」という賣國奴的な情けない立場のようなので、採擇されなくても日本にとって變わりはありませんが、それだけに中國、韓國、日本のメディア(朝日新聞も)や一部「市民團體」が扶桑社ヘ科書の採擇を阻止することに異樣な執念を燃やしているのは恐怖の言論彈壓と言えます。
いっそのこと、これほど輿論が民營化を支持しているのですから、學校ヘ育を民營化し、ヘ科書檢定を廢止し、ヘ科書を一般書籍と同樣、自由市場經濟に委(ゆだ)ねたらどうか、實驗してみるのもいいでしょう。また、沖繩縣民は米軍も自衛隊も嫌だそうなので、いっそ、防衛も民營化して米軍を日本から撤退させ、沖繩の民間人に國防を任せたら如何(いかが)

郵政民營化法案に對して元造反派が選擧後、揃って「贊成」に轉じた時、朝日新聞は「素粒子」で、「信念無し、節操無し、將來への展望なし」と辛辣(しんらつ)に批判しています。自公が3分の2を占めた以上、「民意」を理由に態度を豹變させる議員が出ても仕方ないとは言え、あれほどまでに「自民黨」としての議席に執着する議員さんたちは確かに批判されてしかるべきでしょう。
その點、國民新黨や新黨日本の「自民脱黨組」はまだ、根性があります。
朝日による批判は其處【そこ】までは正しい。
しかし、「終戰」記念日に靖國~社に「公式」參拜する与黨總裁の公約については、朝日が率先して政治的壓力をかけ、信念を曲げるよう強要しています。
反日メディアは、政治家は郵政民營化反對の信念は曲げてはいけないが、靖國參拜の信念は曲げてもいいと言うのでしょうか?
もし、選擧の爭點が「郵政」でなく「靖國參拜の是非」で、結果、參拜反對派が多數を占め、自民黨が參拜「贊成」から「反對」に轉じ、多くの議員が參拜を中止したら、朝日は「民意に沿った賢明な判斷」と評價したでしょう。

「日本では所謂(いわゆる)『A級戰犯』は最早【もはや】犯罪者ではない」という、一部の論壇では常識である意見を述べた勇氣ある某氏に對し、朝日は「『戰後』の日本は東京裁判を受け入れたのだから國民全員がこれに從うべきで、異論は斷じて許されない」という主旨の社説を載せていました。これこそ朝日の全體主義の言論彈壓です。
「日本は東京裁判を受け入れた、從うべし」、「輿論は郵政民營化を受け入れた、從うべし」・・・・・・、似ているような氣がします。

そもそも、國會議員が自分の選擧區への利益誘導を重視していたことに對して、批判をしていたのも同じマスコミでは?
今やそれが、造反をやめて轉向した議員への批判が「國全體の民意はどうあれ、自分に投票した有權者の氣持ちを尊重すべきだ」になっている状態です。
自民黨の「地方に強い(議員が故郷を贔屓(ひいき)して、その反動で國全體の意見を輕視)」という性質が、小泉總理の落下傘候補によって崩れ、選擧も國會議員も中央集權化し、全體主義化したとすれば、小泉總理の手法以前にマスコミや大衆の責任も考える必要が出てきます。
小泉政權は左翼の革新政權と化し、社民黨と共産黨が保守を叫んでいる状態です。


年號と宗ヘ  投稿者:黄東洋(hwangdongyang2002)  投稿日:10月15日(土)01時01分43秒
>こんばんは。皆様の話の途中にすいませんが。
>前々から私は思っとる事があるのですが、年号についてです。
>日本には皇紀や明治、大正、昭和、平成と言う獨特な年号が存在するのに、今年とすれば・・平成17年が「2005年」が強調されて言われておるように思えますが。。私からすれば皇紀2665年か平成17年表記を積極的に使って欲しいと思います、皆様はどうでしょうか?と思ったりします。私はまだ未成年でよく分からない事がありますがよろしくです。
>それと憂国の士さん何故(なぜ)そんなに日本の悪口?見たいな事を言うのですか?>私には理解できません。所で變な質問をしますが全体主義って何ですか?まだ勉強不足で分かりません・・。それと大東亜戰爭で國の為に戰って下さった英靈達のおかげで今のこの平和な日本がる(>ある?)のですよ。感謝するべきです!!。それを忘れてはなりませんよ。では失礼します。 (參河人氏)

何だかわかりませんが、「舊字體」が評判いいようなので、私も書いてみます。
日本獨特の年號の場合、「昭和60年」から「平成17年」までは何年か瞬時にはわかりづらいという事情があるでしょう。
今年、平成17年、西暦2005年は昭和80年、明治138年です。勿論、「皇紀」なら計算できますが、今、「皇紀」を理解できる人はほとんどいないでしょう。
日本では「終戰」後、國を譽(ほ)める(褒(ほ)める)のは「危險な軍國主義だ」という輿論が形成され、廣告批評でも歌でも芝居でも何でも最後は「國の惡口」で締めくくれば恰好(かっこう)がつくという風潮が随所で續いていました。
廣島の原爆の悲劇を扱ったドラマでも、預告編で「こんな戰爭、誰が始めたの」という「戰後」民主主義的な、お決まりの自國批判が出ていたので觀る氣がしなくなりました。
總理の靖國參拜が「政ヘ分離に反する」と言われますが、それなら基督【キリスト】ヘが國ヘというわけでもないのに、西暦や聖誕節【クリスマス】を採用するのはどうなのか、佛ヘの暦はどうか、釋迦如來の誕生日から始まる年號はないのか……、イスラムヘの暦は、マホメットの誕生日や何故祝わないのか、ロシアの暦は……など、疑問が沸いて來ます。シナでは西暦を採用していますが、今でも農暦(陰暦、舊暦)が使われ、正月も端午の節句も舊暦で祝います。

餘談ですが、小泉總理は英靈を「昔の馬鹿な指導者によって嫌々ながら誤った仕事をさせられて無駄死にした哀れな被害者」という風に解釋しており、靖國~社の主張を根底から否定しています。從って、小泉氏の參拜も恐らく上邊(うわべ)だけで眞心が込もっていないでしょう。そんな方の參拜など、却(かえ)って英靈への冒瀆です。ですから總理が參拜しようとしまいと、私にはどうでもいいのです。

遺族會の皆樣も、こんな「英靈を理解していない無禮な總理」の「參拜」など當てにするのはやめるべきです。遺族會の方々が堂々と靖國に參拜し、取材を受けたら「我々こそ眞の國民の代表」と述べ、「東京裁判は不當であり、日本に『A級戰犯』など存在しない」という靖國~社の主張を全國に、そして世界に訴えるべきでしょう。その點、今の總理はどうせ參拜の度(たび)に「村山談話」を踏襲したコメントをする以外に言う事がないでしょうから、參拜しない方がましと言えます。

總理大臣は國民の代表ですが、小泉總理は「郵政民營化」だけの爲に選ばれた自民黨總裁で、御當人も「郵政」には異樣な執着を見せますが、それ以外の戰爭認識やシベリア抑留被害者、少年法などは「何處(どこ)吹く風」。むしろ、これらの重要課題こそ解散して信を問うべきと思いますが、小泉郵政總理は「變人」で、考えが普通と逆。ましてや、拉致問題被害者の聲や被爆者の意見など、今の總理には馬の耳に念佛の鐵。小泉氏は「郵政」以外の公約はろくに守ろうとしないお方です。

眞に英靈を尊敬し、靖國の主張に贊成する政治家や一般國民が總出で參拜するのが、元日本兵への慰靈として相應【ふさわ】しいのです。

大東亞戰爭の英靈の御蔭(おかげ)で今の平和があるということは、昔も今も日本の平和を壞す原因が日本の外にあるということを認識すると理解できます。(昭和憲法の前文はその逆になっています。再讀されたし。)
日本だけが「不戰の誓い」をして自衛隊を海外に出さないと、却って世界の平和の爲にならないわけです。


年號  投稿者:hwangdongyang2002  投稿日:10月14日(金)22時44分49秒
大政奉還から100年、200年

西暦1867・(平成−121)(昭和−58)(大正−44)(明治0)慶應3(大政奉還)
「0年」は実用上は存在せず、いうなれば1867年は明治前1年?「0年」を設けると計算がし易くなる。
↓100年後

西暦1967・(平成−21)昭和42(大正56)(明治100)(慶應103)(ウルトラマン本放送最終回)

↓40年後

西暦2007・平成19(昭和82)(大正96)(明治140)(慶應143)

↓60年後

西暦2067・(平成79)(昭和146)(大正156)(明治200)(慶應203)

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

西暦1925・(平成−63)(昭和0)大正14(明治58)

西暦1926・(平成−62)昭和元・大正15(明治59)

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

西暦1925(平成−63)(昭和0)大正14(明治58)

西暦1926(平成−62)昭和元・大正15(明治59)

西暦1927(平成−61)昭和2・大正16(明治60)

西暦1928(平成−62)昭和3・大正17(明治61)皇紀2588年

西暦1929(平成−63)昭和4・大正18(明治62)皇紀2589年

西暦1930年・(平成−58)昭和5大正(明治63)大日本帝国政府は皇紀2590年

↓10年後

西暦1940年(平成−48)(昭和15年)、大日本帝国政府は皇紀2600年

↓(30年)

西暦1945・(平成−43)(昭和20)(大正34)(明治78)「終戦」、皇紀2650年

↓約半世紀

西暦1995・(平成7)(昭和70)(大正84)(明治78)「終戦」50年、皇紀2700年

↓更に10年

西暦2005・平成17(昭和80)(大正94)(明治88)「終戦」60年、皇紀2710年

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
西暦1867・(平成−121)(昭和−58)(大正−44)(明治0)慶應3「大政奉還」

西暦1868・(平成−120)(昭和−57)(大正−43)明治元・慶應4「明治維新」

西暦1869・(平成−119)(昭和−56)(大正−42)明治2(慶應5)

西暦1870・(平成−118)(昭和−55)(大正−41)明治3

↓30年後

西暦1900・(平成−88)(昭和−25)(大正−11)明治33

↓10年後

西暦1910・(平成−78)(昭和−15)(大正−1)明治43

西暦1911・(平成−77)(昭和−14)(大正0)明治44

西暦1912・(平成−76)(昭和−13)大正元・明治45

西暦1913.(平成−75)(昭和−12)大正2(明治46)

↓10年後

西暦1923・(平成−65)(昭和−2)大正12(明治56)「関東大震災」

西暦1924・(平成−64)(昭和−1)大正13(明治57)

西暦1925・(平成−63)(昭和0)大正14(明治58)

西暦1926・(平成−62)昭和元・大正15(明治59)

西暦1927・(平成−61)昭和2(大正16)(明治60)

↓(40年後)

西暦1967・(平成−21)昭和42(大正56)(明治100)(慶應103)「ウルトラマン1966〜1967」

西暦1968・(平成−20)昭和43(大正57)(明治101)(慶應104)「キング牧師とヘレンケラー他界」

西暦1969・(平成−19)昭和44

西暦1970・(平成−18)昭和45

西暦1971・(平成−17)昭和46

西暦1972・(平成−16)昭和47

西暦1973・(平成−15)昭和48

西暦1974・(平成−14)昭和49

西暦1975・(平成−13)昭和50

西暦1976・(平成−12)昭和51

西暦1977・(平成−11)昭和52(大正66)(明治110)

西暦1978・(平成−10)昭和53

西暦1979・(平成−9)昭和54

西暦1980・(平成−8)昭和55

西暦1981・(平成−7)昭和56

西暦1982・(平成−6)昭和57

西暦1983・(平成−5)昭和58

西暦1984・(平成−4)昭和59(大正73)(明治117)

西暦1985・(平成−3)昭和60

西暦1986・(平成−2)昭和61「Kuwata Band結成〜87年春解散」

西暦1987・(平成−1)昭和62(大正76)(明治120)

西暦1988・(平成0)昭和63(大正77)(明治121)

西暦1989・平成元・昭和64

西暦1990・平成2(昭和65)

西暦1991・平成3(昭和66)

西暦1992・平成4(昭和67)

西暦1993・平成5(昭和68)

西暦1994・平成6(昭和69)

西暦1995・平成7(昭和70)

西暦1996・平成8(昭和71)

西暦1997・平成9(昭和72)(大正86)(明治130)

西暦1998・平成10(昭和73)(大正87)(明治131)「長野五輪」

西暦1999・平成11(昭和74)

西暦2000・平成12(昭和75)「シドニー五輪」

西暦2001・平成13(昭和76)

西暦2002・平成14(昭和77)「ソルトレーク五輪」

西暦2003・平成15(昭和78)

西暦2004・平成16(昭和79)(大正93)(明治137)「アテネ五輪」

西暦2005・平成17(昭和80)(大正94)(明治138)「『終戦』60年」

西暦2006・平成18(昭和81)

西暦2007・平成19(昭和82)(大正96)(明治140)

西暦2008・平成20(昭和83)(大正97)(明治141)「北京五輪」

西暦2009・平成21(昭和84)(大正98)(明治142)


質問です  投稿者:ウイング  投稿日:10月14日(金)21時17分36秒
RE:全体主義の定義についての質問ですがイギリスは王は君臨すれども統治せずではなかったのでしょうか?


『続日本紀』と『三国史記』の比較2  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月14日(金)12時28分30秒
◆『三国史記』の記録
 日本の正史には驚くほど詳細な記録が残されておりますが、これに対応する時代の新羅(しらぎ)の記録が『三国史記』の新羅本紀にありますので、抜粋してみます。
『三国史記』は西暦1145年に完成したとされています。
『続日本紀(しょくにほんぎ)』の完成は797年ですから、『三国史記』の方がずっと後です。
 文武天皇に対応するのは、第32代の孝照王から第33代の聖徳王にかけてです。

△698年3月 日本の使者が来朝したので王が崇礼殿で引見した。
(孝照王が702年に没したので、つぎが聖徳王。この事が『続日本紀』の703年の記述に対応しております。この王の交替は、唐(周)の則天武后が使者を新羅に派遣して決めたとあります。つまり、シナ王朝に王様を決めてもらっているのです)
△703年7月 日本の使臣総勢204人が来朝した。

 698年3月の記録は、『続日本紀』にある697年から698年にかけての新羅からの使節への返礼として日本側が送ったものでしょう。
 703年7月の記録は、『続日本紀』にある703年の新羅からの使節への返礼として日本側が送ったものでしょう。

◆比較
 この二つの正史を比べますと、日本の方がはるかに詳細であることが分かります。
 また、日本側の正史には、日本が送った使節も記されていますが、『三国史記』にはそれはありません。
 年の対応は不明確ですが、『三国史記』の記述はとても簡単なものなので、年についてもどこまで正しいのか疑問があります。
 また、日本側には月日までありますが、『三国史記』には日はありません。『三国史記』の編者は『続日本紀』を読んでいたと思いますが、それに対応する記録が残されていなかったので、書けなかったのでしょう。

 日本の正史の詳細さは尋常一様ではありません。凄(すご)みすらあります。
(六国史(りっこくし)も凄いけどそのあと幕末までの東大史料編纂所担当の大日本史料も凄いですね。現在まで354冊でまだ編纂が続いている。世界一の史書だそうです!)

 また対朝鮮問題では、古代から日本政府が苦心惨憺(さんたん)していた事が分かります。
 應神天皇の時代、高句麗(こうくり)からの無礼な国書を、怒った皇子が破り捨てたとか、『日本書紀(やまとのふみ)』に記されていますね。


『続日本紀』と『三国史記』の比較1  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月14日(金)12時23分5秒
 ハチマキおじさんという方の『続日本紀(しょくにほんぎ)』についてのエッセイ
 ↓
http://www12.ocn.ne.jp/~koushin/
(および私のサイトの掲示板)

におきまして、新羅(しらぎ)との使者往来が記されておりましたので、それと『三国史記』にある朝鮮側の記録とを照合してみました。

◆『続日本紀』の記録
 ハチマキおじさんによる『続日本紀』の記録を、年代順に記します。
 第42代文武天皇の時代です。

◎697年10月28日 新羅の使いで金弼徳、副使の金任想らが来朝。
◎697年11月11日 坂本朝臣(あそみ)鹿田ら四名を筑紫に遣(つか)わして新羅の使いを迎えさせた。
◎698年正月元旦 …新羅の朝貢使が拝賀した。
◎698年正月3日 新羅の使いの金弼徳らが調物を貢した。
◎698年正月15日 新羅の貢物(くもつ)を諸社に奉納した。
◎698年正月19日 土師宿禰(はじのすくね)馬手を遣わして、新羅の貢物を天武天皇陵に献じさせた。
(文武天皇は天武天皇・持統天皇の孫にあたります)
◎698年2月3日 金弼徳らが本国に帰った。
◎700年5月13日 佐伯宿禰麻呂を遣新羅大使に任じ、佐味朝臣賀佐麻呂を小使に任じ、…。
◎700年10月19日 佐伯宿禰麻呂らが新羅より帰って来て、孔雀および珍奇な物を天皇に献上した。
◎700年11月8日 新羅に使者金所毛が来日して、新羅孝昭王の母の喪を告げた。
◎701年正月14日 新羅の大使金所毛が卒した。絁(あしぎぬ)百五十疋(ひき)・真綿九百三十二斤(きん)・麻布百段を贈って弔(とむら)った。小使の金順慶と水手(かこ)以上のものには、身分に応じて禄を授けた。
◎703年正月9日 新羅の国が金福護と金孝元たちを遣わして、国王(孝昭王)の喪を告げてきた。
◎703年4月1日 …新羅の使者を難波(なにわ)で饗応した。天皇はつぎのように詔(みことのり)を下した。
「…使者は書面で私の主君は永遠に天皇にまみえないようになったと言っている。朕が思うに、そもそも蛮夷の君主は異境に居(お)るけれども、朕が庇護し育、(はぐく)むという点では、まことに愛(いと)しい子と同じである。…弔問の使者を遣わし、物を贈って弔うことにする。…朕は使者の苦労をあわれんで、麻布と絹布を与えよう。」
(これは完全に、新羅に対する宗主国としての文面ですね)

(2につづく)


ほら、来たぞ〜  投稿者:大神 正念  投稿日:10月14日(金)01時08分17秒
【北京13日時事】中国外務省の孔泉報道局長は13日の定例記者会見で、東シナ海のガス田開発をめぐる問題に関して「日本が一方的に押し付けてきた中間線を中国は受け入れない」と述べ、日本側共同開発案の基礎となっている東シナ海の日中中間線を認めないとする中国側の主張を改めて強調した。



戦争だな。


参河人さまへ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月14日(金)01時03分53秒
お若いのに、旧字をお使いになる、私のパソコンは、変換しても出てきません。
偉い!!
私も西暦オンリーには、反対です。私たちは、キリストさんとは、何の関係もないのですから・・・・・この板に来てよかった、お若いのに、しっかりした人たちばかり。


チョンチル  投稿者:大神 正念  投稿日:10月14日(金)01時01分41秒
あぁ〜〜〜〜〜 北・北って言ってるから忘れてたけど、正式には「朝鮮民主主義人民共和国」て、言うんですたね。忘れてました。
国名からして漫才が好きなんですかね。
漫才が好きならいっそ、「挑戦金主主義珍民共和国」にすたらええのに。
・・・確か、麻薬の生産量は世界一を誇るすごい国ですたね、ゴスニダ。


RE:全体主義の定義  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月13日(木)23時45分42秒
>貴族院議員は天皇による任命。

戦後、日本では「華族」(貴族)制度は廃止されたが、イギリスでは今尚(いまなお)、存続しており、議会上院は「貴族院」ですよ。

>天皇直轄の陸海軍があり

例えば、イギリスの空軍は、今尚、「ロイヤル・エアフォース」、詰まり、「王立空軍」ですよ。

貴族制度・貴族院が存在し、軍隊も王室の物。貴方(あなた)の論理では、イギリスは「全体主義国家」となってしまいますが、実際はどうですか? 白髪交じりの黒髪さんが仰有(おっしゃ)った通り、「朝鮮民主主義人民共和国」、自らを「共和国」と呼ぶ北朝鮮は「民主主義国家」ですか? 戦前の日本が「帝国」を称していたからと言って、「全体主義国家」だったとは言えませんよ。

(例:戦前・戦中を通じて、帝国議会は解散される事無く維持された)


RE:日本の悪口  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月13日(木)23時14分58秒
憂国の士さん

>日本の悪口を言っているのは皆さんの方でしょう。

貴方(あなた)の発言、そっくりそのままお返しします。
日本の悪口を言っているのは貴方自身でしょう。

>こんな国、国民はどうしようもない、自分たちで自分たちの国をうまくやっていく能力のない国民だ、
>早く大日本憲法を復活させて全体主義の日本に戻りたい、と言っているのは皆さんですよ。

何時(いつ)誰がそんな事(全体主義云々)を言いましたか? 確かに、私は現行の『日本国憲法』を廃棄し、『大日本帝国憲法』を復活すべし、と主張しています。然(しか)し、私はそこで終わりだ等とは只(ただ)の一度も言っちゃいませんよ。国際法に違反した「米製憲法」たる押し付けの『日本国憲法』を廃棄し、曲がりなりにも日本が主体的に制定した真の憲法たる『大日本帝国憲法』に復し、その上で、その憲法を改正せい、と言っているに過ぎない。『大日本帝国憲法』の一言一句に至る迄(まで)墨守しろ、等とはこれっぽっちも考えてはいない。曲解しているのは寧(むし)ろ貴方の方ですよ。

>日本は世界に誇るに足る長くて華麗な歴史を持っています。

それは、その通り。

>その長い歴史の中の、ほんの35年ほどの間、日本の指導者が道を誤った。それを言っているのです。
>その結果国民は地獄を見、近隣諸国にも多大の迷惑をかけた。

「近隣諸国に多大の迷惑をかけた」ですと? それこそ、社民・共産党の主張のまんまぢゃ無いですか? 「近隣諸国」が現在の支那・南北朝鮮の事だとしたら、欧米列強によるアジア蚕食(さんしょく)に何時(いつ)抵抗したんですか? 明治維新を経て近代国家の道を歩み出した日本が、真っ先に打ち出した方針は、「大陸侵略」等と言う大それた事じゃ無いですよ。

清国に対して、朝鮮に対して、日本と共に近代化し、三国の提携を以て欧米列強に対抗しよう、と声を掛けた。然し、両国共に、近代化、そして、日本との提携、列強への対抗に背を向けた。故(ゆえ)に、日本一国で対抗すべく軍事力を強化し、アジア唯一の「列強」に迄のし上がり、「東亜の防波堤」たらんと欲した。
「東南アジア諸国」はタイ王国を除いて、皆植民地。日本が何もせず手を拱(こまね)いていたら、21世紀の今もアジアは欧米の植民地だったでしょうよ。

日本の国策や戦争を「悪」としか見ない、その狭い視野には正直言って辟易します。「東京裁判」に於いて判事を務めたインドのパール博士、インドネシア建国の父スカルノ、マレーシアのマハティール。彼らが「日本の戦争」を一体どの様に捉えていたか?調べられては如何(いかが)ですか?

>山本五十六(いそろく)は言いました、「負けるに決まった戦争をするバカがいるか」と。

そう、確かに負け戦(いくさ)でしたよ。でもね、その「負け戦」をせざるを得ない状況に当時の日本は置かれた。したくは無かったが、せざるを得なかった。では、何故、そうなったか? 単に「日本の指導者が政策を誤った」と考えている様では、事の本質を理解していない。何故なら、日清・日露にしろ、支那事変・大東亜戦争にしろ、当時の日本国民が欲(ほっ)していたのだから。

>東條内閣は、負けるはずがない、と米英に戦争を仕掛け

東条首相は、「負ける筈が無い」等とは露共(つゆとも)思ってはいなかった。何故なら、昭和16年4月1日、「総力戦研究所」と呼ばれる「模擬内閣」(影の内閣)が極秘裏に組織され、そこで対米戦争について研究、同年8月16日、「日本必敗」の結論を導き出していたのだから。それでも、同年12月8日、日本は開戦した。だからと言って、当時の指導者を鞭(むち)打つ事が果たして出来るのか? 国民が戦争を望んでいた。だからこそ、真珠湾攻撃の報に皆歓喜した。

最後に、昭和16年9月6日の御前会議に於ける永野修身(おさみ)海軍大将の言を以(もっ)て締め括(くく)ります。

「戦わざれば、亡国と、政府は判断された。戦うもまた亡国であるかも知れぬ。戦わざる亡国は魂まで失った亡国であり、最後の一兵まで戦うことによってのみ死中に活を見いだしうるであろう。戦ってよし、勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我らの子孫は再起、三起するであろう」

と。


あれ、ひどい喩え  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月13日(木)22時42分32秒
「疑わしきは、被告人の利益に」は、犯罪者とおぼしき者にたいして。
祖国を、犯罪者とおぼしき者に、喩(たと)えるなんて、・・・・私はバカ。
犯罪者とおぼしき者に対してすら、その利益になるよう、考えなくちゃならないのに、ましてや、私を生んでくれた祖国に対しては、なおさら温かい目で、見なくっちゃ・・・ということ。  歴史は、客体ではない。
今の価値基準で、過去を裁いてはならないのです。


さて、まだまだ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月13日(木)22時21分32秒
憂国の士さん、あなたの仰(おっしゃ)っていることを、喩(たと)えて言うと・・・・貧しい父親は、小学校もろくに出ていないが、一生懸命あなたを育ててくれた、とする。
あなたは、いきなり大学の本を父親に読ませて、彼が理解しない、教養がないと馬鹿にする。その上、彼が厳しい世間で(帝国主義が当たり前の国際社会)で、こずかれ、叩かれながら、何とか一人前の働きをして、あなたを大学までやってくれた。
血のにじむような努力をして育てた息子は、教養のあるハイカラなアメリカ紳士が養子になってくれ、と言ったら、親父(おやじ)より収入のいい紳士に心ひかれて、自分の親父は、背が低い、鼻が小さいと、嫌悪(けんお)して、そっちの方に行きたそうにする。
その紳士は、社会で自分の父親を、無茶苦茶になぐって、足蹴(あしげ)にした男である。
明治憲法下の日本を、全体主義なんぞというのは、このバカ息子の喩えで、いかに不当か分かるでしょう。
隣の人たちは、独立心なく、内輪もめばかりしていて、働くのが嫌で、年中喧嘩にあけくれていた。迷惑したのは、逆にあなたのそして、私の家だった・・・・・
歴史とは何か、私は言ったはず、人の言葉を上(うわ)の空で聞いておられましたね。
歴史とは、自分自身を知ること、自分とは何者なのか、どこから来たのか、どういう人間なのか、という問いの答え。あなたは、いきなり今のあなたとして、この世に出現してきたのではない。


さて、これから  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月13日(木)21時55分30秒
私の近代日本政治史の教師は、戦前を「昭和ファシズム」と言った。彼は、有名なマルクス主義学者。しかも三流。名を聞けば皆さんふむふむと、頷(うなず)かれるでしょう。
憂国の士さん、あなたも、明治憲法下の日本は全体主義だと仰(おっしゃ)る。
しかし、それは違う。大正デモクラシイもあった。普選運動もあった。
満州事変から、真珠湾まで、内閣は十五成立している。昭和の初めから、終戦までは十八です。  レーニン、毛沢東、金日成の銅像は、数え切れない。
しかし、日本で一番多かった銅像は、二ノ宮尊徳。 天皇のご真影を飾るのも、強制ではなかった。第一、天皇は、立憲君主であろうと務(つと)められていた。
斉藤隆夫の粛軍演説は、昭和十一年と、十五年。後者は衆議院除名されたが、十七年に復活当選している。
東條は、サイパンが陥落した時、やめさせられた。こんなファシズム、全体主義なんかありませんよ。


さてさて、  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月13日(木)21時26分26秒
憂国の士さん、あのね、私は十二才の時から、「民主主義って何だろう、変だな、変だな、教師は素晴しいと言うが、へんだなぁ」と思ってきたのです。
そして、目から鱗(うろこ)が落ちるように分かったのが、四十過ぎ。長い旅路。
西部邁(にしべ-すすむ)先生の著作を読んでいた時。
民主主義とは、集団ないし国家の意思を決定する手段、態様の一つに過ぎない。


言葉を変えてみたら?  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月13日(木)21時16分28秒
憂国の士さんの定義でほぼ正しいでしょう。個に対する全体(国家、民族、階級)の優位を押し進める運動、思想、体制。
反対語は、民主主義ではなく、個人主義。
誰もあなたの仰(おっしゃ)る内容の民主主義を否定してはおりません。ただ、民主主義なる言葉は、法学的にも、政治学的にも、内容があいまい。民主集中=プロレタリア独裁。
朝鮮民主主義人民共和国、・・・・・これ、民主主義ですか?
ね、だから他の国民主権とか、立憲制とか、議会制とか、代議制とか・・・の言葉を捜したらどうかと申しているのです。


全体主義の定義  投稿者:憂国の士  投稿日:10月13日(木)14時56分16秒
学問的な定義は分かりませんが、「政治・経済・文化・思想など国民の生活に関するあらゆるものが国家により管理、監視され、特定の主義・主張を国民に押し付ける」と考えています。憲法を基礎に色々なものが派生してきて国民の生活を規制します。お上の意向で国民参加の無い国家の意思を押し付ける、自由民主主義の対極の政体と考えています。

欽定憲法の下では一応議会制政治を行っていたが、それも衆議院と貴族院で、衆義院の選挙に女性は参加出来ず、貴族院議員は天皇による任命。そして天皇直轄の陸海軍があり、統帥権を盾にとって国民は勿論の事、政府、議会にも責任を問われなかった。

皆さんは民主主義はいやだとおっしゃる。民主主義が廃止され、あなたの主義・主張が国家の方針に反映されない社会になったら、「お上(かみ)」のいう事はなんでも批判なく受け入れるわけですね?誰も全体主義を望んではいない、、、しかし民主主義は嫌い、、、一体何を望んでいるのでしょうか?民主主義社会にも当然各種の規制が必要であり現実に存在します。しかしそれも国民の総意の結果である、と言うのが決定的な違いでしょうね。

全体主義は必ず暴力と結びつきます。体制側の都合で「国の敵」を決め、暴力で黙らせる。犠牲者は一般市民だけではない、高名な政治家、軍人とて例外ではなかった。「疑わしきは罰せず」と言われたが、これぞ民主主義のいいところ。旧憲法下ではそうはいきません。

私はあの大戦で死んだ軍人たち(多数の民間人も)を非難した事など一度もありませんよ。その様な地獄に国民を突き落とした体制、国の指導者は批判します。ヒトラーと東條を一緒にはしませんが、国を戦争にひきづりこんだ事では共通しています。


(無題)  投稿者:しがない浪人生らしき者  投稿日:10月13日(木)14時22分17秒
またまたすいません。18歳の知識なしの意見で時間を無駄にしたくない方は飛ばしてください。

私は一度も自分の考えを改めたとは言ってません。ただ、この意見は知識をベースとしたものではないので、主張はしません。私はただ皆様の反論にあまり納得してないのです。
まず、歴史から見ると、天皇の価値は象徴だけではないと言いましたね。でも、私はこの世に不変のものはないと思ってます。昔がそうだったから、今もそうと言うのには、納得できませんでした。私は今は他に価値がないと言ってるのではありません、私は知識不足で何もいえませんが、その説明には納得できませんでした、とだけ言いたかったのです。
そして、天皇は文化であり、文化を否定するのは自分を否定するのと同じだと言いましたね。正直、これには感動まで覚えましたが、私の文化の定義では、天皇=文化という部分に少し違和感を感じました。
あと、本家がとうのこうのというのもありましたが、私のこの天皇制に対する考えはおばあちゃんの受け売りです。それと、血が繋がってるから大事にすると言うのにも納得できませんでした。大事にするのは、親しく思えるからであり、血が繋がってるからではないと思います。テレビだけで見る天皇とその一家に対しては、多少の親しみがありますが、いなくなっても皆さんのように大騒ぎはしないと思います。
私は長い間中国に住んでいましたが、(だから、天皇に親しみをあまり感じないと思いますが)毛沢東を独裁者であり、大量殺人者とは現地のひとは誰も思ってなかったですよ。それこそ、皆様が天皇を慕(した)うように中国人は彼を慕ってました。私が希望?と言ったのは天皇ではなく毛沢東に関してですよ。
ニートの問題に関してなんですが、サラリーマンもがんばってると言う部分には頷(うなず)けましたが、思うには物事すべては行き着くところ、個人の選択ではないでしょうか。犯罪の低齢化などもそうじゃないんですか。でもそれをすべて個人の選択でくくってしまうと社会が良くならないのでは、と思いました。
私はまだ人生経験も少ないし、皆様のように膨大な知識もないので、社会や歴史や文化などは語れませんが、思ったことを正直に書きました。


憲法義解の現代語訳  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月13日(木)12時30分16秒
 私は憲法問題には疎(うと)く、とくに明治憲法については知らなかったので、HISASHIさんという方にお願いしまして、伊藤博文の『帝國憲法義解』(井上毅(いのうえ-こわし)が草稿をつくったと言われます)を訳していただきました。
『帝國憲法義解』は、賛否いずれにせよ、明治憲法について論じる場合には必須の文献と言われております。
 HISASHIさんの訳はいくつかの掲示板に連載されたあと、保存されました。
 明治憲法の原文もあります。
 この掲示板でお馴染(なじ)みの法律学者・解法者さんの解説も付されております。
 もしよろしければどうぞご覧ください。
 ↓
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/kenpou_gikai.htm


まだ、分かっておられない  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月13日(木)12時13分32秒
憂国の士さん、参河人さんが、全体主義とは何か、と尋ねておられますよ。答えてください。
何度言ったら分かるんですか。明治憲法下の日本は、全体主義ではありません。
この板の人はだれも、全体主義なぞ望んではおられない。何を勘違いしているのですか。
大東亜戦争の結果、国民は悲惨な目にあった、これは事実。しかし、あなたは、歴史の勉強をしていない。していないのに、決めつけを行なっている、これは、傲慢、不遜。
大東亜戦争は、間違いだという、あなたの認識は、単なる先入観にすぎない。
つまりは、無知なることに対して、無知と自覚していないで固執している。
三十五年間、つまり大正、昭和戦前、日本の指導者は道を誤った、・・・これは、「坂の上の雲」を書いた司馬遼太郎の言い分でもありますがね。さすがに彼は全体主義なんぞとはいわぬですよ。では、日露戦争からの、日本を取り巻く国際環境、特に、アメリカの動き、そして、アジアの動きをよくよく勉強してください。
東條をヒットラーと間違えているらしき、あなたの文を読んでいると、背中が寒くなりますよ。


日本の悪口  投稿者:憂国の士  投稿日:10月13日(木)10時52分14秒
私は日本の悪口を言ってないですよ。この間も銀座の行きつけのバーで友人としゃべっていたら、黙って聞いていたママが、「あのー、あなたは右翼の方ですか?」と言った。日の丸大好き、君が代も儀式では大声で歌う、帝国海軍の大ファン、尖閣列島や竹島には自衛艦隊を送れ、などと言っていたので、そう思ったのでしょう。日教組や共産党にそんな人はいますかね??

日本の悪口を言っているのは皆さんの方でしょう。こんな国、国民はどうしようもない、自分たちで自分たちの国をうまくやっていく能力のない国民だ、早く大日本憲法を復活させて全体主義の日本に戻りたい、と言っているのは皆さんですよ。

日本は世界に誇るに足る長くて華麗な歴史を持っています。その長い歴史の中の、ほんの35年ほどの間、日本の指導者が道を誤った。それを言っているのです。その結果国民は地獄を見、近隣諸国にも多大の迷惑をかけた。対外的な事はともかく、為政者の最高、唯一の責任は国民の福祉です。大日本帝国の指導者たちがどれほど国民の福祉を考えていたか、、、結果は明らかです。国を滅ぼし、国民に惨禍をもたらした。それは旧憲法をベースとした全体主義の結果だったと思います。

山本五十六(いそろく)は言いました、「負けるに決まった戦争をするバカがいるか」と。お陰で海軍次官当時は暗殺の脅迫を受け、米内(よない)海軍大臣が山本を連合艦隊司令長官にしたのです。海の上まで暴漢は追っていけないだろう、と。東條内閣は、負けるはずがない、と米英に戦争を仕掛け、さんざんに負けてしまったらすべてアメリカのせい、オレの知った事か、、、これは卑怯ですよ。

私は、だから民主主義がいいんだ、と言っているだけ。つまり意見の相違ですよ。それを自分たちの意見に賛成しないから日本の悪口を言う、マッカーサーに洗脳されている、と非難するのは侮辱ですね。私なりに勉強し、自分の意見を確立しているつもりです。個人の意見、信条がそれぞれ違っていてこそ社会は進歩します。それをさせないのが全体主義。今あなた方は私にそれを押し付けているのです。

これが戦前の日本だと暴漢に襲われるでしょうけど、民主主義のお陰でこうして皆さんと議論出来ているのです(前に「愚にもつかぬ」と言ったのは自分の事を言ったのですが誤解された様ですね。失礼しました)

日本を愛する心はあなた方と違わないと思いますよ。ただ決定的に違うのは、どの国でも間違いを犯す事がある、日本も例外ではない、と言っているのです。常に何をやっても正しい国など世界中にありません。そして全体主義では国民の幸福は達成されないと思っています。


台湾・・・・  投稿者:桔梗  投稿日:10月13日(木)02時50分8秒
数週間前に初めて投稿した者ですが、本日台北市内でのタクシー利用時に、非常に不快な思いをしましたので、愚痴と共に最近感じていることを書かせてください。

私が客先から社に戻るときのこと。
大通り沿いで私が歩道から手を上げると、中央分離帯寄りに走っていた1台のタクシーが原チャリ(実際は100cc前後のスクーターですが)3〜4台を巻き込みそうな勢いで目の前に止まりました。私はそのバイクの若者達に「ごめんごめん!」と軽く詫びつつ急いでタクシーに乗り込みました。

私「○○までお願いします」
運将「○○?そこには行きたくない」
私「は?自分から俺の前に止まっただろ?しかもまだ営業中でしょ?」
運将「もう帰るところだから、これ以上仕事したくない」
私「・・・・・」
運将「わりいな。降りてくれ」
私は無言で降りました。
(運将は台湾語で「ウンチャン」と読みまして、日本の俗語のそれと同じ意味です。ただし台湾語においては極々(ごくごく)標準的な表現で、日本語の軽々しいニュアンスとは少し違うようです)

恐らくその後の予定か何かで行くところがあり、そこに近づける場所であればついでに稼ごうという魂胆だったのでしょう。私の言った目的地が彼の望む範囲内であれば向ってくれたと思います。(私の目的地もたかだか6〜7kmのところですが)

こういった「は?なんじゃそりゃ?」ということは日常茶飯事なんですが、今日は久々にムカついてしまいました。
もう少し台湾国語(基本は北京語)がうまければ、ちょっとは絡みたかったのですが、タクシーは結構おっかないのもいるので、あれはあれで良かったかもしれません。

タクシーは小ネタの宝庫でして、数ヶ月前には運転中に運将の友人らしき人から電話が入り、聞いてると明らかに遊びの誘いで(恐らく飲み屋で仲間が集まっている)場所は私の目的地とは逆方向のようなことを話していました。そして電話を切るなり「母親が入院していてお見舞いに行くので降りてくれ」と。電話機からは華やかな宴の盛り上がりぶりが実況で聞こえていたのですが、本人曰く「母の入院先」なんだそうです。外国人だと思ってナメられていました。私も降り際に「最近の病院は夜中に酒盛(も)りするんだね」と嫌味を言うのが精一杯。そもそもその嫌味も通じていなかったかもしれません・・・涙)

結局下ろされた場所は、タクシーなんてほとんど通らない場所なので、次の車をつかまえるのに大変苦労しました。一応ナンバーなどを控えておいたのですが、まぁクレームをつけたところで、適当な理由を言ってタクシー会社からもお咎めなしっていうパターンだと思い、そのときはあきらめました。

こんな感じで今の台湾は、品格を疑うような人々も多くいて、以前言われていたような「日本に最も近い外国」という雰囲気ではないように思います。いや、今の日本でもおかしな輩が多いので、そういう意味では近いのかな・・・

日本文化が染み付いているような老齢の方に会うと、本当に礼儀正しく、慎(つつ)ましい中にも芯の通った姿勢で、私自身が心を洗われるような気分にさせられるのですが、国民党の反日教育を受けた世代、とりわけ社会でも発言力のある40代、50代の方々に支那人的な人が目に付きます。怖いのはそういう人たちにも子供がいるということです。

私の会社の顧問をしてくださってる70過ぎの弁護士の先生がいらっしゃるのですが、いつも嘆(なげ)いておられます「今の台湾人はもう中国人と変わらないよ」と・・・。

社内には大陸に出張する者も多いのですが(私はまだ上陸していません)一様に「程度に違いはあれど、似たような着想を持っている」と言います。

若者に国民党を支持するものが増えつつあるという噂をよく聞きますが、日常生活で接する台湾人を見ていると、大陸に対する考え方は確かに変わってるように思います。大陸に留学に行く人や旅行に行く人も多いですし、このままでは日本にとって重要なこの国が飲み込まれてしまいそうです。

・・・と、なんだか憂鬱な一日でした。


有り難い  投稿者:大神 正念  投稿日:10月13日(木)01時21分18秒
なぜ日本が戦わなくてはならなかったのか。
そこのところの理由を知らない方は、毛唐(けとう)や大陸の民の語るカタリを真に受ける事になります。
例えば、先の太平洋戦争への突入に至るくだりについては、下に竹下さんが解説頂いている通りです。

今の若い衆の中に「英霊に申し訳ない」と、そう感じてくれている方が居るのには、自分も嬉しく思います。
・・・私の祖父は大陸で爆死していますから。
私の祖父も、この平成につながる後世の日本の台地を守る為に散りました。私は祖父に守って頂いた。その事、どう感謝すれば良いのか分らない程ですが、せめて自分に出来る事と言えば、毎年欠かさない盆のお墓参りで手を併せる事くらいでしょうか。
その時、祖父がこの台地を守った一人であった事を、誇りに思いながら。


(無題)  投稿者:參河人  投稿日:10月12日(水)23時15分14秒
こんばんは。皆様の話の途中にすいませんが。
前々から私は思っとる事があるのですが、年号についてです。
日本には皇紀や明治、大正、昭和、平成と言う獨特な年号が存在するのに、今年とすれば・・平成17年が「2005年」が強調されて言われておるように思えますが。。私からすれば皇紀2665年か平成17年表記を積極的に使って欲しいと思います、皆様はどうでしょうか?と思ったりします。私はまだ未成年でよく分からない事がありますがよろしくです。
それと憂国の士さん何故(なぜ)そんなに日本の悪口?見たいな事を言うのですか?私には理解できません。所で變な質問をしますが全体主義って何ですか?まだ勉強不足で分かりません・・。それと大東亜戰爭で國の為に戰って下さった英靈達のおかげで今のこの平和な日本がるのですよ。感謝するべきです!!。それを忘れてはなりませんよ。では失礼します。


しがないらしきさんへ  投稿者:轟音  投稿日:10月12日(水)22時35分12秒
管理人様、常連の皆様、こんにちは。久しぶりにおじゃまします。

どんな集団でも必ずリーダーがいますが、それは必要だからです。
世襲で安定したリーダーである天皇ではなく、大統領や小泉のような人気投票にすれば、意見の違いから人々が対立しエネルギーが浪費されてしまいます。
文明レベルを下げる必要は無い。
大昔から日本国民の権利を保障してきたのは天皇です。
それぞれの国の殿様や将軍、今の法律などの中間管理層は替わってきましたが、
てっぺんの天皇とその臣民との関係は変わっていません。
だからアホな大臣や法律が出来ても安心なのです。
おまけに一生天皇を意識しなくても生きていけるから日本は幸せですね。

女として生まれたなら、女としての生き方があるのです。
例えば歌舞伎役者の家に生まれたらそれなりの生き方があるのです。
世襲の責任を果たすことが喜びであるかもしれませんよ。
あなたが口出しする次元の問題ではない、ということです。

天皇は革命の志士ではありません。
だからもちろん天皇は希望の象徴ではありません。ごっちゃにしないでください。
矛盾に気付いてるんでしょ? 無理ですよ。独裁者=監視機関
毛沢東のような独裁者は大量殺人鬼であることを忘れないでください。

私は知識は無くても大昔に思いを馳(は)せれば天皇やご先祖への感謝の念が湧いてきましたよ。
日本の問題はいろいろあるだろうけど、女性天皇とかあまりにも明確に筋の通らない主張が強く、この問題は危険度トップレベルだと思う。
だから、しがないらしきさんのような若い人が考えを改めてくれるとうれしい。


御意  投稿者:大神 正念  投稿日:10月12日(水)22時33分44秒
そうそう。
古くは、蒙古襲来からでしたねぇ。
我々の先祖は偉いと思います。
転んでは立ち上がり、また転んでは立ち上がり。
そんな先人が築きあげたこの国に生まれた事に、誇りを持っております。

世界に必要な国で有るが故、あの時、神風はだから吹いたのでせう。
世界数多(あまた)の民族の中で、唯一神が選びたもうた民族、それが大和(やまと)民族だと自分は真面目(まじめ)にそう思っております。
古より、我が民族無くして、世界の均衡は保たれなかった。

                             ですね。


政治学、法学、人生においても  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月12日(水)22時05分54秒
憂国の士さん、全体主義、民主主義、という基本ターム二つだけで歴史を考えるから、いけないんですよ。
もっと沢山の語彙(ごい)を持って下さい。歴史は善玉、悪玉なんかで、割り切れないのです。
歴史だけでなく、政治学、法学においても、出来るだけ沢山の語彙、基本語、派生語をもつことです。豊かな語彙をもつことは、内面を豊かにすることです。自分の持つ世界が広がることです。そして、人生をも、豊かにすることです・・・・。
もう一度煩(はん)をいとわず、申せば、全体主義の反対概念は、民主主義ではなく、個人主義ですよ。


大神さまへ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月12日(水)21時16分6秒
誰が、テレビで、東西冷戦のアジア版と言ったのかは、知りませんが、何を今更(いまさら)ねぇ。
日本は、「戦前から、1920年代から、アジアで、たった一人で東西冷戦を戦ってきた」のです。
アメリカは、それを理解できなかった。その付けを、朝鮮戦争、ベトナム戦争で支払わせられたのです。大東亜戦争を語るときに、大切なポイントです。
あなたさまは、よくよく分かって発言されているかも知れませんが、若い人たちによく分かるように、補足しました。


憂国の士さん  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月12日(水)21時09分44秒
白髪交じりの黒髪さんが、

>「欽定憲法の下の全体主義は、滅亡すべくして滅亡した。」などと、こんなとんでもない歴史の誤解に
>初めて会いました。呆然・・・・いや、基礎知識もない、呆然、唖然。

と仰有(おっしゃ)りましたが、私も同意見。
正直・・・呆(あき)れました。

>何百万もの同胞が死に、その何倍もの遺族が悲しい目にあい、原爆まで落とされて国中が丸焼けに
>なってしまったのは事実。

東条英機の陸軍にしろ、山本五十六(いそろく)の海軍にしろ、当時の軍部は米国との戦争等欲してはいなかった。出来る事なら戦争を避けたかった。だからこそ、対米交渉の最終段階に於いて、日本が出来うる限りのぎりぎりの譲歩案『甲』・『乙』二案を提示した。然(しか)し、対日戦争を望んでいたローズヴェルトの米国は、最終的に『ハル=ノート』を日本に突き付け、日本の退路を断ってしまった。故(ゆえ)に、対米開戦を最後迄望んでいなかった昭和天皇でさえ、「止(や)むなし」として裁可した・・・これが対米開戦の真実ですよ。但(ただ)し、戦争をするからには、絶対に負けられない、と言う事で、日本は国民一丸となって必死で戦った。何故(なぜ)なら、国土面積も、工業生産力も桁違いだった米国が相手なのだから。

「原爆まで落とされて国中が丸焼けになってしまった」? 落としたのは米軍でしょうが? 殴(なぐ)られたら、貴方(あなた)は相手のせいにせずに自分の責任にするんですか? それこそ本末転倒ですし、私が最も忌(い)み嫌う「自虐史観」そのものですよ。

良いですか? ここの常連の方々は何も日本の全てを自画自賛している訳でも何でも無い。まずかった点も含めて客観的に「歴史」を捉(とら)えている。一方的に「戦争に負けたのは日本の責任」とか、「原爆を落とされたのは日本の責任」とか、「半世紀以上も改憲せず、今更、米製憲法云々等おかしい」等と言う、そう言った思考回路を誰一人持ってはいませんよ。

戦後史・現代史をバッサリやる前に、幕末維新からの日本の歩みについて、改めて勉強して下さい。
議論するのなら、それからですよ。


白髪交じりの黒髪さん、こちらこそ  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月12日(水)15時52分31秒
 感謝しますよ、他の常連さんとともにこの掲示板『喫茶室』を盛り上げ、更に明治・大正・昭和という直近の歴史を『否定観』で蓋(ふた)をしない事は大切ですしね。まあ、そういう意味で『憂国の士さんというスパイス』がある故(ゆえ)なのかも知れません・・・ただ現実、政治家でも『憂国の士さんのような史観』を持つ方々(一般に保守派として支持されている小泉首相や石原都知事など)が多いでしょうしね。

 私は大阪万博の年の生まれ、という世代ですが白髪交じりの黒髪さんと比べればまだまだ若造です(笑)。『人生の場数をより多く歩んで来られた方々』がコチラに参加され、掲示板『喫茶室』がより一層と活気付くことは私(いち常連客)としても非常に嬉しいです。今後もロム派(閲覧専門の方)も含めより若い世代に向けて『考えさせる投稿』を以って発信なさっていろいろとご指導下さる事を期待しておりますm(_ _)m  それが・・・世代から世代へと連綿と継がれるモノとして活かし続けること・・・しかも『誤解』を正しながらですが、それはやる価値があります。


歴史の勉強  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月12日(水)15時47分48秒
歴史の勉強の大切さは、そのとおり。物事には、すべて因果関係がある。そのとおり。
歴史は無数の因果関係でなり立っている。
誰が日本は、傑出した国で、誤りを犯したことはない、などと申していますか。
誰も、そんなことを言ってはいない。
あなたは、近代の日本の歴史を学びなおしなさい。一知半解の知識で、祖国を断罪せずに、歴史の因果を遡(さかのぼ)って行け、と私は申しているのです。
間違いは、間違いと認めろ、とは朝日新聞の口調(くちょう)そのまま・・・・呆れた。
大東亜戦争で、日本人がどんな目にあったか、アジアの人たちをどんな目に合わせたか、などと言い出されては、世の中で一番勉強していないとされている日教組の先生と話しているみたいな気がします。
私は憂国の士さんは、もっと優秀な勉強家かと思っていました。
若い方にも、しっかりとした人がいる、と頼もしく思っていました。
しかし、私が「坂の上の雲」を勧めても、歯牙(しが)にもかけないで、明治憲法下の日本を暗黒だと思っておられる。
よほど、欽定憲法は悪、現行憲法は善、という教育を受けられたようですな。
スターリンの、1937年コミンテルンテーゼの呪いは、いまだ健在・・・・・嗚呼(ああ)!!


何べんいったら、分かるんですか  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月12日(水)13時32分26秒
憂国の士さん、欽定憲法下の全体主義なぞ、存在しなかったですよ。
ここの皆さんは誰も全体主義国家に、憧れてなんかおられない。
そういう単純な割り切り方は、複雑な思考に耐え切れない、せっかちの独断です。
いいですか、右の全体主義、ファシズム、左の全体主義、共産主義国家。
ヒットラーとスターリンは、双子の兄弟。
三国同盟を結んでいたからとて、日本はファシズム国家ではなかった。
「欽定憲法の下の全体主義は、滅亡すべくして滅亡した。」などと、こんなとんでもない歴史の誤解に初めて会いました。呆然・・・・いや、基礎知識もない、呆然、唖然。
(なお欽定憲法の歴史は五十五年ほどです)  まだまだ言いたいがここらへんで・・・


全体主義の国  投稿者:憂国の士  投稿日:10月12日(水)12時59分51秒
みなさんが憧(あこが)れる全体主義国家、、、オーストリア・ハンガリー、オスマン・トルコ、大日本帝国、ドイツ、イタリア、ソビエト連邦、すべての共産主義国、、みんな滅びました。最近では、北朝鮮、中国、キューバ、中近東のイスラム教諸国、アフリカや中南米の後進国、、、。

欽定憲法や教育勅語の美辞麗句は結構だが、抽象的な観念論ではなく、それが現実になったら、、、歴史の勉強の大切さはそういうところにあります。物事にはすべて因果関係がある。欽定憲法下の全体主義は77年の大実験の末、滅亡すべくして滅亡しました。

何百万もの同胞が死に、その何倍もの遺族が悲しい目にあい、原爆まで落とされて国中が丸焼けになってしまったのは事実。そういう現実に目をつぶり、国民をそんな目に合わせた責任も問われない。なんでもかんでも東京裁判にせいにし、すべてをマッカーサーのマインド・コントロールで片付けてしまう、、、こんな楽な事はありませんよ。

日本が悪い事をするわけがない、日本人は世界でも傑出した特別な民族なのだ、と言うのを基点にすると何も見えなくなる。大日本帝国憲法で代表される日本の全体主義を推し進めた結果、日本人自身がどんな目にあったか、アジアの諸国をどんな目にあわせたかを学ばないといけないと思います。

国も個人と同じで、時には過ちを犯す事がある。それを真正面(まじめ)に見据え、間違いは間違いと認める、そしてその上で新しい前進を始める、これには勇気がいります。その勇気を持とうじゃないですか。それで初めてアジア諸国、世界各国から「さすがは日本人!」と見直されるのです。


『海底資源試掘希望の歴史』  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月12日(水)12時18分17秒
 東シナ海での海底資源問題が話題になり、中国側の強引な手法に反発する日本人が増えております。
 しかしこの問題は、例によって、戦後の日本政治の大きな欠陥が招いたものです。
 以下に、チャンネル桜で三輪某さんという方から教えてもらった情報に私の記憶を合わせて記します。

◆昭和35年 第37回国会 商工委員会 第7号
(当時、積極的に石油資源の探鉱を行っていたことがわかる)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/037/0216/03712220216007c.html

◆昭和41年 第52回国会 商工委員会 第3号
(この時既に海底油田の開発に関する質問が発せられている)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/052/0216/05207210216003c.html
※昭和43年のエカフェ調査に先立っている点に注目

◆昭和47年 第69回国会 商工委員会エネルギー・鉱物資源問題小委員会
(当時の東シナ海の石油開発に関する情勢が示されている)
佐藤内閣は1964(昭和39年)〜1972(昭和47年)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/069/0277/06910040277001c.html

◆昭和43年 エカフェ調査
日本、台湾、韓国の専門家が、エカフェ(国連アジア極東経済委員会)の協力で、東シナ海一帯の海底学術調査を行い、大陸棚に広大な油田があるとされ、国際的に注目されるようになった。

◆日本の石油会社が傍観したわけではない。
 日本側海域では昭和41年以降、帝国石油、うるま資源開発など四社が相次いで通産省(当時)から試掘申請の権利を獲得した。
 しかし、試・採掘はずっと認められなかった。
 うるまの荒木正雄社長は「通産省は『試掘を認めると対中関係が悪化する』と言う。なぜ、そんなに弱腰なのか」と悲嘆していた。
(これはおそらく外務省からの圧力なのでしょう)

◆オロモルフの記憶
 たしか東海大学の松前重義先生が、東シナ海の試掘を提案したものの、政府が許可しない――と言って怒っている。
 ・・・という話を、東海大学の会館での会議の時に耳にしたのは、昭和40年代の初めだったと思います。
 もう40年も前の話です。

◆特許問題を調べていても、海底ケーブル問題を調べていても、海底資源を調べていても、戦後の日本の政治家とマスコミの近隣国への弱腰にぶち当たります。
 この問題だって、

<北京政府が何も知らず何もしていなかった40年も前から、先見の明のある日本人が政府に試掘を申し入れていたんですから・・・!>

 それを40年間も押さえつけてきた外務省や通産省の責任はまことに重大です。


終戦六十年国民の集いのインドネシアの方々  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月12日(水)12時02分43秒
 8月15日の靖国神社は二十万人以上もの参拝者が集まり、空前の盛況でしたが、その日に靖国神社で開催された「終戦六十年国民の集い」にも多くの人々が集まり、著名な方々が挨拶をなさったそうです。
 その中にはインドネシアの要人イドリノ・マジッド氏(世界イスラム連盟東京特派員)もいて有意義な挨拶をされたそうですが、同じインドネシアから独立戦争経験者のマデ・ダマさんが飛び入り参加して、次のような挨拶をなさったそうです。

「靖国神社には今日で二度目の参拝になります。私は、私たちを指導してくれた英霊の方々をお参りするために、本日やって参りました。
 日本国の敗戦後、インドネシアは独立戦争を戦いました。二十名の日本の兵隊さんに指導をされて、私たちは独立運動に参加しました。私が十六歳のときです。
 独立戦争で亡くなられた日本兵の方は十五名です。その十五名の方々を私どもの国は、英雄として毎年感謝の気持ちで敬っています。それでも私たちの心は足りないと思っています。私たちは返しきれないほど日本兵の人たちにお世話になり、指導されました。
 私は命のある限り靖国神社に参拝させていただこうと思い、昨年十月に初めて靖国神社に参りました。今年は六十年祭のために、必ず行きたいと願っておりました。それが今日、実ったわけです。
 日本兵の中に、ただ一人まだ健在な方がいらっしゃいます。堀内さんです。その方は明日、この九段の近くに参ります。生き残った日本の指導者の一人です。私は、自分の命のある限り、靖国神社に心を向けてゆきたいと思います」


(無題)  投稿者:おやじハリファックス  投稿日:10月12日(水)09時04分9秒
憂国の士さん

聖徳太子の十七条の憲法、とりわけ第一、十七を噛(か)み締めてみて下さい。
604年に世界初の「民主主義」の萌芽(ほうが)が感ぜられ、日本(やまと)民族のえらさがわかります。1215年のイギリスの「マグナカルタ」など遅きに失した感ありですよ。
しかし、今時の政治屋には「経済」=「経世済民」(世を経(おさ)めて民を済(すく)う)の明治の知恵のかけらでも持っていただきたいものであります。

しさん

天照大神(あまてらすおおみかみ)さまは女の神様ですよ!
あなたもおじいさんおばあさん好きではありませんか?
おじいさんもおばあさんも御本家さんを大事にされていませんでしたか?
天皇家は日本人の総本家、日本日本流の家元です。2600年以上も代々続いて来た世界一の名家であります。日本人のアイデンティティーなのですよ。
戦後、占領軍と心ない左翼勢力が日本の伝統精神を破壊する為に「天皇制」などとまるで制度として存在したかのように侮辱して言い出したのです。おやじは戦犯も制度としての天皇制も認めておりません。
英語の Nation,State をただ単に「国」とせず、「国家」国+家とした明治の英邁(えいまい)に思いを馳(は)せて下さい。なぜ、家としたのか?
外国の君主や元首は危うくなると亡命しますね、天皇は動きませんでしたねどうしてだと思いますか?
なぜ仁徳(にんとく)天皇陵はあんなに大きいのでしょう?
ヒント=高き屋にのぼりて見れば煙立つ 民のかまどはにぎはひにけり (仁徳天皇が詠(よ)まれた歌です)

竹下様

無条件降伏ではない!またまた目から鱗(うろこ)が落ちた思いであります。お教え頂き感謝致します。なぜ、こんな大事なことも知らないで生きておったのかと恥じ入ります。
歴史再考のコラム、本当に楽しみにしております。


ガッカリ  投稿者:大神 正念  投稿日:10月12日(水)01時53分3秒
あ、やっぱダメだ。俺も撤回。
君、大和撫子(やまとなでしこ)にあらず。(言っとくけど、大和撫子は差別用語にあらず。)
・・・だから、天皇制は必要なわけよ。

          分るかな?


(無題)  投稿者:  投稿日:10月12日(水)01時38分1秒
傍観すると言いながら、また書くのはどうかと思いますが、私は別に自分の考えを曲げていません。ただ漠然と勉強不足だと感じただけです。知識がなければ反論も何もする権利がないですから。大神さんは勘違いしてますよ。私は女です。女だからこそ、私を根拠なしに男だと思い込むのに少し性差別を感じました。生意気なことを言ってすいません。


しがない浪人生らしき者殿  投稿者:大神 正念  投稿日:10月12日(水)01時02分27秒
本意では無かろうと思ったので怒鳴りました。

しかしながら、論文を書くなら尚更(なおさら)、己の主張を、誰かが反論したからと言え、すぐに曲げる様では、それもまた些(いささ)か・・・。
男が一度口にした事は、何が何でも曲げない周到さと、自信を身に付けてもらいたい。
君の人生に武運を祈る。

へそ曲がりの極意を学ぶなら、そうそう、伊達政宗辺りを勉強するのも面白い。  じゃ。


(無題)  投稿者:しがない浪人生らしき者  投稿日:10月12日(水)00時49分25秒
そうですね。皆さんのおっしゃる通り私は確かに勉強不足です。それで一人前のように書き込んでたのに対し、今更という感じですが、恥ずかしいと思いました。それが大神さんの罵(ののし)る対象となるのは当たり前ですね。実を言うと私は小論文の勉強によいのでは、と思って議論に参加しようとしました。甘かったです。しばらく傍観いたします。


さて、と。  投稿者:大神 正念  投稿日:10月11日(火)23時59分30秒
そろそろ支那とまた戦争ですかね。
・・・天外天の事ですよ。

彼等(かれら)の事を、一点だけ褒(ほ)めてやるとすれば、彼等は物事の成り行きをかなりの長期スパンで捉えていますね。この点は残念ながら、日本政府は見習らわなければならん・・と、いうか、バカ正直だったと言うべきか。・・・外務省がアホやしトロイし。と、言うべきか。
成る程(ほど)、これが目的だったとすれば、近年の支那の既成事実づくりには合点(がてん)がいくというもの。
靖国然(しか)り、教科書問題然り、対日デモ然り。根も葉もない言い掛かりで日本を骨抜きにせずば、ガス田掘削などという強行突破を正当化させるのも苦しかったわけだもんね。
そう言えば、昨日のTVタックルで誰かが言ってたなぁ・・・これは米ソ冷戦の東亜版だと。

だからね、・・・あの時、毛唐(けとう)が要(い)らん事に口出しして来なけりゃ、極東を我が帝国が支配していれば、今頃は亜細亜(アジア)全域が平和だったわけだが。。。
あ、そっか!つー事は、毛唐も支那以下かい。だろーな。


疑わしきは、祖国の利益に  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月11日(火)22時25分27秒
刑事裁判の原則「疑わしきは、被告人の利益に」。歴史について、学びの及ばざる時に、「祖国、先祖の側に立って」は、国民のとるべき態度だと思います。
大東亜戦争について、日本の近代について、きちんと勉強できていない段階では、祖国の利益に、先祖の側に立って、考える、それが常識。この常識が失われているのが、戦後という時代。なさけない・・・・・
歴史とは、自分自身を知ること。自分とは、どういう人間なのか、どこから来たのか、という問いの答えが、歴史。・・・歴史とは、科学ではない。科学の力を借りはするが、あくまで、それは文学に近い、言語的営為です。
過去の日本人を、客体として裁くな、解剖実験できると思うな、今の価値基準で、とやかく言うな、と思います。
大東亜戦争の意義は、ペリーの黒船来航までさかのぼって考えなければなりません。
お上(かみ)にもくもくとして着いて行った、などとは、事実誤認も甚(はなは)だしい。
あれは、全国民が一丸となって戦ったのです。バカなことをしたなぞとは、言わせない。憂国の士さん、あなたが真の憂国の士なら、歴史を勉強するべきです。現状の政治の良し悪(あ)しを云々していることだけが、憂国ではありません。
参考までに、中村あきら先生の「大東亜戦争への道」、クリストファー・ソーンの「太平洋戦争とは何だったのか」同「満州事変とは何だったのか、上下」ヘレン・ミアーズ「アメリカの鏡・日本」・・・・まだまだありますが、これくらいは揚げさせてください。


昭和天皇のお言葉  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月11日(火)22時03分52秒
 昭和五十二年八月二十三日、國運振興の詔書(俗に人間宣言)を回顧して述べられた昭和天皇のお言葉。

 そのことについてはですね。それが実はあの時の詔勅の一番の目的なんです。神格とかそういうことは二の問題であった。
 それを述べるということは、あの当時においては、どうしても米国その他外国の勢力が強いので、それに日本の国民が圧倒されるという心配が強かったから。
 民主主義を採用したのは、明治大帝の思召(おぼしめ)しである。しかも神に誓われた。そうして「五箇条御誓文(ごかじょうのごせいもん)」を発して、それがもととなって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入のものではないということを示す必要が大いにあったと思います。


連想ゲーム  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月11日(火)21時41分39秒
憂国の士さん、民主主義といえば衆愚政治と連想するくらいでないと、政治は語れないですよ。
昭和二十年八月十五日を日本人が解放された日なんぞと、あなたが思っていらっしゃるのなら、あなたの頭は、いまだGHQのマインド・コントロールから、脱け出していないのです。占領は六年八ヶ月、四捨五入して、七年。しかし、まだ精神的に、占領されているみたいです。ウォー・ギルト・インフォメイション・プログラムを甘く見ちゃいけません。戦後の繁栄も、憲法様のおかげではない。   愚にもつかぬ議論だなどと、真面目(まじめ)に話しているのに、この板の人たちの誠意に対して、失礼ですよ。


RE:民主主義は嫌なもの??  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月11日(火)21時16分55秒
憂国の士さん

>こうしてお互いに愚(ぐ)にもつかぬ事を言いたい放題言えるのも民主主義のお陰ですよ。

「愚にもつかぬ事」ですか・・・随分と「ここ」(喫茶室)も落ちぶれたものですね(苦笑)

私は国民が自由に自分の意見を主張出来る事は素晴らしいと思っていますし、これからも続いて欲しい、と思っていますよ。但(ただ)し、「民主主義」── 正確に言えば「民主主義的傾向」は戦後確立したものでは無い、と考えています。

明治天皇も『五箇条(ごかじょう)の御誓文(ごせいもん)』で斯(か)くの如(ごと)く述べています。曰(いわ)く、

「広ク会議ヲ興(おこ)シ万機(ばんき)公論ニ決スベシ。」

と。

江戸時代、そして、明治維新以来、終戦迄、須(すべから)く「暗黒の世」で、戦後の「民主主義」体制が薔薇(ばら)色の如き素晴らしき社会、と言うのは単なる幻想に過ぎない、と私は思っています。


しがない浪人生らしき者さん  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月11日(火)21時07分7秒
>女帝論議をする前に、天皇制が必要かどうか議論すべきではないでしょうか。
>わたしは、廃止すべきだと思います。

貴方は皇室の歴史と役割について、きちんと勉強し理解していますか?

>象徴である天皇の役目は本当に象徴だけです。

皇室が日本の社会・文化・政治に於いて、どの様な役割を担ってきたか? それを理解していない
からこそ、「天皇の役目は本当に象徴だけ」等と言う浅薄な事しか言えないんですよ。

例えば、「明治維新」一つとっても、世界は「奇跡」と見ているんですよ。
何故(なぜ)なら、天皇の名に於いて「廃藩置県」が命じられ、その命令に対して、藩主が所領の放棄に応じている。こんな事は世界広しと雖(いえど)も、日本だけですよ。他の国なら抵抗どころか内戦、命令を下した皇帝を諸侯が討ちますよ。封建制から近代的中央集権制への急速な移行は、天皇の存在あっての事。「終戦」に際する停戦・武装解除も天皇の詔勅あっての事。天皇を単なる「お飾り」と見ている様では、事の本質は何一つ見えやしませんよ。

>儀式的なことは小泉さんに任せて

一体、誰がそんな事を望みますか?
天皇(皇室)を廃位して、天皇の行ってきた儀式のみを存続させる、然(しか)も、「臣下」たる首相にさせる事に一体何の意味があるんですか? はっきり言って何もありゃしませんよ。

>税金の無駄使い
>ニート

働かざる者、食うべからず・・・ですよ。

>ニートを作ってしっまた今の教育を見直すべきではないのでしょうか。

何でも「教育」のせいにするのは簡単な事ですよ。
でも、「ニート」が「ニート」の道を選んだのは、最終的には本人の意志。本人がしっかりしていれば、もっと意志が強ければ「ニート」なんぞにならず、職に就く筈であって、そんな論理は単なる「甘え」でしかありません。

企業で上手(うま)く立ち回って出世する奴もいるが、中には貧乏くじを引かされ、苦労の割には報(むく)われず、それでも必死で頑張っているサラリーマンがいるんですよ。そんな彼らにしてみれば、「ニート」なんてのは、「雑草」以下ですよ。

「雑草」は踏まれても踏まれても、力強く生きている。「ニート」もそれを見習うべきです。


先ごろは、ありがとうございました  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月11日(火)20時43分54秒
久保田さま、先ごろはご教示ありがとうございました。お礼言上(ごんじょう)がおそくなり、申し訳ありません。何しろ、パソコンは初めてで、習いに行くのも、教えてもらうことも、できませんので、また、再々、ミスをするかも知れず、予(あらかじ)めお詫び申します。言いたいことが一杯で、気がせきまして、皆様にご迷惑かけることもあるやに存じますが、伏してお詫び申しておきます。
さて、日本の近代史を、若い人が、日教組と朝日毎日、岩波、NHKのせいで、暗黒に思い描いているのは、ゆゆしきことです。若い人だけでなく、いい年をした白髪のジジババまでが・・・・
ここの管理人さんたちは、お若いのに、しっかりしておられ、お蔭様で私みたいな市井(しせい)のおばさんまで、ものが言えて、とっても嬉しいです。


知らしむべからず、依頼らしむべし  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月11日(火)20時42分42秒
その本義は、為政者が民草(たみぐさ 民衆)を情報統制して独裁する、と言う意味では無く、政治は為政者がしっかりやるから、民草は為政者を信頼して仕事に精を出して下さいよ、と言う事。

善政が布(し)かれていれば、民草が政治に無関心でいられる訳で、ある種、政治の理想ですね。


↓その通り  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月11日(火)20時32分47秒
>拉致された家族は、政府が無責任に放置したので、家族自らが、路頭に立って、国民に呼びかけた。
>総理はとうとう圧力をかけると言って、何もしなかった。国を守る為に、犠牲となった人を祀(まつ)
>靖国神社参りの、国民への約束も違(たが)えた。竹島も尖閣へも何の積極的手だても、講ずる気配もない。
>日本海と言う呼称への韓国の言いがかりすら、韓国へ厳重抗議しない。こんな総理が選挙で選ばれるのが
>民主主義だろうか。

だから、私は「小泉」と言う男が許せない。
「靖国」にしろ、「拉致」にしろ、権力保持の為の「出汁(だし)」に使ったに過ぎない。何が「対話と圧力」だ? 二度も訪朝して「対話」した結果がどうだった? 「対話」で埒(らち)があかなかったにも関わらず、一体何時(いつ)「圧力」を掛けた? 信長気取りのあの男だけはどうにも許せん。

正直、誰かに「本能寺の変」を起こしてもらいたい位だ。


民主主義と言う言葉  投稿者:三保 平清  投稿日:10月11日(火)19時11分55秒
日本人は「民主主義」と言うと、金科玉条の様に思ってしまう。確かに今の日本には言論の自由はあるだろう。しかし国家としての体(てい)をなしていない。国民が外国に不当にさらわれようと、放っておいた。さらわれた人に自由があるか。結局日本で安逸な暮らしを貪(むさぼ)っている人の戯言(ざれごと)ではないか。拉致された家族は、政府が無責任に放置したので、家族自らが、路頭に立って、国民に呼びかけた。総理はとうとう圧力をかけると言って、何もしなかった。国を守る為に、犠牲となった人を祀(まつ)る靖国神社参りの、国民への約束も違(たが)えた。竹島も尖閣へも何の積極的手だても、講ずる気配もない。日本海と言う呼称への韓国の言いがかりすら、韓国へ厳重抗議しない。こんな総理が選挙で選ばれるのが民主主義だろうか。民主主義とは成熟せずに腐敗するのではないか。戦前の「高橋是清(これきよ)」「井上準之助」「斉藤孝夫」「山本権兵衛」「米内光政(よない-みつまさ)」などが戦後現れたのか。「吉田茂」位で後が続かない。衆愚政治となった。

大体西欧の民主主義もいかがわしい。英国の宰相「ディズレリー」はスエズ運河買収案を、議会にかけずに、独断でユダヤのロスチャイルドに資金提供をあおいだ。フランス革命とは血で血を洗う殺し合いだった。そしてその後の植民地獲得があったからこそ、やれ人権だの自由だの平等だの国内で言えた。植民地の人間は途端の苦しみに喘(あえ)いだ。おまけに奴隷貿易のどこが自由で平等なのだ。英国では今でも身分制度が厳然としてある。庶民の力は大きくなったが。結局西欧の民主主義とは、貴族王族が殺し合いをしないで、政治の意志決定をするしくみだ。一般庶民の為のものではない。選挙に出られる階層は限られている。そして議会の決定事項の名の下に、侵略や戦争を行ってきた。日米戦争しかり、イラク戦争しかり、湾岸戦争しかり、ハワイ併合しかり。

『第二章 民主主義の常識』(「国際戦略参考資料」より)
http://fuku41.hp.infoseek.co.jp/1407282.htm


Re:依らしむべし、知らしむべからずは、江戸時代  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月11日(火)14時23分41秒
江戸時代ですら、そうではなかったように思います。


依頼らしむべし、知らしむべからずは、江戸時代  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月11日(火)13時58分20秒
明治憲法下に生きた先祖たちを馬鹿にしちゃいけません。
憂国の士さん、あなたも五流マルクス主義学者の書いた教科書で学んだのですね。憂(うれ)うべきことです。これから頑張って勉強してね。
さて、全体主義に対する概念は、民主主義ではなく、個人主義です。
いまの憲法のダメなところを、私はこれからも、しつこく言い続けます。
憂国の士さんは、ほんとに私の申して来たことを、理解してくれたのでしょうか。
はなはだ、こころもとないですねぇ。


民主主義という言葉  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月11日(火)13時40分16秒
憂国の士さん、あなたの仰(おっしゃ)りたいことを、民主主義という言葉で表すのをやめて、他の言葉を使ってみたらいかがでしょう。
私は憲法の講義の最初に、教授が「民主主義という言葉は、多義的で、多様に使われているので、使ってはいけない」と言ったのを覚えています。立憲制とか、議会制とか。
立憲民主制とか・・・・。ちなみに、明治憲法は立憲君主制の体裁ですが、国民の権利はかなり保障されていました。三権分立の堂々たる近代憲法です。議会もありましたよ。明治憲法が悪いものだと、誰があなたに教えたのですか。
何べんも言うけれど、明治憲法から現行憲法の内容は、容易に解釈演繹できると、憲法学者が申しております。あなたは「坂の上の雲」を読まれましたか。
もしまだでしたら、必ず読んでください。国民的叙事詩です。あれを読んで近代史への考えが変わった人が、沢山います。東大の藤岡信勝先生は、「目から鱗(うろこ)がおちた、それまでの自分の日本近代への考えががらっと変わった。そして、ほんとうのことを知るために、本箱ひとつ一杯の本を読んだ」と言っておられます。
「依らしむべし、知らしむべからず」は、江戸時代のこと。そんな乱暴なことを言っては、明治憲法下に生きた人々を、先祖たちを侮辱しています。


民主主義という言葉  投稿者: 白髪交じりの黒髪  投稿日:10月11日(火)13時05分58秒
(本投稿は、10月11日(火)13時40分16秒投稿分と内容が同一であり、更に後者投稿は追補がある故、管理者権限に於いて本投稿は削除)


浪人生さんへ  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月11日(火)12時07分56秒
あなたと全く同じ質問をなさった「江戸に住む人」という若い方に、皆さんが答えておられます。この板を遡(さかのぼ)って、よく読んでね。
天皇という存在は、我々の生活に一見何の関係もないように見えるが、大違い。
伝統というものを否定するのは、自分自身を破壊するような野蛮なことなのです。
よろしいか。この板を遡ってよく読んで、まだ納得がいかなければ、真面目(まじめ)な質問をなさればよろしい。そうしたら、皆さん丁寧に答えて下さるでしょう。
人生の何たるかも、まだ分かっていない人に、日本の国の素晴しさが、分かる筈はありませんね。


自由主義的伝統主義  投稿者:霧山人  投稿日:10月11日(火)08時54分1秒
 過去の伝統主義を封建主義的伝統主義と名づければ、これを福澤諭吉は嫌ったものであろう。しかし、福澤の嫌悪は、誇張に解釈されて、現代までには、伝統主義全体までが、払拭され始めてしまった。これは西洋イデオロギーの拡張による、伝統の衰退であるが、このイデオロギーは保守・革新とか、右と左という言論軸によって、本来の日本の伝統を封じてきたものであった。それが今までのインテリ・マスコミの役目であったわけである。実際に、封建主義というものは、主従関係があって、自由というものはなかった。

 そこに福澤諭吉は文明の精神をもちこんで、日本人の自立自尊を謳(うた)ったのだった。しかし、その文明の精神とは一体何なのかが、つかめなかった日本人は、精神的に衰退し、大戦争を引き起こし、その結果、属国の地位に甘んずるようになってしまった。日本の伝統は、軽視され忌(い)むべきものとして圧殺されつつある。日本人が日本の伝統を自由に抑圧されることなく発揮することができることを望む。これを自由主義的伝統主義と呼びたい。


民主主義は嫌なもの??  投稿者:憂国の士  投稿日:10月11日(火)07時14分38秒
こうしてお互いに愚(ぐ)にもつかぬ事を言いたい放題言えるのも民主主義のお陰ですよ。体制に反対する事でも平気で言える、それを暴力で圧殺しようとするものから国が法律で守ってくれる、それが自由民主主義です。

今の世の中、たしかに嫌な事も多いが、「人間を無制限に自由に」してはいません。世界には沢山の民主国家はあるが、日本を含めてみんな憲法、法律を持っています。産業製品の規格統一と国民の思想の自由、信教の自由などとは別物。民主憲法の廃止を皆さん望んでおられますが、そのあとに何を持ってくるのでしょうか?なるべく自由に、が民主主義、なるべく制限して、が全体主義。

国がやる事は我々が払った税金でまかなわれている。それがどういう風に使われるか、自分の国がどんな方向に進んでいるか、その進路が間違っていると思ったら意見を言う場があるか、、、民主憲法ではこれがすべて保証されています。旧憲法では国民は「依らしむべし、知らしむべからず」でした。

「お上(かみ)」の言うままに動けば楽でしょう。しかし「お上」が常に正しいだろうか、いつも国民の為を思って政治、外交を行ってくれるのでしょうか、、黙々とついていった結果が昭和20年8月15日の大日本帝国の崩壊ではなかったのでしょうか?

不具者、精神異常者を含めて「異端」とみなしたものを強制収用所に入れて殺してしまったナチスの統制より、多少ともだらしないところがあっても私は自由民主主義を選びます。民主主義はしんどいものです。国民が積極的に国政に参加しないといけない、参加出来る、、、自分で自分たちの国、社会を律していけないほど日本人は腰抜けではないし後進国ではありません。世界を見渡して民主主義でない国がどの国かを見れば分かると思います。

ちなみにヒトラーは「キリスト教徒」ではありません。


間抜けで弱〜い中国人よ!  投稿者:ここで一番  投稿日:10月11日(火)03時23分17秒
『アヘン(麻薬)』で戦争し負けたアホで間抜けな弱〜い中国

アヘン戦争では『大英帝国』に清朝時代のアホで間抜けな弱〜い中国が敗戦し(笑
これ今から約160年前のこの戦争こそが『近代欧米列強』によるアホで間抜けな弱〜い中国の植民地化の開始となった。

その後はアホで間抜けな弱〜い中国の植民地化が瞬く間に拡大に拡大する。
アホで間抜けな弱〜い中国の領土はあっという間に4分の3が植民地化されてしまう。

1『フランス帝国』が、広東省・広西省などを植民地化
2『ロシア帝国』が、北京以北すべてを植民地化
3『大英帝国』が、江蘇省・安徴省・淅江省・湖北省など中部の数省を植民地化
4『ドイツ帝国』が、山東省を植民地化
5『ポルトガル帝国』が、マカオを植民地化

上記、植民地勢力範囲は三笠書房『この一冊で 世界の歴史がわかる!』厚み約3cmの分厚い本で、著者 水村光男氏からの抜粋。

氏は、東京教育大学文学部史学科を経て、同大学大学院博士課程終了(東洋史学専攻)。
主な著書に『コンサイス人名辞典〜外国編』三省堂、『世界史のための人名辞典』山川出版社などなど多数。

本題に戻ります。

という具合にアホで間抜けで弱〜い中国の領土は4分の3が植民地化されてしまったのだ。
1905年頃のこれがアホで間抜けな弱〜い中国の植民地化・奴隷化の状況である。

その後もアホで間抜けな弱〜い中国の植民地化は急速に拡大する一方だった。
欧米列強による『全世界植民地化』の急激な流れの中で、オーストリア生まれのヒトラーが現れる。

経済危機にあったドイツを、彼は『キリスト教徒』として『ユダヤ民族絶滅』をスローガンに戦争へ突き進んだ。
『血の浄化』、『民族浄化』=『ユダヤ民族絶滅』と唱えて、なぜかポーランドでユダヤ民族大虐殺をやった。

大陸側の戦争の残虐性について、

大陸側の戦争は『残虐を極める』が、かつて『ジンギスカン』が東欧まで征服した侵略戦争もそうだった。

我が国への『蒙古襲来』=元寇もそうで、壱岐・対馬ではすべての若い女性を生きたまま掌に穴を開け、ロープを通し船に吊るし強姦、奴隷、虐殺したとある。また残った老人・子供すべて皆殺し大虐殺する。

最初の蒙古襲来ではモンゴル人・漢人・女真人・高麗人など非戦闘員を含む3万人を、2度目の襲来は東路軍4万と旧南宋軍を主力とした江南軍10万、計14万人だった。

この殆(ほとん)どが全滅するという散々な状況で蒙古(元)は敗退する。その後の襲来はクビライの死と共に完全に頓挫する。

我が国への侵略は完全な失敗に終わった。我が国はその後、主に壱岐・対馬・五島列島で生き残った人々による『倭寇』(倭の国が侵略するの意)は海賊として非常に恐れられた。『前期倭寇』と『後期倭寇』がある。

モンゴルは今では国民所得も非常に少なく科学技術も発展が遅れかつての面影はない。

蒙古騎馬民族とは、我が国で言えば武田信玄の『騎馬隊』が、織田信長の『鉄砲隊』に、木っ端微塵(こっぱみじん)にバラバラに吹き飛ばされ討たれ死に、今は時代に取り残された状況に置かれている。

衰退する蒙古人よ相撲なんか取ってる場合じゃないぜよ、
アホで間抜けな中国人よ昔から何度も国を乗っ取られ歴史が分断された弱〜い中国を判っているのか!


コラ!ふざけんなよガキ  投稿者:大神 正念  投稿日:10月10日(月)23時14分8秒
何?
ニートを作ってしまった教育を見直せ?
そんな甘っちょろい事を言ってるからだな、仕事にも満足に就けんのだろーが。あ?
ちゃうんかコラ、ナメてんのか?
お前等の様なアメリカンナイズに甘んじたガキが出るから、天皇制が象徴として必要
なわけだがな。分るか?ガキ。
フリーターやプータロー。お前等に食わせる無駄な税金をな、誰が稼いでやってると
思ってんだ?このクソヤロー!
ナメてんじゃねーぞ。働け!この腐った役立たずモンが!
世の中の事を知った様な口叩いてんじゃねーゾ 坊や。
いっちょ前の口はな、自分でちゃんと稼いでから叩け。な。分ってんのか?


(無題)  投稿者:しがない浪人生らしき者  投稿日:10月10日(月)22時31分6秒
女帝論議をする前に、天皇制が必要かどうか議論すべきではないでしょうか。わたしは、廃止すべきだと思います。象徴である天皇の役目は本当に象徴だけです。税金の無駄使いだけでなく、そこに生まれた人々の縛られた人生を想像したことがありますか。戦後の日本にはもう必要のない"希望”ではないのでしょうか。儀式的なことは小泉さんに任せて、天皇一家を解放するべきです。

ニートを責めたて、北朝鮮に渡すのではなく(少子化の中、ニートは重要な“人材”?生殖能力はあるわけですから)ニートを作ってしっまた今の教育を見直すべきではないのでしょうか。自衛隊に強制入隊させるのには賛成しますが。健全なる精神は健全な肉体に宿るのですから。今の教育は夢のない世代を作ってしまったと思ってます。知識を押し付け、使わないものを覚えさせる教育は間違っています。フリーターやプータローも同じものの産物です(二つの違いがあまりよく分からないのですが、誰か教えてください)。個人的にはアメリカンスタイルの自発的な学習を励ます教育がいいと思います。そうすることによって、関心ある分野が見つかり、その分野をより多く学べる選択性のある授業をするべきだと思います。つまり、個人の選択によって、受ける科目が決まり、大学入試もそれらの中から何科目という学習意欲をそそる教育がよいと思います。皆さんはどう考えますか。そうしたことによって、夢ある人々が育つのではないでしょうか。そもそも、今の社会は物質的に豊か過ぎるのです。毎日の食事のため、仕事した人々と比べ、今の人は仕事しなくとも食っていけるから、ニートという生き物が生まれるのです。

今、毛沢東について調べてますが、彼が中国にもたらした影響をどうまとめていいのかいまいち分かりません。私は彼が希望を象徴したことが一番重要だと考えますが、どうも素人チックな浅はかな見解だと思えてなりません。皆さんの考えを聞かしてください。


RE:一時の氣迷ひで女帝論議  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月10日(月)21時49分15秒
>首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女帝容認の方向へ答申をまとめた様子ですが、
>その点この掲示板辺のご意見の大勢はいかにや。歴史の重みをかろがろしく扱ひ居るやうに思へて
>ならぬし、国体の基本を変へることは災ひを招くかと思ふのですが。

決して軽(かろ)んじる積もりはありませんし、無関心でもありません。
この件については、私自身の見解を近日中に弊ウェブ中「歴史再考」にアップ致します。
したがって、此処(『喫茶室』)へは敢えて投稿しませんので、悪(あ)しからずご諒解下さい。


(無題)  投稿者:しがない浪人生らしき者  投稿日:10月10日(月)21時41分20秒
今日はじめて投稿します。よろしくおねがいします。
なんか聞いてると独裁を悪いことだといっていますが、もし私が理解しているように独裁とは中国のような一党支配を指すなら、別に悪いものだとは思いません。歴史上も一人で国を治めるのに成功していた国もたくさんあります。もちろんずっとそうはいきませんが(それが人間の性、権力は麻薬です)、その支配者さえしっかりしていればいいとおもいます。日本のように、国民が政治に余り関心のない国にとっては丁度いいかもしれません。今の自民党がそうですが。しかし、そうはいかないのが人間です。人間って難しいですね。
思うには、一党支配が暴走しないように監視機関を設ければいいんじゃないのでしょうか。でも、そうすればもう独裁ではない?難しいですね。


民主主義は嫌なものです  投稿者:黄東洋  投稿日:10月10日(月)20時31分40秒
「国旗国歌法」などが通ったとき、決まり文句が「もっと議論を」、「信を問うべき」。
郵政法案否決を受けて信を問うことをした結果は自公与党圧勝。
これが民主主義の結末です。

回轉扉、三菱ふそう、JRなど、民間企業を経営する民衆が自由に物を作ると、安全基準がバラバラになって、人が死なないと改善措置がなされない。
学校で切れて同級生を刺す者が出るように、人間を無制限に自由にすると殺しや略奪が起こるわけです。
これが民主、自由、個人主義の結果です。
台風で無秩序になったアメリカ合衆国南部など法や警察の縛りが取れ、自由と個人主義が究極まで進み、盗み放題、壊し放題、何をしてもいい個人主義の悲惨な惨状となっています。

民主主義や自由は最悪の制度で、人間は平等ではありません(人間は不平等を望む)。
そういうことがわかって来ました。

リフォーム詐欺などに騙(だま)される人が多いのは「自分だけは災害に遭いたくない」という利己主義のためです。
自分の家が危険なら町の他の家々も危険と考えるのが筋で、まずリスクを皆で共有し、国で安全基準を変えてもらって、それから一斉に国中で(石綿除去のように)改築を行うのが平等というものです。

アメリカの公民権運動のキング牧師が行ったスピーチなど、今思えば共産主義のユートピアに似ています。
今のアメリカは弱肉強食の不平等社会です。


玉砕、無職、被災  投稿者:黄東洋  投稿日:10月10日(月)20時20分19秒
郵政法案反対派が轉向したことを批判する声は多い。
少数でも郵政民営化法案反対を貫き、闘い抜き、玉砕すべきだと。
そういう人たちが、例えば朝日新聞などが大東亜戦争については「東京大空襲の前に降伏すべきだった」「原爆投下の前に降伏すべきだった」と言うのは矛盾している。

国会議員が議会で自民党執行部相手に最後まで戦うべきなら、日本も戦争ではアメリカ相手にとことん戦い抜くべきだったのだ。

重慶空爆の前に支那が日本に降伏していればよかったと言えるだろうか。

日本にとり最初の敗戦は、日本人が虐殺され、日本語もなくなる危険性があった。
ニートを北朝鮮や北印度に送り、変わりに北朝鮮へ拉致された人を返してもらったらどうか。

日本に溢れている「ニート」という無職怠慢の集団を北朝鮮に献上しましょう。
その代わりに拉致被害者を変換してもらいましょう。
日本にいる「ニート」を全員強勢連行して、国外追放にしてください。
Bali 島などに巣くうテロリストと戦わせて玉砕させるべし。
または、「ニート」を自衛隊に強勢入隊させ、Islamabad の被災地へ送って無期限の復興支援に当たらせるべきです。

朝日新聞は「竹島には人は住めないし漁業以外に価値はないので韓国にでもくれてやれ」と主張しています。
それなら竹島はロシアにでも献上し、代わりに千島南部を日本に返して貰いましょう。

日本は天皇制維持を前提にして降伏しており有条件降伏では?
トルーマンはポツダム宣言を故意に日本が降伏に同意しないような形にして、原爆投下までに日本が降伏しないように工作していたようです。
例の「つくる会」の最新の歴史教科書や同会関係者は「原爆のお陰で戦争終結が早まった」というアメリカ直輸入の歴史認識で、対米從属そのまま。こんな賣国奴教科書では他の教科書と大同小異で、採擇率が少なくてよかったと言えます。

インド洋地震、パキスタン北部地震を見て思うのは、地震の巣でありながら自然災害に関する情報網が粗末で、家が耐震構造になっていないこと。
つまり、日本で地震のたびにテレビで津波情報が出るのは、お国柄ということです。
シナでも建物は煉瓦(れんが)を積んだだけの積み木細工のようなもの。

こういう国々では地震で家がすぐ倒れても、また石や煉瓦を積んで家を建て直すことができるからいいという考えでしょう。
人が下敷きになっても、民衆は泣くなり神に祈るなりして、自然災害だからと諦(あきら)めて歳月が過ぎればいいということです。

日本では地震や台風に関する上表や防災設備、家屋の耐震構造に気を配っています。
それは自然災害でも「国や科学者や企業があらゆる手段で全ての人命を護(まも)ってくれるはずだ」という、暗黙の前提があり、ある意味、民衆が国に甘えているわけです。
從って地震や災害では「行政は何をしている」という批判が出てくる。
それで事がおこれば国や企業を裁判で訴えて金を巻き上げないと気がすまないという人たちの集団ができるわけです。

『Yokohama Eleven雑記記録掲示板』
http://6302.teacup.com/yokohamaeleven/bbs


無条件降伏  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月10日(月)18時15分42秒
竹下義朗さんの新論考にありました「日本無条件説」というのは、いつだれがプロパガンダを始めたのでしょうか?
私は戦後の義務教育の教科書は知らないので・・・。


なぜ、バブルを起こしたか。  投稿者:霧山人  投稿日:10月10日(月)16時27分8秒
最近、近代化とは何だったか、ということを調べてますが、日本の80年代には、日本人は、内発的な近代化を行う下地ができていました。明治の近代化は、上滑りだけで本当に近代的市民社会を築くことはできなかった。イギリスの場合も、150年ほどしてようやく近代の精神を築き上げてきた。しかし、日本人は、明治維新によって、近代の精神発達を遂げることなく、西洋文明を取り入れたまではよかったが、その精神土壌である封建的従属からは脱しきれていなかった。そうして、明治維新から150年後、日本人もようやく中産階層が力を持ち始めて、国民総中流とよばれるようになった。ここからは、想像であるが、この国民総中流はおかしい、と言い始めてから、フリーターがつくられ、やがて膨らんだバブルは破裂することになる。このバブル崩壊は、勝ち組、負け組を形成するに役立ったが、その結果、もたらされたのは、封建主義的伝統主義であった。つまり、中産階層が崩壊することによって、日本人は真の近代的市民社会の形成を阻(はば)まれたということになるのだ。そして、今に至っている。とにかく、なぜ、80年代の天国から90年代の地獄へ至らねばならなかったのかは、考えるべきなのである。


白髪交じりの黒髪さん  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月10日(月)15時32分31秒
そういえば、本日付けの歴史再考コラム『大日本帝国は「無条件降伏」等していない!!(2005.10.10)』がアップされましたね、とさりげなく告知してみました(笑)

 この掲示板は『偶(たま)に』投稿したものがすぐに表示しない時がありますよ。少し待てば反映しますかね。

 また、この掲示板は↓最下段↓の『パスワード』の隣・・・管理者メニューをクリックすれば先の投稿した内容を修正できます。そうすると・・・自身の投稿欄・右下のトコロに編集済と表記されます。

 ただ・・・こちらの管理人・竹下さんがマメに過去ログとして残してありますのでお早めに・・・ですが。


くどいようですが・・・  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月10日(月)14時38分25秒
さっき確かに投稿したのに、消えてしまっています。パソコンに慣れないので、まるで魔法にかかったみたい。・・・・わからない、・・・・ああ。
さて、同じことをもう一度書きます。
民主主義とは、善でも悪でもない。それは、価値中立的な、パイプみたいなもの。
かのワイマール体制は、合法的、民主主義的手続きによって、崩壊した。
ナチを生んだのは、民主主義なんです。
上からの強制、独裁を生むのも、また民主主義。
民主主義を善だとして、過大評価しない方がいい。ここに集まる人は、誰も
民主主義を否定しておられません。私もですよ。 誤解しちゃいけません。


国防グローバル化への日本!  投稿者:ここで一番  投稿日:10月10日(月)13時50分36秒
我が日本国の『国防グローバル化』は絶対に避けられない!

戦後の韓国は凶産(共産)独裁主義北朝鮮の侵略にである朝鮮戦争では自由主義圏の防波堤になり、我が国はその朝鮮戦争景気でボロ儲けした(^0^)

考えて見れば我が国は戦前も戦後も、実力もあれば実に優秀で神仏が付いているかのごとく運もいい(^0^)

逆に韓国では危険な凶産独裁軍国主義国2つに囲まれてしまい不安と緊張の連続でやってられない。
だからキムチ食らって神経を麻痺させ日々しのぐという踏んだり蹴ったりの散々な国。

どうすれば運が開けるのか?という問題提起はナンセンスだが、どうして踏んだり蹴ったりなのか?
あるいは韓国が大国になれない究極的な敵とはなにか?それは、

1)、危険な凶産独裁主義である中国・北朝鮮および、
2)、究極の人種差別主義アメリカであるのだが、

それを韓国が直視できないことに重大な問題があることが判った。

しかも欧米では今もって世界に『植民地自治領を大量に維持し資源を搾取』している植民地主義だ。
下記がその植民地領を列挙するサイト(派手なHPだが情報はまとも)
http://www.j-flags-java.org/new_page_15.htm

中国の半分は植民地自治領。チベット自治区・内モンゴル自治区・新疆ウィグル自治区などでは、独裁者コキントウによって過去『至上最大の虐殺(4千〜5千万人)』が起こされている。

実はこれこそが韓国が惑わされ、いつまで経っても小国で、運にも見放されてきた究極の敵。

これを韓国が認め、今までのように安易な考えや道を選ばず、他国の経済に頼らず!吠えず!
真の大国への根本的な問題に立ち向かわなければもうだめなのだ!韓国よ変われ!

時代の大きな究極的な流れ、アジア有色人種共同体 VS 欧米白人種共同体には永遠に逆らえない!

我が国の『国防グローバル化』、自主独立、独立国家、経済大国、自由民主主義は、結果的に韓国にもアジア諸国にも『強大な恩恵』をもたらすのである。これ間違いない!


民主主義でも争いは起こる  投稿者:山猿  投稿日:10月10日(月)13時18分21秒
 それが 領土の問題 あるいは異宗教間の争い
いずれにせよ 争いごとが人間の DNAの中にあるそうです。
国家間の 争いもほんの些細(ささい)なことで 起こることもある。
韓国のお話が出ましたが やはり内政干渉と見て入られない
こともあるかも知れません。
金総書記体制を支持する 若者が増えている。
民主主義より 民族の絆(きずな)を選ぶ?
 儒教思想の強い国 血族を重んじる国家に 独裁の力が
加わることを 強く懸念せざるを得ない


くどいようですが・・・・  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月10日(月)12時45分39秒
民主主義とは、善でも悪でもない。
それは、パイプみたいなもの、価値において、ニュートラル。
かのワイマール体制が崩壊したのは、合法的、民主主義的手続きによってです。
ナチを生んだのは、民主主義なんです。
ここの皆さんは、誰も民主主義を否定していません。私もです。
民主主義が善だという迷妄から、早く醒めてください。
上からの押し付けは、独裁。独裁を生むのもまた、民主主義です。


嫌韓流  投稿者:ここで一番  投稿日:10月10日(月)11時03分37秒
戦前は韓国併合、戦後の韓国は凶産独裁主義の侵略、朝鮮戦争の防波堤。
我が国はその朝鮮戦争景気でボロ儲(もう)け(^0^)

我が国は戦前も戦後も実力もあれば優秀である。神様・仏様が付いているかのごとく実に運もいい(^0^)

ところが韓国では危険な凶産独裁軍国主義国2つに囲まれてしまい不安と緊張のしっぱなしだ。
だからキムチ食らって神経を麻痺させ日々しのぐという踏んだり蹴ったりの散々な国。

どうして踏んだり蹴ったりなのか?どうすれば運が開けるのか?という問題提起さえも勘違の韓国。

韓国が大国になれない絶対的な敵とは、1)、危険な凶産独裁主義である中国・北朝鮮と、2)、究極の人種差別主義アメリカであるのだが、それを韓国は直視ができない。

欧米は今でも『植民地自治領を大量に維持し資源を搾取』している。
http://www.j-flags-java.org/new_page_15.htm

中国の半分は植民地自治領。チベット自治区・内モンゴル自治区・新疆ウィグル自治区などでは、独裁者コキントウによって過去『至上最大の虐殺(4千〜5千万人)』が起こされている。
“ずばり”言えば韓国がいつまで経(た)っても小国で運にも見放される『絶対的な敵』がそれらだ。

これを韓国が認め今までのような安易な考えや道を選ばず、他国に頼らず!吠えず!真の大国への根本的な問題に立ち向かわなければもうだめなのだ。
アジア有色人種共同体 VS 欧米白人種共同体という大きな時代の究極的な流れに逆らえなくなる。


韓国  投稿者:憂国の士  投稿日:10月10日(月)08時31分23秒
韓国と日本、、、お互いにこんなに嫌いあい、バカにしあっているのに、なぜ戦争にならないか、、、それはどちらもが民主国家だからです。朝鮮半島がすべて共産化して全体主義国家だったらそうはいきません。民主主義国家同士で戦争はないのです。

それは何故(なぜ)か?民主主義では「話し合い」「お互いの立場の理解」が大切にされる。問答無用!!ではないのです。勿論常に双方が満足する結果にはならないが、だからと言って早速殴り合いにはならない。帝国海軍ファンの私としては朝鮮海峡に旭日の軍艦旗がひるがえり、自衛艦の砲撃で韓国軍艦が撃沈される光景は頭に描きますが(笑)、そうならないのは両国が民主主義の国だからです。太平洋戦争終結後、火事場ドロボーのソ連は北海道、どころか東日本の分割統治を要求しました。盗人(ぬすっと)たけだけしいとはこの事ですが、もしそうなっていたら、、、寒気(さむけ)がします。

アメリカもイギリスもフランスも、そして多くの国が民主主義の国です。民主国同士は口では結構ののしり合いながら戦争にならなくて済んでいる。国民は国民で好きな様に国の指導者を批判し、言いたい事を言っている。民主主義の強さは、国民の創意が国策に繁栄され、国民は自分たちの意見の総集編としての国の政策だという意識が強いからです。上からの押し付けは結局はもろいものですよ。

どうして皆さんがそんなに民主主義がイヤなのか、本当に分かりません。


嫌韓流  投稿者:ここで一番  投稿日:10月10日(月)02時30分34秒
最も近い周辺国の2つが危険な凶産(共産)独裁主義国で囲まれた韓国ははっきり言って軍国主義にならざるを得ない。
韓国人が北朝鮮に何千人も拉致、抑留されているが例(たと)え帰国したとしても、北のスパイとして警戒され信用されず親戚までも信用されない。

だから韓国の拉致家族の返還要求も韓国軍部、政府は潰(つぶ)さざるを得ない。南北民族間で実はまったく信頼などあり得ないと言うのが真実。
北朝鮮じゃ朝鮮人同胞が圧制により虐殺され飢餓地獄をさ迷っていると言うのに同民族としてどうすることもできずにいる。

さらに最近では北朝鮮は輸出できなくなった大量の麻薬を首都ピョンヤンの上中産階級を中心に蔓延させている。
腐敗し腐り切った財政難のためにだ。崩壊寸前なのだ !!

我が日本国(自由民主主義国)の方が韓国では実ははるかに『絶対的に信頼』できる大切な巨大国家なのだ。
我が国の存在がなければ韓国など朝鮮戦争でとっくに凶産主義化され北と同じ飢餓地獄をさ迷っていた。

我が国の韓国への強大な恩恵と比べれば『天と地』の差がある。連中はそんなことは実は身に沁(し)みて解(わか)っている。
韓国人はすべて親日派でなくてはならないが、それを言うに言えないのだ。喉(のど)まで出かかってるんだが(^0^)

だから韓国で通常の政治的アンケート調査などをすること自体がナンセンスだ。
アホで間抜けな一部報道がいい加減に調査したものなんぞを真(ま)に受けないよう(^0^)

もし韓国で調査するなら一歩踏み込むことだ例えば、
1)『日本と北朝鮮ではどちらに住みたいか?』
2)『日本と北朝鮮ではどちらが人的交流が多いか?』
3)『日本と北朝鮮ではどちらが文化的交流が多いか?』
4)『日本と北朝鮮ではどちらが経済的交流が多いか?』
5)『日本と北朝鮮ではどちらが政治体制が近いか?』

などが考えられていいでしょう(^0^)


Re:女帝論議  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月10日(月)00時13分6秒
男系継続の問題につきまして、前にこの掲示板で長い連載をいたしました。
そこに記しましたように、男系永続をどうやって実現するかが大問題だと思います。
分家(皇室では宮家)を数家増やした程度では、現状では、男系は近未来に断絶してしまうのです。
私は医学的方法を採用する以外に道は無いように思いますが、私のような考えは少数派です。


RE:戦後日本の繁栄  投稿者:霧山人  投稿日:10月 9日(日)23時08分25秒
明治・大正にあって現在の教育にないものは、江戸時代以降培(つちか)われました実学の精神です。
もう、昭和の末の受験教育では、実物を教え込むことがなく、文字学問ばかり、知識偏重の教育が重視されました。そこで、その知識を詰め込んだはいいが、それが一体現実において、何の実体を指しているのかを調べることに、学校を出てから社会で学ばなければなりませんでした。結局、実学の精神に戻らざるをえないわけです。


無識者の集まり  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 9日(日)22時26分33秒
「皇室典範に関する有識者会議」は、素人の集まりです。
女性天皇は、一時的に認められても、「女系」の天皇は、今まで一人もおられない。
愛子様が皇位に就(つ)かれるのは許されるが、愛子様が「皇統に属する男系の男子」以外の民間人とけっこんされ、そこに出来たお子様が皇位に就かれたような例はない。
それは、「女系]天皇ということになる。
女性皇族方は、Y染色体を持っておられない。
皇統は一貫して、「男系」による継承であり、その原理を変える事は、国柄を変えることです。伝統の重みです。
軽々しく、素人に結論を出してもらいたくないですね。


自覚した日本人  投稿者:三保 平清  投稿日:10月 9日(日)21時28分41秒
日本人とは何か。日本国籍を持っていれば、それが即日本人ではなくなった。これまではそれが日本人と言う事で通用してきた。これからはそうはいかない。日本人である事のその文化的裏付けを問われる。日本人としてのさりげない動作が問われるのだ。日本人として、普通に身に付けていれば、どうと言う事のない事だ。これは日本人に限らず、世界民族の共通のしきたりである。日本人はこれまで、そんな事には無頓着であった。日本自身がこれから、日本の発展に寄与する人と、そうでない人をはっきりと弁別する。これは世界的現象だ。もはや無国籍人間は地球上に、生きて行けない。


一時の氣迷ひで女帝論議  投稿者:波江究一  投稿日:10月 9日(日)19時06分50秒
首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女帝容認の方向へ答申をまとめた様子ですが、その点この掲示板辺のご意見の大勢はいかにや。歴史の重みをかろがろしく扱ひ居るやうに思へてならぬし、国体の基本を変へることは災ひを招くかと思ふのですが。


一時の氣迷ひで
國歩歩み逸れ
惡さも露見
似非根絶やす杖に
葉裏威を縫ふ
冠唱へめ


いちしまのきまよひてこくほあゆみそれわるさもろけ
んえせねたやすつゑにはうらゐをぬふかむりとなへめ

『いろは 伊呂波 IROHA』
http://blue.ap.teacup.com/roha/


矛盾は無いような気が  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 9日(日)16時33分38秒
 白髪交じりの黒髪さんのご意見にありました、
>「殺されても靖国にまいる」といってもらいたかったでしょう。
 というのは、現実にはありえない架空世界の小泉総理のことですし、竹下義朗さんが批判しておられるのは、現実世界の小泉総理のことですから、ご両人は矛盾していないような気がします。


戦後日本の繁栄  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 9日(日)16時31分43秒
私は技術史を書いておりますが、技術者伝を調べてみますと、戦後日本の復興に尽力した人たち(技術界や経済界の中心となった人たち)は、明治から大正にかけての教育を受けてきた人たちであることが分かります。


靖国は尊ぶべき習俗  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 9日(日)15時57分18秒
憲法に振り回されてはいけません。一神教の国の発想で考えてはいけない。
靖国は、いわば習俗。  あれは、ペリー来航以来の日本そのもの。日本の近代の歴史そのものです。
それを否定するのは、自分自身を否定するのと同じ。ここがポイント。
公人が公人として、参らないなら、公人としての自覚がないのです。
最高裁が、憲法解釈に振り回されて、公人参拝違憲判決をだすのも、時間の問題であろう、私は悲観しています。


戦後の日本  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 9日(日)15時08分18秒
憂国の士さん、私はあなたのような優秀で、真面目(まじめ)な若い人と、話がしたかったのです。
大変、喜んでいます。
憲法を国の根本として、いろいろなものが派生してくる・・・そのとおりです。
しかし、有史以来の経済的繁栄は、防衛については日米安保という、かつての敵国に寄生して最小ですむよう九条を言い訳にして、自らは経済活動に専念した結果です。
以前、安保ただ乗り論なんてのが、ありました。
国際法に違反して原爆投下という、大量虐殺をした国に負ぶさっていることに、何の心のやましさもないのか。独立心はないのか。
この六十年、日本が戦争しなかったのは、東西冷戦と、冷戦終了後も、日米同盟があるからです。憲法様のおかげではない。
民主主義と対外的に確固たる態度をとることは、矛盾しません。確かに、その通りです。
しかし、確固たる態度をとれないのは、何ゆえか。それは、自らに高い誇りを持てぬからです。何故(なぜ)矜持(きょうじ)をもてぬのか。それは、大東亜戦争の意味を見失ったからです。
大東亜戦争に、負けたとはいえ、自国が国運を賭けて戦ったことの、意味を、考えないからです。日本はバカなことをした、程度で、放っているからです。
日本は朝鮮やドイツのように、国土の分断化は免れたが、日本人の頭には、三十八度線、ベルリンの壁ができたようです。そして、いまだそれは消えていない。
いまだ、朝日岩波的言論は、衰えていません。
一方、憲法様のおかげで、日本人は、命よりも、お金よりも、大切なものを措定(そてい)して生きることを忘れた。子供の自殺、子供による殺人の多発、親は子供を救えない・・・何故か、憲法様に人権人権と主張することを教えられたが、義務、責任、使命などという観念を忘れさせられたからです。いわば、生命至上主義。そして、経済至上主義。
あなたは、欽定憲法がよほど嫌いらしいが、欽定憲法からも、現行憲法で保障されていることの内容は、容易に解釈演繹で、カバーできるそうです。
戦後の日本は、国家イコール悪というマルクス主義史観と、日本イコール悪という東京裁判史観に、呪われ、縛られて、自分の国を真正面から愛することを忘れた。
日本人の頭から、羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くように、国家の観念がぬけ落ちた。
憲法改正において、九条、天皇条項は、まあ何とかすんなりと、改正されるかもしれない。       しかし、国民の国防義務、国家への忠誠義務が、もっとも肝要な点。
戦後の日本人に、いざという時の覚悟があるとは思えない。こんなことなら、明治憲法のほうが、まだましだ、と密(ひそ)かに私は思っています。勇ましいことをいう人ほど、いざとなったら、危険から逃げ出す、とは、左翼の常套文句。世の中は広い。人間をなめてはいけません。  再び申します。命よりも、お金よりも、高い価値を措定して生きることを戦後の日本人は、忘れた。これでは、犬、猫と本質的には、変わらぬではないか、と私は思います。


『八咫烏の足は果たして三本か』16  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 9日(日)12時28分26秒
◆◆◆ 著者のとりあえずの結論 ◆◆◆

 日本サッカー協会では、保守派の抗議を気にしたのかどうかは分かりませんが、シンボルマークの解説の言葉を少し修正したようです。
 現在はつぎのようになっています。

【ボールを押さえている三本足の烏は、中国の古典にある三足烏(さんぞくう)と呼ばれるもので、日の神=太陽をシンボル化したものです。日本では、神武天皇御東征のとき八咫烏(やたがらす)が天皇軍隊の道案内をしたということもあって、烏には親しみがありました。】

 つまり、日本神話の〈八咫烏〉の話を加えてはおりますが、それと〈三足烏〉とが等しいとは書いておらず、それとは別に〈八咫烏〉の話が神話にある――としているのです。
 これは、ここまでの著者の文献調査と矛盾しない書き方ではありますが、なにか釈然としません。
 言い訳しているように見えます。

 著者としましては、日本サッカー協会への抗議は、「日本神話も書け」というのではなく、

「日本のサッカー協会なのになぜ外国の伝説を採用するのか」

 ――の一点に絞るべきだと考えます。
(もし抗議するなら、の話です)

 日本サッカー協会の創始者が熊野出身だったので〈三足烏〉を協会のマークにした、という事らしいのですが、日本らしいマークは他にいくらでも有ると思うからです。


衆愚地獄?  投稿者:解法者  投稿日:10月 9日(日)12時06分10秒
>小泉サンに連れられて衆愚地獄への道を歩んでいるのではないか<

 民主党岡田政権よりヨホドマシなんだが!
 理想の政治などない! 次善で仕方がない面もある。


憲法と社会  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 9日(日)06時27分28秒
欽定憲法と新憲法そのものの比較検討も勿論大切ですが、憲法を国の根本として色々なものが派生してくる。法律、法規、各種規則、そして国民の気質、生活態度にまで影響してきます。

新憲法のもとで生活してきた日本人は当然その影響を直接、間接に受けています。その結果、世界でトップ・クラスの経済力を達成し国民は有史以来の豊かで自由な生活を享受しています。明治維新から太平洋戦争終結までの77年は戦争の連続でした(事情はともあれ)この60年、まったく戦争がないという事も特筆すべきです。

そして同時に、、、平和ボケ、、、まあこれだけでも大きな大きなテーマになってしまうのですが、日本はどこへ行く?を考えた時、小泉サンに連れられて衆愚地獄への道を歩んでいるのではないかと心配します。

イラク派兵にしても、国民が大反対した英国は、ブレア首相がTVで全国民に諄々と語りかけた。「アメリカはバカな事を始めたかも分からんが、第一次、第二次大戦で命を張って英国を救ってくれた。調子いい時だけ仲良くするのは簡単、苦しい時に助けてやるのが真の同盟国なのだ。私に反対なら次の選挙で別の人に投票して下さい」と言い切った。賛成、反対はともかく、聞いていて感動すら覚えました。ブッシュのテキサス牧場に招待されて舞い上がっている誰かさんとは大違いですな。

「殺されても郵政民有化を、、、」などと言うくせに、本当にヤバくなる可能性があるものは逃げ回る。尖閣列島、海底ガス田、竹島、不審船、拉致問題、靖国などの対応は見苦しい。尖閣列島にしろ竹島にしろ、海上保安庁の船が遠巻きにしてウロウロ、、、本当に日本の領土だと思うのなら自衛艦で海上封鎖ですよ。フォークランド戦争の時のサッチャー首相の断固たる態度は記憶に強烈です。

不審船など、領海を侵したら停船命令、無視したら威嚇射撃、それでも停まらなかったら撃沈、これは世界の常識。北朝鮮は「そんなフネは知らん」と言ってるのだから文句は言えないでしょう。

民主憲法がもたらした経済的繁栄、半世紀以上続く平和、こうしてなんでも自由にものの言える社会は素晴らしいと思います。基本的には優秀な日本民族が、「富国強兵」ならぬ「貧国強兵」だった戦前から一転して、民主主義憲法下で経済・産業に全力を挙げるとこうなるのです。そして民主主義と対外的に確固たる態度を取る事は矛盾しません。

ちょっと勇ましい事を言いましたが、だから欽定憲法に戻れ、とは決して思っていませんので、、、。


★ 好きな政治家・嫌いな政治家 投票所 ★  投稿者:亡の暗殺者  投稿日:10月 8日(土)21時30分1秒
好きな政治家・嫌いな政治家 投票所が新しく完成しました。
あなたが心から信頼している政治家。
総理になってほしい政治家。
または、早く死んでほしい政治家。
社会を悪くしていると思う政治家。
皆さんの好きな政治家、嫌いな政治家を選んで、じゃんじゃん投票して下さい。
よろしくお願い致します。

↓投票所
http://neykn.mine.nu/asp/rank/rank.asp?cid=9988989


九神さんは何を  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 8日(土)21時04分5秒
九神さんは何をおっしゃりたいの?
あなたは、九条死守派ですか。それなら、それで、別にいいですけど。はっきりと、言ってください。


Re:自民党は改革派=革新、社共は保守  投稿者:AZUMA Goro  投稿日:10月 8日(土)18時19分49秒
 本掲示板としては横道にそれるかもしれませんが、
 明治維新は一大改革です。明治維新で活躍した人達は革新でしょうか?
 尊皇攘夷で立ち上がったバリバリの保守です。
 後に、尊皇は多少怪しくなり、攘夷は開国に180度変わります。
 注目すべきは、幕府側、もちろん当時は保守本流とみなせますが、にも幕府体制ではもたないと考え、倒幕を影ながら支持していたふしがあります。それもトップが。私は密かにこれこそ日本人の知恵の表れであると思っています。
 今の自民党は明治維新以来の流れを一番、受け継いでいます。もちろん保守です。
 大前提ですが、革新と言うのは、マルキシズムの流れと言って差し支えないでしょう?
 マルキシズムは、当時の大英帝国の社会状況から生まれ、このままでは社会が持たない、革命が起こるとマルクスが予言した事に端を発します。
 この予言が当たらなかった、理論が間違っていたことは歴史により証明されました。
 従って、改革、改革派、守旧、守旧派という区分けは、保守、革新、自由主義、社会主義の区分とは関係がありません。戦後、自民=保守&守旧、社共=革新&改革という誤解が普及しただけのことで、考えれば、
  自由主義->常に改革
  共産主義->革命出来そうも無い->革命の為には社会が悪化する必要があるが、次善の策で現状維持->万一、革命がなったときのアリバイ作り->政府批判->改革を口にすることも
といった流れではないでしょうか?
 革新は後から来て、改革を宣伝材料としているにすぎません。
 明治維新からの歴史の流れを見れば、日本には改革できる多数派の保守と、改革に関係の無い、少数派の革新が存在するに過ぎないのです。


自民党は改革派=革新、社共は保守  投稿者:黄東洋  投稿日:10月 8日(土)17時12分18秒
教育勅語をろくに読まずに、反射的に嫌悪(けんお)するひとは、少し冷静になるべきですね。

どう考えても改革派は革新で、改革に反対するのは保守です。

「保守にこそ改革ができる」というなら、自民党は「保守」でなく「革新」を名乗ればいい。

「保守が改革をする」というのは、「社会主義者が市場経済をやる」という中共のような例外的発想か、一種の詭辯に近い言い譯です。

「保守」という上辺(うわべ)だけの看板を捨てたくないというようなものでしょう。

社共の「革新」政党も「改革なら各新党にお任せを」と言えばよかった。

社民党がもし、「護憲派にこそ真の改憲ができる」と言えば、從来の支援者はついていったかどうか。

自民党は「本当の改革は保守政党にこそ出来る」などと選挙戰で言ってはいませんし、そんなことを言ったら「妙な矛盾した論法」と解釋されたでしょう。

「少数政権だからこそ多数の意見を反映できる」という羽田政権の考えと似ており、羽田政権は短期で消えました。

しかしながら、「明治維新」は同時に「王政復古」であり、文藝復興(Renaissance)は革命であると当時に古代希臘(ギリシア)文化の復興でありました。

太陽中心説(所謂(いわゆる)地動説)も進化論も古代希臘の学問の復活でした。

社民党や朝日なども自民党の「改憲案」を批判するだけの万年野党では駄目で、護憲ならではの真の改憲、つまり保守ならではの真の革新、傳統派ならではの真の改革をしたらどうかと思います。

「終戦」後の昭和憲法がマッカーサー憲法だとしても、「戦後」の半世紀、改正するか否か責任は日本にあったわけで、半世紀余り改正しなかった意味で戦後の日本が進んで採用したと言えます。

それを認識した上で、60年経てば変えるべきというのは輿論の趨勢となっていますし、たとえ、自国産の法令でも改正は当然です。

昭和憲法を「GHQによるもの」と決め付ける発想は、日本の「戦後」国語改革を批判する「舊字舊假名(かな)」派が「現代假名遣(づか)ひはGHQの押し付け」、「戰後國語改革は終戰直後の混亂に乘じた出鱈目(でたらめ)なもの」というウソを平気で並べる「何でも進駐軍が悪い」という発想と同じです。

「戦後」の憲法も国語改革も日本人が進んで受け入れたもので、特に、国語改革はすでに「終戦」前、明治、それどころか平安時代から進んでいました。

某隣国が、まるで「犬に噛まれても日本軍国主義のせい」、「山が枯れても日本軍国主義のせい」、「風邪を引いても日本軍国主義のせい」などというような調子で日本に責任をなすりつけるのと同じで幼稚極まる愚論です。

要するに自己決定能力がなかったわけですから。

「GHQの押し付け」と言うのも半世紀後になってから言うのでは駄目で、「終戦」後、10年、20年経(た)つに至るまで何ら抵抗しなかった当時の日本にも責任があります。

国語改革にしても、明治〜昭和初期の様式を護りたい傳統派たちは「終戦」直後に改革が行われているのを黙って見物して何ら抵抗せず、「終戦」後、10年経ってから遅出しジャンケンのような批判を初め、「當用漢字に『犬』があつて『猫』がない」などということを「後から言いだした方がいらっしゃいますが……」という逆に批判を浴びています。

「日本が戦争に走るのを何で当時の日本人が止められなかったか」という愚問を今になってから言う人がいますが、「戦後」の日本もなんとなく改革が進んで、戦後民主主義への批判は後から。バブル批判と同じです。

今、日本中が「構造改革」「民営化」「日米同盟重視」を正しいと看做(みな)すように洗脳されていますが、これなら昔の日本が貿易を閉鎖されて勢力擴大を目指したのを大衆が支持しても不思議はない。

今の支那への投資ブームや韓流ブームは、いわば、半世紀〜1世紀前の日韓併合や滿洲國建国を進めた日本人の流れと同じものです。日本本土でだめでも海の向こうに行けば何とかなるという発想です。

実は今、滿洲や朝鮮に日本市場が擴大しているのは、昔の滿洲國建国や朝鮮併合の目的を達成しているわけで、從って日本と中韓の貿易が順調に進めば、たとえ日本が軍事大国になっても隣国を併合する必要はないでしょう。
隣国が日本の領土や日本人の安全を脅かすと、日本が法規を変えてでも軍事力を派遣する必要が出てきます。

今の日本が自作でもない戦後憲法を無批判に絶対視するなら、「終戦」前の日本人が当時の明治憲法を絶対視したとしても不思議はありません。


民主党議員「民営化は国益にかなうのか、アメリカの国益ではないか。」
自民党總裁「民主党はそんなに悲観的だから議席を減らした。」
この答辯は答えになっていません。
民主党議員の言うとおり、アメリカの国益になって、日本に不利益をもたらす政策で、それを大衆が誤って支持したから民主党が議席を減らしたという見方もできます。
小泉總理もその辺、話題すり替えをたくみにしているようです。

今になって大東亜戦争を「誤った国策」などと断定する小泉總理は靖国に参拝しても英霊に唾(つば)するのと同じ。
それでは、民営化と構造改革失敗したら、後になって我々の子孫は「誤った政策」、「2005年ごろの日本人は馬鹿」と嘲笑するのでしょう。
小泉氏は国民の代表ですが、「代表」なのは「郵政民営化」においてだけで、靖国参拝の代表ではない。本当に英霊を尊敬する国民一人一人が直接、靖国神社に参拝すればいいのです。


教育勅語と教育基本法  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 8日(土)15時37分12秒
教育基本法は教育勅語を全面的に否定し、法的にそれに代るものとして制定された、と言うのが定説のようですが、それは違う。
教育基本法制定当時、教育勅語と補完、並存の関係であった。少なくとも立法者意思はそうであった。勅語には、不易の真理があるのです。
占領軍の口頭命令により強要された衆参両院での教育勅語失効排除決議によって、教育勅語は排除されたのです。
占領軍の民生局によって、教育勅語は部分的には真理性を認められる、との当時の日本側の見解が、全面否定された。
教育基本法が否定したのは、軍国主義的、超国家主義的教育理念や、これと結びついた教育勅語万能思想であって、教育勅語そのものではなかった。
それから、CIE(民間情報教育局)によって、基本法前文の「伝統を尊重し」が削除されたことも、忘れてはならない。
私なんか明治の初めから「天皇制イデオロギーによる人民支配」などという、マルクス主義学者に、歴史を習ったのだから、ひどいものです。
自分自身で一からやりなおし・・・時間がいくらあっても足りないです。


それから、事実誤認を  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 8日(土)14時36分58秒
戦前の日本は、俺の言うことを聞かん奴は殺してしまえ、というような暗黒社会ではなかったです。治安維持法は、普通選挙法と一緒に成立したし、主として共産主義が国内に入り込むのを阻止しようとしたものです。取調べで死んだ人はいても、死刑になった人は一人もいないのです。渡部昇一先生の著作で、当時治安維持法違反容疑で捕まっていた親戚の人が、「天皇の名における裁判になったら、自分は無罪になる」と信じておられたとの事を聞き、目が覚める思い、と書いておられます。
東条さんは、坂道を滑り落ちるような祖国と言う電車の運転席に、必死でブレーキをかけようとして、座った人です。大東亜戦争の意味を、考えなくては、日本人の精神的独立は成し遂げられないです。私は残り少ない人生で、それをやるしかない、と思っています。


明治憲法と現行憲法  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 8日(土)14時20分39秒
憂国の士さん、あのね、憲法学会では、明治憲法と現行憲法はそれほど大きな違いがないんですって。私たちは違いばっかり強調されて、教えられましたね。
私もそうなんです。でも、外国の学者達が両者を見比べて「何だ、そんなに違わないじゃないか」というそうです。護憲派の憲法学者もそれを認めているそうです。私自身が論理的に詰めていないから、ここはそれを指摘するにとどめます。
しかし、護憲派の学者は「殆(ほとん)んど変わらないけれど、変わったところこそ、死守だ」と言っているそうです。  平和と民主主義、人権の強調、・・・端的に言って、それがいかん、と私は思う。今の憲法には、国家観念がうすい、民の権利は優れて守られている、が、義務観念がうすい、・・・たとえば国家防衛義務なぞと言ったら、猛反対が起きる、人間の正義感情が等閑(なおざり)にされている、国民主権を人民主権と混同するようなところがある、・・・・などなど。
それから、戦争ですが、民主主義国同士の戦争も論理上はあり得ます。何故かをよく考えて欲しい。人間そのものに対する洞察です。
あなたの言われる「上からの強権」をさけるために、民主主義という方法をとっている。
仕方なくです。民主主義への評価は、その程度にとどめておくことが、望ましいです。


新憲法  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 8日(土)12時38分49秒
私はこのサイトに参加させてもらってまだ間がないのですが、新憲法のどこがどういかんのか、と言う議論が一切ないのは実にフシギですね。とにかく「押し付けられたからいかん」の一本槍。

私もちょっとしつこくて申し訳ないが、施行依頼58年、そのままの姿で保持してきているのは、やはり日本にはこれでいいのだ、という国民の総意があるのですよ。余り見事に出来ているから批判する余地がないのでは???


『八咫烏の足は果たして三本か』15  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 8日(土)12時01分23秒
■■■■■ 三・六 補足と著者の結論 ■■■■■


◆◆◆『〈八咫烏(やたがらす)〉=〈三足烏(さんぞくう)〉』説の発端とは? ◆◆◆

 以上のように著名な学者が否定しているにもかかわらず、多くの人が〈八咫烏〉の足は三本だと信じているようです。
 古舘さんが司会をする人気の高いテレビのクイズ番組でも、そうなっていました。

 しかし著者が見聞した範囲では、ほとんどの人は、以上のような文献調査をした上でそのような見解に達しているのではなく、漠然と信じているように思われます。
 では、そのような説がいつ頃からどのようにして出来てきたのか――ですが、たぶん鎌倉時代以降ではないでしょうか。
 すくなくとも、一般にそのような考えが拡がったのは、鎌倉時代以後だろうと推量しております。
(大部分の人が三本足だと思うようになったのは、戦後しばらくしてからのような気がします)

 著者としましては、『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』が鎌倉時代以降の信仰だったとしても、それはそれで尊重したいと思っておりますが、もっとずっと単純に決めつけている方が多いように思いますので、本章のような検討をしてみた次第です。


◆◆◆ 辞書類の検討 ◆◆◆

 多くの国語辞書に、〈八咫烏〉や〈三足烏〉はありますが、これをイコールで結ぶ記述は、源順の説の引用のみのようです。
 源順をはじめて引用したのは昭和七〜十二年の『大言海(全五巻)』らしいのですが、その直後に出た『大辞典(全二十六巻)』でも同様な引用をしています。
 同じ人が書いたらしく文章はまったく同じです。
 また百科事典の類には、戦前から戦後まで、イコールで結ぶ話は出ていないようです。
 見逃しているのかもしれませんが・・・。


日本人戦死者  投稿者:九神  投稿日:10月 8日(土)07時27分37秒
日本人戦死者184万人(民間人67万人)
アメリカ人  9万人

計算してみてね?
やむにやまれぬ思いで開戦ですか?


民主主義  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 8日(土)06時10分52秒
民主主義は民の知性、徳性、品性による、、、まさにその通りです。では、日本人に自分の国を動かしていくに足る知性、徳性、品性が欠けている、と言うのでしょうか?自分たちには意見もない、信条もないから、どうしても上からの強権で引っ張っていって欲しいのでしょうか?その「上からの強権」は常に知性、徳性、品性を兼ね備えているのでしょうか?

あとからあとから戦争が続き、圧政が行われて人々がいわれなく地獄を見てきた人類の歴史の中で、なんとかそこをよくして行きたい、理想郷ではないがそれに近付けたい、その努力をみんなでしよう、と言うのが民主主義だと思います。歴史上、民主国同士の戦争はありません。いつも民主国対独裁国もしくは全体主義国同士が戦争をします。

小泉さん率いる自民党の圧倒的な人気をどう思いますか?国民の多数が支持すれば、仕方がない。それが民主主義だから仕方がない、と言うのではありません。それ以外に方法がない、と言うのです。そうじゃないと戦前の日本の様にオレの思うようにならん奴は殺してしまえ、になってしまう。

しかし選挙の投票率が50%を割るような状態では民主主義は危ないね。マキャベリは言いました、国の指導者の質は国民の資質の総集編だ、と。日本は衆愚主義に陥りつつあるのではないか?やはり日本人は、マッカーサーでもいい、東条でもいい、徳川でもいい、とにかく「上からの強権」に指図されないと安心出来ないのでしょうか?自分たちでは何も出来ない国民なのでしょうか?

国民の関与なしに作られた欽定憲法ですが、当時は「国民」と言う意識すらまだ薄く、日本国民としての「知性、徳性、品性」はまだ弱かったからあれはあれで仕方がない。しかしそれから110年、日本人は進歩していないのですかねえ、、、。


憲法によらない死刑  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 8日(土)00時04分9秒
戦後、アメリカ(占領軍)によってつくられたと言われる憲法が発布されたあとで、その憲法によらずに、日本国内でアメリカによる死刑がなされています。
(渡部昇一さんの言葉)
これは法律的にどう考えたらよいのでしょうか?
私には難しくて頭が混乱します。


憂国の士さん、民主主義とは  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 7日(金)23時10分58秒
民主主義とは、集団ないし国の意思を決定する方法、態様の一つに過ぎません。
民主主義の結果、よきものが出てくるか、悪しきものが出てくるかは、一にかかって民の知性、徳性、品性によるのです。民主主義とは、ですから、価値観念において、本来善でも悪でもない。民主主義を素晴しいものだというのは、誤解です。
それは、最悪を避けるための下から二番目の方法にすぎない。
戦後民主主義の迷妄は、そこらへんの誤解にも基づくのではないでしょうか。


何であれかんであれ、公人が公人として参るべき  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 7日(金)22時50分20秒
現代風にいえば、靖国の御霊(みたま)は公務執行中に亡くなられたのです。ですから公人が公人として参るべきなのです。
大平首相は、クリスチャンでありながら、お参りし、「大東亜戦争の評価は後世の人人がなすであろう」と言う趣旨のことを言いました。
小泉には歴史観がないのですが、外から見たら、公人が参っていると見えます。私人としての参拝だなどと、三木武夫がバカなことを口走ったために、ことの本質が見えなくなりました。中国、朝鮮半島への内政干渉は許さぬというメッセージは、保ちつづけなければならないと思います。


改革は保守がするもの  投稿者:AZUMA Goro  投稿日:10月 7日(金)22時28分37秒
いつもながら、断り無く、おじゃまします。
革新≒改革派である見方がありますが、改革は保守しかできないという意見があります。
保守は守るべきもの(伝統、歴史、国家、国民...)があり、大事を守るためには小事を思い切った切り捨てることさえもできる。すなわち改革が可能ということです。たとえ形は変わっても大事なものが守れればそれもやむなしということです。
共産党は、とりあえず政府を転覆して政権をとることが最終目標。改革ではなく壊すことしかできません。
社会主義は、とりあえず政府を大きくして、人気取り。なんでもかんでも国有化ですか?
あげくのはてが護憲の大合唱。改革などできはしません。
改革に期待し、小泉自民党を大勝させたのも保守なら、自民党の長期政権がよくないとし、ここは民主党政権を作らせるか(将来)といったことができるのも保守主義というものです。日本国民のほとんどは、レベルの違いはあるものの、保守層であると見ています。
憲法について言うと、国民の豊かさや幸福とほとんど関係ありません。江戸時代の自給自足の超安定社会から方針を転換し今日まで、人口、GNP、他の指標でも、一環して増加してきたはずです。戦時中の変動はあったと思いますが、今日の繁栄は、平和憲法あってこそという意見がありますが、明治維新以来の一環した先人の努力を受け継いできたものです。
憲法は、その他の法律の基本法という見方がありますが、本当にそうでしょうか?新憲法発布にともない多数の法律の改正作業がおおわらわでなされたはずですが、寡聞にしてそんな話は知りません。法律は法律で、憲法とは別に改正されていったのでは?ね、解法者さん?
憲法は、ある意味、国家としての最低限(人権、福祉)を記述するもので、対向要件にすぎません。誰かが憲法違反だといって裁判所に訴える。裁判所がそれを判断する。法案を作る役所では、憲法に違反しない法律を作る。までのこと。
憲法の本質は法律ではなく理念です。大日本帝国憲法の理念と日本国憲法の理念、もちろん作られた時代背景の違いも考慮しなければなりませんが、押し付けれたものでないとしても、答えははっきりしています。
教育基本法と教育勅語を比較する人がいますが、教育基本法と比較するのは戦前の教育関係の法律でしょう。(何という法律?解法者さん)
押し付けられたというのは枕言葉にすぎません。多くの国民が明確に認識していれば、わざわざ言う必要のないことでしょうが?


RE*2:英霊は小泉さんに  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月 7日(金)20時06分56秒
>小泉さんに、「殺されても、郵政民営化をやる」というより、「殺されても靖国にまいる」と
>いってもらいたかったでしょう。

いや、そうは思わないでしょう。
以前は、一国の総理として小泉氏に靖国神社への参拝をしてもらいたいと強く願っていましたが、変心しました。

靖国問題にしろ、拉致問題にしろ、政権(権力)維持の為の「道具」に利用している様にしか、私には見えません。だとすれば、そんな小泉氏に参拝してもらって、果たして靖国に眠る英霊が喜ぶかどうか? そう考えた時、私は今後、小泉氏には二度と靖国神社へ足を運んでもらいたく無い、と思う様になりました。

靖国神社へは、心から「英霊の御魂(みたま)安らかならん」と思って参拝して下さる方のみ参拝すれば良い。二心、邪心ある者が参拝なんぞすれば、それこそ、靖国の玉垣が穢(けが)れると言うものです。


RE:繁栄なんて  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月 7日(金)19時58分32秒
>いまだ南海北冥に散った同胞の骨も、放っておいての繁栄なんて、奴隷の幸福。

今の日本人には、散華(さんげ)された英霊に対する報恩謝徳の念が足りませんね。
私も強く同意します。


RE:国際法違反の、、、  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月 7日(金)19時54分45秒
憂国の士さん

>だから何度も言うのです。押し付け、押し付けとうるさい、と。

私は、終戦から22年後の昭和42年生まれですから、どう転んだって「当時」の実社会には「介入」できやしません。だからと言って、『日本国憲法』なる代物(しろもの)を「国際法違反の産物」と喝破してはいけないと言う謂われもありゃしません。

もしも、「当時」、私がいっぱしの年齢で存在していたとしたら、少なく共、私はたとえ自分自身に変革させるだけの力が無かったとしても、ゴネていたと思いますよ。

確かに、戦後半世紀以上も抜本的な改革(独立自主の恢復)をしてこなかった日本国家及び日本国民にも何かしらの非はあるでしょう。とは言え、『日本国憲法』が国際法違反の産物である事には何ら変わりはありません。

と言う訳で、誰が何と言おうと、私は日本が自主憲法を再び手にする日迄、今後も『日本国憲法』の違法性を言い続けます。


雑感  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月 7日(金)16時02分24秒
 天皇陛下とマ元帥が並ぶ意味・・・心理操作でかなりの効果があったね、占領したという事を。更に言うならば、飴と鞭(むち)のごとく即座に言論統制・発禁処分、GHQの都合の良い人選、見せしめの為の『連合国認定戦犯』を指名し処刑、『飼主はオレだ』という徹底した情報操作などを行えばわずか6年であっても他者からの素直さがウリの日本国民の場合、絶大な刷り込みが出来たこともGHQ、いや戦勝国も想定外だっただろうな。当時、疲弊しきった日本国民の拠り所を失わせる為の手段・・・『他者を責めるより先ず己の非を疑え!日本人として恥ずかしいゾ』などといかにもカッコ良く戒めの言葉で以って良い子チャン振りを発揮している事は良くも悪くも日本人らしさという事を利用されてるだけ、だから今でも気付かず擁護する者が多すぎる。

『天皇陛下とマッカーサー元帥』
http://www.asahi-net.or.jp/~uu3s-situ/00/50nen17.html


それともうひとつ、帝国憲法改正試案を練ったエントリがタイムリーに見つけることが出来た。古臭いとウザがるより可能性を見出す為に読んだけどネ、私の場合は。

『戦後日本マルクス占領憲法解釈学からの覚醒』(オンラインコンビニエンス何でもそろう便利屋です)
http://oncon.seesaa.net/article/7770767.html


地球は「米民主党」と「米共和党」に分裂している 2  投稿者:接続中  投稿日:10月 7日(金)14時28分22秒
かに、いま日米関係は新しい関係に移行しようとしている。「日米安保」という関係ではなく、米軍再編(トランスフォーメーション)と同時に、北朝鮮や中国に対して最新のミサイル防衛システムが共同のネットワークで構築されつつある。もちろんこれは東アジア覇権維持のための、ある種のフランチャイズ化であることは間違いない。ようするにブッシュ共和党政権は、東アジアの冷戦体制のままにしておきたいのである。共和党政権にとって、日本は大切な仲間なのである。

しかしアメリカの民主党は、まったく正反対である。米民主党は、中国や韓国が大切であり、日本なんてどうでもいいのであり、どちらかと言えば中国に植民地化されて、将来は中国語を話していれば、それが日本民族にとってはちょうど似合っていると考えている。昔から米民主党は、完全に親中派であって、米共和党政権と真っ向から対立している。このことを日本のメディアはなぜか触れない。

■聖徳太子も福沢諭吉も「脱亜入欧」を唱えた

中共と韓国の独立と覇権主義には、ねじれ屈折したものが含まれている。そしてその傲慢な覇権主義の背後には米民主党が暗躍している。米民主党は、親中派だから、島国でお人よしの日本人を巧みに誘い込んで、自立できない朝貢国として植民地化してしまいたいと常々考えている。歴史的に見るなら、その流れを洞察して、福沢諭吉は「脱亜入欧」を唱えたのである。もちろん聖徳太子も同じように考えたのである。

東アジアでどこよりも先に近代化され文明化された背後には、つまり、日本民族の「脱亜入欧」の思考が深く根ざしていたと思われる。「島国」である日本人は、楽天的でお人好しであるのに対して、海に囲まれていない中国や韓国等の国民性は、大陸的な「過剰防衛」と「攻略的思考」が異常に強い。同じアジア人として外見は似ていても、歴史的環境のせいで、もはや体質的にまったく正反対の民族なのである。

そんなわけで日本民族は、あくまで海洋国家であり、シーパワーなのである。ランドパワーである大陸思考の中共や韓国には距離をおくようにして、同じシーパワーであるオーストラリアやインドネシアやマレーシアや台湾やインド等の海洋アジアシーパワー連合と、親密な共同体を構築すべきだと思う。中国が提唱する「東アジア共同体」の背後には、もちろんアメリカの民主党がいると思われるから、日本民族としてはうかうかと乗るべきではない。

はっきり言って、まだ中国や韓国は単独で自立した思考を持っていない。背後に国際金融勢力が貼り付いて、巧みに操作しているのである。前にも言ったけれど、この地球は、米民主党勢力と米共和党勢力に、真っ二つに分裂しているのである。
やれやれ

『地球は「米民主党」と「米共和党」に分裂している 2525』(回転木馬deニュース)
http://kaitenmokuba.livedoor.biz/archives/50327165.html


護憲論と改憲論はトルーマンとブッシュの対立  投稿者:hwangdongyang2002  投稿日:10月 7日(金)14時22分44秒
今の護憲論と改憲論は、アメリカの60年前のトルーマン政策と最近のブッシュ政策の対立で、結局、アメリカの政策の御都合主義に振り回されているだけ。

護憲派は憲法前文の「国際社会が平和を求め、日本がそこで栄誉ある地位をしめるよう努力」という日本悪玉史観を丸呑みしており、日本が何もしなければ世界は平和だとか投げている意味で、「終戦」当時のGHQによる洗脳が解けていない。

改憲派も、改憲の必要性を説く意味では正しいが、その多くはやはり、アメリカに騙(だま)されているだけであろう。
憲法では「国民」の定義や国権の最高機関の有り方、3権分立、2院制、天皇制など再検討すべき箇所が山積しているという意味で、改正を唱えるのは当たり前であるが、日米同盟を理由にして改憲を言う以上、アメリカの都合に合わせているだけで、日本の立場から憲法を創る発想が缺落している。

今の日本では護憲派も改憲派も対米追從で、ただ、その時代がずれているだけの話である。

いまや、名前だけの「保守」政党の自民党が左翼の專賣特許だった「改革(革命)」を旗印にして日本の公共的な構造を破壊し、本来、改革を唱うはずの社民党と共産党が「護憲」を掲げるガチガチの右翼と化し、その右翼・社共両党が日本の地方の郵便事業を護ろうとしている倒錯状態である。

小泉純一郎氏は本来、自民党を離党して野党になって、政権を奪ってから構造改革をすべきところ、自民党内部にあってそれをやって自民党を左翼化してしまったのである。
これで、旧保守党の考えを持つ人たちは造反組か野党として少数派に回された。

いわば、薩長の大久保と西郷が幕府を倒さず、幕府の中に入って守旧派を追放し、明治維新を進めたようなものであった。
こう言うと小泉改革は正しいように見えるが、野党の批判を見ればわかるように異論も多いことは確かである。
それは本来、改革をすべき社民党や共産党の勢力が、既存の憲法や制度を護ることだけに終止し、自分で国旗・国歌・憲法を創作することをして来なかったからである。
それで改革案が自民党から出たとき、それを上回る良い改革案を出す能力が野党側になかった。
それで改革支持派が雪崩(なだれ)を打って自民支持に回る結果となった。

大震災でも郵便や救援物資を運ぼうとした郵便局関係者は公務員ならではの責任感であろう。民間の配達業者は被災すると休業していた。
阪神大震災でダイエーの中内功氏は政府より早く食料配給に着手したが、21世紀の民営化でそこができるかどうか議論が深まっているとは思えない。

(某スポーツ紙によると、中内功氏の名は祖父の榮氏がつけた名前で、「力が抜けないように」という意味で「功」を「[工刀]」にしたという。当の[工刀]氏は「自分は名も功も成していない、一生未完成」と解釋していたらしい。今では中内氏の功績は万人の認める所なので「功」と書いても良いのではなかろうか。)

航空機でも自動車でも列車でも利益追求が大惨事を招くことがはっきりしている。

今後、自然災害の際には誰も助からなくなるだろう。




アメリカの某氏が「憲法9条は日米同盟の妨(さまた)げ」と言いましたが、それなら昭和憲法を創った自国アメリカの先輩に文句を言うべきでしょう。
日本がGHQから独立して半世紀、マッカーサー憲法を改正できなかったのは確かに怠慢でした。東京裁判の無効も早いうちに名言しておけばよかった。

最近、政府関係者が「日本ではA級戦犯はもはや無実」と言って朝日が大騒ぎする始末。
朝日新聞は、日本が半世紀余り前に、一旦、昭和憲法と東京裁判の判決を受け入れ、90年代に村山談話が出たら、日本の一億臣民は今後未来永劫全てこれらに從うべきと考えておるらしく、朝日こそ大政翼賛体質である。

小泉總理は村山談話を繰り返し、英霊が戦った戦争を「誤った国策」と断定しているという意味で、靖国の精神を踏みにじっており、これなら福島瑞穂がいうように参拝しない方が誤解を生まずにすむ。
小泉總理の参拝は英霊を侮辱するもので、大東亜戦争を評価しない「郵政」だけにまじめな總理の上辺(うわべ)だけの参拝などに、遺族会や日本の愛国者が期待しては情けない。
靖国の言う「A級戦犯は連合国のでっち上げ、英霊は無罪」を支持する遺族会と日本の愛国者が真心を持って市ヶ谷驛に行って靖国神社に参拝すればいい。
別に「〒」以外、まじめに考えていない總理の参拝に期待する必要はないでしょう。

小泉總理は国民が国を信頼してあずけた郵貯と簡保をブッシュとの約束どおり、外資に賣り渡す策略だ。
「郵政民営化は總裁就任当時の公約でこれが否決されたら信を問う」と言うが、「終戦」記念日の靖国「公式」参拝の公約は公然と破っている。
また、日本を改革するなら、郵政でなく憲法の改正の仕方、少年法改正、対中韓外交、対米外交、イラク支援、石綿問題、交通機関や建築物の安全対策などを争点にする方が遥かに必要なことである。
アメリカでは台風のせいで警官までが略奪をする無政府状態になった。一方、日本の阪神淡路大震災ではヤクザが炊き出しや物資配給をした。この道徳もこれまでで、日本は21世紀に入ってアメリカ型の個人主義による犯罪多発国家へ徐々に変貌し始めている。
それは、薬害エイヅのころから始まった官僚叩きや靖国裁判に見られる「何でも国を相手に裁判を起こせばいい」という安直な発想も原因になっている。
偽の癌治療法が商賣になって警察から摘発されているが、癌治療や家の改築の誘惑の真否と詐欺の摘発は国が定めた資格を持った專門家と警察官に頼るのが最善であろう。
何でも民間でいいなら、医療も警察も民営化となり、真偽入り混じった医療や改築業者が市場に出回り、真偽を見極めるのは消費者の自己責任になる。

自民の造反組と民主を「郵政改革反対派」というイメージで見るのは、小泉總理のイメージ戦略に嵌った結果であろう。
造反組は改革には賛成だが改革の方法に反対というもので、造反組と民主党のいずれかが代案を出せば良かった。
(国旗国歌法に反対している幼稚な市民も同様で、自分たちで新国旗国歌法案を作って、学校の小さい空間でなく国権の最高機関で議論すべき所。それをしないのが彼らの間違い。)

投票日寸前になって、日経などを見て「民主党も郵貯・簡保廃止論」というのを見て、どっちもどっちだと納得した次第。
しかし、政権交代は必要だし、アメリカと距離を置くのは必要なので民主党に投票した。
しかし民主党は負けた。もともと全面支持ではなかったので、それはそれで良い。民主党は一方で支那や朝鮮への追從がすごいので、親米ポチの自民党とは大差がない。

与党の出す案を待って反対するしか能がない意味では造反組も社共も受身で同類同種。
民主党が、選挙も終わって代表が交代した今になって代案を作るようでは、今まで何をしていたのか。
自民党は各政策において幅廣い意見の議員が集まり、後藤田正晴のような「党内野党」もいて、その結果、有権者は自民党政権を維持し、党内で政権交代を実現してもらい、党内の反対勢力に野党の代役を期待していた。
良くも悪くも自民党の派閥構想が民主主義の証しであった。
しかし、言論の多様性は一国内で複数政党があるということで、1つ1つの政党はそれぞれ、基本的に同じ考えの政治家が集まるべきものである。
自民党の小泉總裁は党から反対派を一掃し、党内を賛成派でまとめ、自民党郵政法案に反対の人は別の候補を支持しろと訴え、これで本来の政党政治の姿を実現したのである。
その反面、民主党は旧自民党的「寄り合い所帯」の弱点を突かれ、郵政に関してはっきりした代案を出せずに負けた。
前原新代表も改憲案を出しているが、改憲に反対する旧社会党グループの守旧派を除名して社民党に譲るくらいの英断を下さないと、挙党一致体勢を組めないだろう。
小泉自民党は泣いて(笑って?)馬謖(ばしょく)を斬ることで却(かえ)って党を擴大できた。
民主党も身内を斬って党のカラーをはっきりさせる必要があるだろう。


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もし、今の憲法が日本人の創作または承認の産物であっても、60年たったら改訂版くらいは出すべきである。


小泉さん  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 7日(金)14時00分19秒
「殺されても郵政民営はやる!!」、、、まぁまぁまぁ、何をそんなにリキんで、と言いたくなりますな。郵政民営化くらいで一国の首相を暗殺するようなアホがいない事が分かっててああ言う事をいうのです。同じライオンの仇名(あだな)でも、本当に殺された昭和初期の気骨あふれる「ライオン宰相」浜口雄幸(おさち)首相とは大違いです。


Re:英霊は小泉さんに  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 7日(金)13時50分26秒
>小泉さんに、「殺されても、郵政民営化をやる」というより、「殺されても
>靖国にまいる」といってもらいたかったでしょう

 その通りだと思います。


英霊は小泉さんに  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 7日(金)13時43分39秒
小泉さんに、「殺されても、郵政民営化をやる」というより、「殺されても靖国にまいる」といってもらいたかったでしょう。


Re:GHQ占領行政法無効論  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 7日(金)12時54分20秒
御遺骨の収集につきましては、私も、国がもう少し真剣になるべきだと思います。
私は民間の遺骨収集の団体に寄付を続けておりますが、なにしろ膨大な数ですし外地なので、ほとんど進捗しないようです。
民間では無理だと思います。


『八咫烏の足は果たして三本か』14  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 7日(金)12時48分45秒
◆◆◆ 明治の童話にある〈八咫烏〉◆◆◆

 以上で江戸時代までの文献をご説明しましたが、ここで、明治になってからの〈八咫烏(やたがらす)〉の童話をご紹介しておきます。
 日本の童話の先駆者は巖谷小波(いわや-さざなみ)とされておりますが、その小波が有名な博文舘から明治二十九年に出した童話に、
『日本お伽噺(とぎばなし) 第壹編 八咫烏』
 ――というのがあります。
 執筆は小波、画は久保田米僊(べいせん)です。
 この童話を読んでみましても、足が三足という記述は皆無です。
 また、イラストの烏にも、三本の足はありません。
 ご参考までに、トビラの図を示しました。

<以下の左下の図>
 ↓↓↓↓↓↓↓
http://www.asahi-net.or.jp/~xx8f-ishr/yatagarasu.htm

 すぐにわかりますように、足は描かれておらず、爪で掴(つか)んでいるような図です。
 本文の中にも烏の図がありますが、そこにも三本足はありません。

 つまり、明治になりましても、
『〈八咫烏〉=〈三足烏(さんぞくう)〉』
 という伝承は一般的ではなかったと思われます。


GHQ占領行政法無効論  投稿者:三保 平清  投稿日:10月 7日(金)12時27分28秒
これまでこんな事を言い出す事さえ、憚(はばか)られた。しかし時代は激しく動いている様です。ここでも活発な議論が繰り広げられています。私も今の現行法は、憲法ではないとの立場です。占領中に、その国の体制を規定する、憲法など強制してはならないとの、国際協定があったはずですが(ハーグ協定だったか)。一旦この時点まで、立ち返らなければ、日本の現状打破は無理でしょう。それなら、今までの法的に決定済みの事はどうなるのだとの、議論も随分ありましたが。

>国をあげてのあの大戦争で日本人が何人、どんな死に方をしたかはっきり分からんというが、当時の指導層、戦後の厚生省の怠慢は犯罪と呼んでもいい。

◆憂国の士様の意見に、全く同じ思いで腸(はらわた)が煮えくりかえります。戦前と戦後で国民に約束した事を勝手に違えてよいのか。

『ch桜で現行憲法有効論的主張があったら上げるスレ』(「チャンネル桜」自由談論掲示板)
http://www.ch-sakura.jp/bbs_thread.php?ID=226290&GENRE=sougou


同胞の骨、、、  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 7日(金)11時11分50秒
白髪交じりさんの信条などは知りませんが、各地に残る同胞の遺骨を放っておいて何が繁栄か!には同感です。あの戦争で日本人だけでも死者が270万とも310万とも言います。国をあげてのあの大戦争で日本人が何人、どんな死に方をしたかはっきり分からんというが、当時の指導層、戦後の厚生省の怠慢は犯罪と呼んでもいい。

アメリカもよく馬鹿な事をしますが、政府主導で今もって巨額の金を使ってベトナム戦争で戦闘中に行方不明になった兵士(勿論戦死です)の捜索を続けています。Missing In Action (MIS)と言います。ベトナムの山の中まで行って村民に尋ね回り撃墜された飛行機や全滅した部隊のあとを掘り返したりしている。これだけは感心します。国がそう言う事をしてくれてこそ国民は国の為に命を捧げようと思うのです。

日本人は遺骨に関して世界的にも独特の意識を持っています。にも関わらず、このところ遺骨収集はまったく民間ベース、行きたければ観光旅行のついでにでもどうぞ、なのです。戦争中はまったく補給が絶え、何十万の日本軍兵士がジャングルの奥深くに放置されて飢え死にしました。そして今、その遺骨は引き続き放置されています。


改憲について  投稿者:霧山人  投稿日:10月 7日(金)09時40分44秒
この世には、勝ち組と負け組がおると聞きますが、

憲法改正や天皇擁立が、勝ち組という人たちの立場護持に利用される可能性は高い。

もし、自分たちの利益を未来永劫に保持しようとするならば、なんらかの歴史的権威に身をあずけようと考えるかも知れません。

あくまでも、天皇陛下は、日本国民に対して、同等の気持ちを抱いているはずで、勝ち組とよばれうる人びとだけに精神的支柱として存在するわけではない。

そのことを考慮しないと、改憲が日本国民全体の利益を生むとは考えられないのです。


憲法の主語  投稿者:霧山人  投稿日:10月 7日(金)09時25分44秒
大日本帝国憲法の主語は、天皇とか、日本臣民とか、がよく使われていますね。

天皇を主格として、日本臣民を従格とした場合、天皇を中心とした政府が強権を抱いたとき、日本臣民の立場は屈従を強(し)いられるでしょうね。

大正時代の民主主義運動を考慮しないで、民主主義を異物とするわけにはいきません。

ここだけは、大正デモクラシーと戦後民主主義はリンクしていると考えられます。

あくまでも、象徴天皇は同格、そしてそれを望まれたのです。


テスト  投稿者:nasi  投稿日:10月 7日(金)08時48分23秒
はじめまして


国際法違反の、、、  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 7日(金)06時56分3秒
新憲法が国際法違反(その強要が、でしょうね)、、、だったら余計に拒否すべきだったのですよ。受け入れる迄にしぶとい交渉を行い、散々ゴネてマッカーサーを困らせ、その挙句(あげく)しぶしぶ受け入れた、などと言う形跡など皆無なのです。

だから何度も言うのです。押し付け、押し付けとうるさい、と。いかに日本人がだらしなかったか、を強調するだけですよ。

しかも、たった6年の占領が終わってから一体何をしたか? 6年なんてあっと言う間ですよ。天皇を護る為に新憲法を受け入れたのであれば、独立した途端に旧憲法を復活すべきだったのです。その様な事は一切なかった。(天皇、天皇と言うが、天皇ご自身のご意見を考えた事がありますか?天皇機関説にしたって、昭和天皇ご本人は「あれでいいと思うけどね」とおっしゃったのです)

何故か?新憲法はあれでいい、と思ったからではないでしょうかね。受け入れて50年、今後どうするかとなって、110年前に戻ろうと言うのはちょっとしんどいね。民主憲法のために日本のどこがどう悪くなったかをお聞きしたい。

民主主義とはなんぞや?色々あるけど、こうして皆さんと言いたい放題を言えるのも民主主義。日本国憲法の第三章と大日本帝国憲法の第一章を読み比べて下さい。そして新憲法下の教育基本法と旧憲法の教育勅語を読み比べて下さい。また、前にも言ったように、憲法だけが独自で存在するのではないのです。一国の憲法に基づいて色々な法律、法規、規約が作られ、我々の日常生活を形作ります。

奴隷の幸福、、、骸骨になんてならなくても自立、自律出来ますよ。そんな国は世界中に沢山あります。ガダルカナル、ニューギニア、ビルマ、フィリピン、太平洋の島々で飢えて死んでいった忠勇な日本兵はどう言うでしょうね。小泉さん率いる自民党が圧勝する日本をどう思いますか?


繁栄なんて  投稿者:白髪交じりの黒髪  投稿日:10月 6日(木)22時20分20秒
いまだ南海北冥に散った同胞の骨も、放っておいての繁栄なんて、奴隷の幸福。
飢えて骸骨になっても、誇りある自立、自律がよいと思います。
原爆落とした国から、早く独立したい。


しかも  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月 6日(木)20時55分59秒
  第96条
この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

↑議院の総議員の「過半数」では無く、「3分の2以上」の賛成が無ければ、改正の発議すら出来ない。
戦後半世紀云々とは言いますが、この改正条件は思った以上にシビアなものです。
今回の総選挙でたまたま衆議院に於ける与党勢力が本条件を漸く満たしたと言う程で、もう一方の参議院は本条件を満たしてはいません。

つまり、現行憲法は改正したくても、そう易々とは改正出来ない仕組みになっているんですよ。残念ながら。(そこが米国の狙いでもあった訳だが)


憂国の士さん  投稿者:竹下義朗  投稿日:10月 6日(木)20時48分37秒
「本草案に沿った憲法改正案が日本側から示されなければ、天皇の身の安全を保障出来無い」

これはGHQ民政局長・ホイットニー准将が、対日GHQ製(米製)憲法草案を、吉田茂外相・松本国務相に手渡した際の発言です。

明治憲法に於いて国家元首・軍最高司令官と規定され、日本国民にとって「神」(現人神 あらひとがみ)であった昭和天皇を「人質」に取られた状況で、ドイツ云々の様に「米製憲法」を突っぱねられたと思いますか?

そんな事をすれば、昭和天皇は強制退位させられ「戦犯」として訴追。日本国民最後の拠り所(依代 よりしろ)である皇室すら廃絶させられ、「日本」と言う国家自体が消滅していたかも知れないんですよ。

そこの所(ポイント)を良く押さえておくべきですよ。

結論:
  1. 『日本国憲法』は国際法違反の産物であり、当時の状況を勘案すれば、米国による押し付け。
  2. 米製憲法よりも遙かに正統性がある『大日本帝国憲法』に復した上で、同憲法を改正。


ノーと言えなかった日本  投稿者:山猿  投稿日:10月 6日(木)16時48分10秒
 敗戦国が 国家の形を成すべく 憲法を作った?
どう考えても 押し付けられたものに違いない だってヤダとは 言えなった。
民意など関係なく 国家の尊厳など満たされては居なかった。そんな背景で
GHQが押し付ける内容に幣原(しではら)内閣に異を唱える状況ではない 周知のとおりです。
日本国ではなかったからです。
ようやく時期的に 改正を論じ始めるには60年は 長いのか短いのか
これからですよ 国民一人ひとりが 真実を見つめ現行でよいのか 改正なのか
国民の義務でもあります。 大変難しいのですが


RE民主主義  投稿者:三保 平清  投稿日:10月 6日(木)13時36分41秒
  憂国の士様
こちらを一度ご覧下さい。現行憲法無效論關係のリンク集

http://noz.hp.infoseek.co.jp/kenpo/links.html


『八咫烏の足は果たして三本か』13  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 6日(木)12時49分13秒
◆◆◆『倭名類聚抄箋注(わみょうるいじゅうしょうせんちゅう)』(狩谷棭斎/江戸時代後半)◆◆◆

 狩谷棭斎は、本居宣長(もとおり-のりなが)ほどの知名度はありませんが、江戸時代最高の考証学者として聞こえた人物です。
 安永四年(一七七五年)生、天保六年(一八三五年)没で、本居宣長の四十五年のちの生まれです。
 裕福な江戸商人の息子として育ち、学問に精進して、とくに書誌学的方面に非凡な才能を見せました。

 業績の第一は度量衡研究で、『本朝度量権衡攷』は、正倉院はじめ全国を旅し、徹底した実物主義を貫いてできた著作とされ、今では平凡社の東洋文庫で見ることができます。
〈八咫烏(やたがらす)〉の大きさについての考証なども有名です。

 業績の第二が、この『倭名類聚抄箋注』で、実証主義に基づいた、精緻を極めた考証によってできた、『倭名類聚抄』についての解説書です。
 本文より解説のほうがはるかに長い本です。
 活字印刷されたのは没後の明治十六年とされています。

 この中に、『陽烏(太陽に住む三足烏(さんぞくう))』についての長い解説がありますが、そこで、〈三足烏〉と〈八咫烏〉の関係について、狩谷は次のように述べています。

【頭八咫烏者、天照大神為神武帝遣以為郷導之神烏也、古事記所載同、源君以為日中烏者誤矣。】

 源君とは源順のことです。
 つまり、『倭名類聚抄』に書かれた源順の『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』説は誤りだ――と明記しているのです。
 本居宣長に匹敵するほどの考証学者が、やはり、

『〈八咫烏〉≠〈三足烏〉』

 ――と主張していることは、尊重すべきだと考えます。


RE 憂国の士さん  投稿者:解法者  投稿日:10月 6日(木)12時27分45秒
あなたの民主主義って何?


民主主義  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 6日(木)10時37分53秒
前にも言ったように、「押し付けられた、押し付けられた」と余り言うのはよしましょうや。カッコ悪いよ、日本人として。幣原(しではら)内閣が民主憲法を作れなかったのは事実、GHQバージョンを日本の国会で検討してその結果受け入れたのは事実、そしてその後半世紀、日本国憲法とされてきたのも事実、、、ドイツが連合国の要求を拒否したのに引き換え、日本は昨日まで「鬼畜米英」とののしっていた相手に迫られてあっさり受け入れ、再独立を果たしたあと50年もそれを護ってきた、、、。

日本人は主体性のない民族なのか、強い相手にはへつらってなんでも受け入れてしまう民族なのか???そうは思いません。GHQ占領基本法であろうがニューディールの連中が作ったものであろうが、これでいい、と決心して受け入れたのではないでしょうか?

そして日本はその歴史始まって以来の繁栄を享受しています。これも新憲法があってこその事ではないか、、、。新憲法の出自はともかく、50年も日本国民が受け入れてきたものです。押し付けられたなどとはもう言わないで、民主憲法のここがこういう風に悪い、だからこう変えるべき、そうするとこうなります、という議論にしたいですね。

しかし皆さん、どうしても大日本帝国憲法を復活させたい様ですね。当時の日本国の内外の状況を反映しているには違いないが、その後110年、色々変ったのです。それも激変です。しかし110年前に帰りたいのですね。現行憲法に不満があってもそれは個人の信ずるところの自由、しかし大日本帝国憲法をじっくり読んで、あれで良かったのだ、と本当に思いますか?

憲法はそれ独自で存在するものではない。我々の日常を規制する法律、法規、各種規則、これらすべての根本が一国の憲法なのです。民主主義が嫌いなのかな、皆さんは。


マ憲法という現行憲法  投稿者:久保田泰啓@携帯  投稿日:10月 5日(水)22時02分44秒
メモ程度でとりあえず。

敗戦後、ニューディール派という極リベラル理想主義グループが6日6晩で急ごしらえしたものを、マ指令官の命令にて現行憲法が成り立った・・・とか。

さて大日本帝国憲法は1989年2月21日に発布、現行憲法とは違い、1881年に勅諭が出されてから実に8年かけてつくられた・・・それは国民各層より約65種類の起草提案を経てようやく歴史と文化に根差した『日本という国の根幹』が出来上がったというものだと考えます。


訂正  投稿者:草木  投稿日:10月 5日(水)21時32分21秒
先の文・・・「九条のほかは」×
      「九条のほかも」○   でした。訂正します。


「GHQ占領基本法」  投稿者:三保 平清  投稿日:10月 5日(水)20時45分17秒
(ちまた)に日本国憲法と呼ばれているものは、憲法ではありません。「GHQ占領基本法」です。占領下においては日本は、これに従うしかありません。しかし独立回復後もこれを憲法として、持続したのはその時点で、これを利用した方が自己の得になる、と考えた組織の存在とGHQの行った検閲、公職追放などのせいです。この「GHQ占領基本法」に、「検閲はこれを禁じる」とあるのには、噴飯(ふんぱん)ものですが、国会も司法も行政もこれに従って動いています。日本よどこへ行く。


立派ではないと思う  投稿者:草木  投稿日:10月 5日(水)13時59分21秒
現行憲法は、九条のほかは立派な憲法とは思えんです。
一、文章が横文字を縦にしただけで、品格がない。
二、日本の文化、伝統に行き届いた配慮がない。
三、義務が少ない。国民の国家への忠誠義務が欲しい。
思いつくまま、書いたが、また気がついたら、追加します。


『八咫烏の足は果たして三本か』12  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 5日(水)12時42分51秒
■■■■■ 三・五 〈八咫烏〉についての江戸時代の書誌学的文献 ■■■■■


◆◆◆『古事記伝』(本居宣長(もとおり-のりなが)/江戸時代後半一七九八年ごろ最終成立)◆◆◆

 本居宣長は江戸期最高の国学者とされる人物ですが、その宣長の畢生(ひっせい)の大作が『古事記伝』です。
 宣長はその『古事記伝』の十八之巻において、

【和名抄(わみょうしょう)に、歴天記云、日中有三足烏赤色、今案文選謂之陽烏、日本紀謂之頭八咫烏、とあるは心得ず、】

 ――と記しています。
 つまり、『倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』の中で源順が『〈八咫烏(やたがらす)〉=〈三足烏(さんぞくう)〉』としている箇所をそのまま引用して、その言葉は納得できない――と言っているのです。

 本居宣長は、膨大な資料を渉猟し、何十年にもわたって研究に研究を続けて、ついに『古事記伝』を完成させた大碩学(せきがく)です。
 伊勢神宮のそばに住んでいて、神社の由緒にもひじょうに詳しい学者です。
 その大学者が、

『〈八咫烏〉≠〈三足烏〉』

 ――としていることは、看過できないと思われます。
 ついでながら、本居宣長が伊勢神宮について詠(よ)んだ歌をひとつ記します。

「もの言わば神路の山の神杉に 過ぎし神代のことぞ問はまし」


マッカーサー憲法  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 5日(水)07時47分9秒
日本の新憲法はマッカーサーに押し付けられたものか??終戦後、時の幣原(しではら)内閣に民主的な新憲法を作るようGHQが要求した。それに応(こた)えて日本政府が作ったのは明治憲法をちょこっといじくっただけの、民主憲法から程遠いもの、、、仕方なくGHQが作って日本政府に持ち込んだ。GHQ案は日本の国会で二度も大きく議論され、その結果受け入れたのです。

では日本政府としてはGHQ案を拒否出来たか??出来たと思います。現に、ドイツは憲法改正や教育制度その他に関する連合国の要求を拒否し、ドイツが再独立を果たしたら自分たちでやるから結構です、と、、、。シビアだった四カ国による分割占領が終わり東ドイツがソ連の圧政から開放されて東西ドイツが合体して完全に再独立するまで45年!!

だから我々も「マッカーサーに押し付けられた」と余りぎゃーぎゃー言わん方がいいでしょう。日本人として恥ずかしい。自分たちでは何も出来ない国民か、と。

あのような大戦争のあととしてはドイツに比べて格段にゆるい占領、しかもほんの6年間の占領が終わって日本が再び独立国家となって既に半世紀以上、、、民主憲法がそんなにイヤであれば改定する時間はあり過ぎるほどあったのです。しかしその50年間、何もしなかった。「マッカーサー憲法」とバカにしながら、本心ではあれで良かったと思っているのではないか?それとも我々は自分たちの事を自分たちで決められない国民なのか??それとも、憲法は「自分たちの事」ではないと思っているのか???

私個人は第九条は変更すべきと思っていますが、どうも第九条だけが一人歩きし、第九条に賛成だと左翼、再軍備賛成だと右翼という烙印を押されがちです(しかし山猿さんのおしゃる様に今の自衛隊を見てそれでも日本が再軍備していないと思う人は世界で日本人だけでしょうね)。私は新憲法のほかの部分は立派な民主憲法だと思いますよ。「肥った豚」「平和ぼけ」は確かにみっともないが、少々ボケてもいいから平和がいいのか、戦争の危機をおかしてもいいからキッとしていたいのか、、、じっくり考える必要がありますね。

ブッシュ政権が日本を取り込もうとしているのは事実。しかしそんな事、当たり前でしょう。その方がアメリカには得なのです。それが国際外交と言うもの。日本もそろそろ、したたかに、日本、日本国民の現在・将来の為に「得」な事をしないといかんでしょうな。


憲法九条  投稿者:山猿  投稿日:10月 5日(水)00時19分10秒
 自衛隊が 自衛軍になっても 先に言われたように 国内だけの問題
世界ではすでに ジャパン アーミー・ネービー・エアフォース? なのです。
戦争を引き起こすための 憲法改正ではないでしょう。 おそらく現政権では 改正も怪しそう 国民投票の方法すら決まっていない いらぬ空論より 現実に 直面している アジア問題 支那や南北朝鮮について 特に支那の暴走について 語るべきと考えます。(誤字がありました。)


憲法九条  投稿者:山猿  投稿日:10月 5日(水)00時18分8秒
 自衛隊が 自衛郡になっても 先に言われたように 国内だけの問題
世界ではすでに ジャパン アーミー・ネービー・エアフォース? なのです。
戦争を引き起こすための 憲法改正ではないでしょう。 おそらく現政権では 改正も怪しそう 国民投票の方法すら決まっていない いらぬ空論より 現実に 直面している アジア問題 支那や南北朝鮮について 特に支那の暴走について 語るべきと考えます。


人間は必ず死ぬのです  投稿者:草木  投稿日:10月 4日(火)23時38分0秒
平和呆けの太った豚、奴隷根性で少し長く生きるより、私は祖国のために、武器をもって戦って、死ぬ方を選ぶ。


え、?  投稿者:草木  投稿日:10月 4日(火)23時27分38秒
九神さん、何が仰(おっしゃ)りたいのですか?


先の戦争で  投稿者:九神  投稿日:10月 4日(火)22時18分46秒
日本人だけでも何人死んだのか?
アメリカ人は何人死んだのか?
日本人以外のアジア人が何人死んだのか?

それでも九条は要りませんか?


シベリア出兵  投稿者:霧山人  投稿日:10月 4日(火)21時52分17秒
と同じにならなければよいけれども。

自衛隊のイラク派遣が長引いて、英軍や豪軍が撤退すれば、どうのなるか。

シベリア出兵の悪夢が甦る。いつまで、居残るつもりだ、日本軍は。

既成事実をつくらされるのではないか。また、欧米に利用される。

はよ、戻ってきなされ。擦(なす)り付けられるで。山東半島のときのように。


ブッシュ政権の意志と憲法9条改正  投稿者:接続中  投稿日:10月 4日(火)18時26分21秒
■在日米軍の再編とミサイル防衛のフランチャイズ化

以前にも話したように、アメリカは、日本の憲法9条を改正し、在日米軍の再編によって、安全保障をフランチャイズ化しようとしている。タイミングを見て、アメリカ軍が日本に持ち込んでいる核を公式に認め、最新のミサイル防衛システムを共同開発して、防衛システムをフランチャイズ化して、日本に自主防衛させる流れを構築しようとしていると思われるのだ。
だから、小泉政権と民主党の前原党首が選ばれる流れになったのは、当然ブッシュ政権の意志が強く働いていると思われるし、そう考えるべきなのだ。ドルを支え続けてくれる唯一の成長地域である北東アジアで、本格的な戦争はアメリカにとって困るのである。アメリカとしては、中国は3つぐらいに分割されて、民主化されなければならないが、できればバブルが崩壊して、中共の内部から崩壊する流れにもっていきたいのである。

■経済と政治と軍事力の三位一体

それに対して中東は、同じならず者国家でも違うのである。中東は、泥沼化すればするほど石油が高騰する。石油が高値になればアメリカの支配者層はぼろ儲けできるし、テロとの戦争で紛争が長引けば軍産複合体は武器で大儲けできる。そればかりかアメリカ軍の存在が、侵略ではなく、アラブ諸国の治安維持の大儀で、末永く駐留し続けることができる。そうすれば、石油とドル基軸体制を維持することが可能となる。

カトリーナ等のハリケーンの危機報道プロパガンダと中東の泥沼化でボロ儲けした石油関連企業と軍事産業の泡銭が、その行き場を求めて、いま世界の株価をつり上げている。永いあいだ低迷していた日本株は、一気にその勢いを取り戻しつつある。もし日本の憲法改正と自主防衛が進めば、今後の経済の再生は本格的なものになるにちがいない。経済と政治と軍事力は三位一体(さんみいったい)なのである。

日本民族も、そろそろ、それに気づくべき時が訪れたのである。それが洞察できれば、中共の傲慢な態度もまちがいなく変化する

『ブッシュ政権の意志と憲法9条改正 523』(「回転木馬deニュース」)
http://kaitenmokuba.livedoor.biz/archives/50315621.html


『八咫烏の足は果たして三本か』11  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 4日(火)12時41分13秒
◆◆◆『讃岐典侍(さぬきのてんじ)日記』(藤原顕綱の娘の日記/一一〇八年ごろ)◆◆◆

 冨山房の『大日本国語辞典』や小学館の『日本国語大辞典』によりますと、この日記の中につぎのようにあります。

【我は何事にも、目もたたすのみおほえて、南のかたをみれは、せいのやたからす、見もしらぬものとも、大かしらなとたてわたしたる見るも。】

 著者には分かりにくい文章(正確な現代語訳のできる方、教えてください)ですが、朝賀即位などの時に庭上に立てる幟(のぼり)でその先端に金銅製の烏がついたものを〈八咫烏(やたがらす)〉と呼んだらしく、それを見た有様です。
 それが三本足であったかどうかは分かりませんが、辞書にシナの三足烏(さんぞくう)と並べて書いてあるので、その可能性があります。

 だとしますと、『倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』の影響があるのかもしれません。
 八十年あとの日記ですから・・・。
(先端に烏型の飾りをつけた幟はかなり昔から有ったらしく『続日本紀(しょくにほんぎ)』などにも出てきますが、正史ではそれを〈八咫烏〉とも〈三足烏〉とも呼んでいないようです)


◆◆◆『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』(北畠親房(きたばたけ-ちかふさ)/一三三九年初版とされる)◆◆◆

 北畠親房の『神皇正統記』の「巻の二」にも、〈八咫烏〉のことがあり、次のように書かれています。

【神魂命(かむむすびのみこと)の孫武津之身命(たけつのみのみこと)、鴨武津命(かもたけつみのみこと)とも云ふ、大烏となりて、軍の御前につかまつる。天皇(すめらみこと)ほめて、八咫烏と號し給(たま)(う)。】

 南北朝になってもなお、『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』という混乱はなく、しかも「武将に与えた称号」という書き方です。
『倭名類聚抄』の影響はありません。
 北畠親房は当時の随一の学者ですので、この記述も尊重すべきだと思います。

     *

 ここまで見てきた範囲では、『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』を主張する唯一の文献は、源順による『倭名類聚抄』でしたが、この源順の説に反対している江戸時代の大学者を、次節でご紹介いたします。


憲法論議  投稿者:黄東洋(hwangdongyang2002)  投稿日:10月 4日(火)11時42分40秒
繰り返す。
社民と共産は「憲法改悪反対」と言う。

「改悪」の逆は「改善」、「改良」である。
ならば、社民と共産は憲法「改善」案を出すべきである。

彼らが平和憲法を重視するなら、護憲が多数の支持を得られない今、21世紀の新平和憲法でも創ったらどうか。

社民と共産は与党が出した政策を受けて反対する以外に頭が回らない。


『教育勅語(けういくちょくご)』 少し訂正  投稿者:hwangdongyang2002  投稿日:10月 4日(火)11時38分34秒
『教育勅語』
振り假名(がな)だけ現代假名遣(かなづか)い(こういう形も多い)

(ちん)(おも)(う)ニ 我(わ)(が)皇祖(こうそ)皇宗(こうそう) 國(くに)ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ コ(とく)ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ
我カ(が)臣民(しんみん) 克(よ)ク忠(ちゅう)ニ 克(よ)ク孝(こう)ニ 億兆心(こころ)ヲ一(いつ)ニシテ 世世(よよ)(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ 此(こ)レ我カ(が)國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ 教育ノ淵源(えんげん)(また)(じつ)ニ此(ここ)ニ存(そん)
(なんじ)臣民 父母ニ孝ニ 兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ 夫婦相(あい)(わ)シ 朋友(ほうゆう)(あい)信シ(じ) 恭儉(きょうけん)(おの)レヲ持(じ)シ 博愛衆ニ及(およ)(ぼ)シ 學(がく)ヲ修(おさ)メ 業ヲ習(なら)(い) 以(もっ)テ智能ヲ啓發(けいはつ)シ コ噐(とくき)ヲ成就シ 進(すすん)(で)公益ヲ廣(ひろ)メ 世務(せいむ)ヲ開キ 常ニ國憲(こくけん)ヲ重(おもん)(じ) 國法(こくほう)ニ遵(したが)(い) 一旦緩急(かんきゅう)アレハ(ば) 義勇公ニ奉(ほう)(じ) 以テ天壤(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スヘ(べ)シ 是(かく)ノ如(ごと)キハ 獨(ひと)リ朕(ちん)(が)忠良(ちゅうりょう)ノ臣民タルノミナラス(ず) 又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰(けんしょう)スルニ足(た)ラン
(こ)ノ道ハ 實(じつ)ニ我カ(が)皇祖皇宗ノ遺訓(いくん)ニシテ 子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守スヘ(べ)キ所 之(これ)ヲ古今ニ通シ(じ)テ謬(あやま)ラス(ず) 之ヲ中外ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラス(ず) 朕爾臣民ト倶ニ 拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)シテ 咸(みな)(その)コヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶(こい)(ねが)(う)

明治二十三年十月三十日

御名(ぎょめい) 御璽(ぎょじ)

漢字の振り假名(主に字音=音読み)を旧假名にしてみました。

(ちん、ちむ)(おも)(う)ニ 我(わ)(が)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう) 國(くに)ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうゑん、慣用旧假名 くわうゑん)ニ コ(とく)ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう、しむこう)ナリ
我カ(が)臣民(しんみん) 克(よ)ク忠(ちゅう)ニ 克(よ)ク孝(かう)ニ 億兆心(こころ)ヲ一(いつ)ニシテ 世世(よよ)(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ 此(こ)レ我カ(が)國體(こくたい)ノ精華(せいくわ)ニシテ 教育ノ淵源(えんぐゑん)(また)(じつ)ニ此(ここ)ニ存(そん)ス
(なんじ)臣民 父母ニ孝ニ 兄弟(けいてい)ニ友(いう)ニ 夫婦相(あひ)(わ)シ 朋友(ほういう)(あひ)信シ(じ) 恭儉(きょうけん、きょうけむ)(おの)レヲ持(ぢ)シ 博愛衆ニ及(およ)(ぼ)シ 學(がく)ヲ修(おさ)メ 業ヲ習(なら)(い) 以(もっ)テ智能ヲ啓發(けいはつ)シ コ噐(とくき)ヲ成就シ 進(すすん)(で)(<進みて)公益ヲ廣(ひろ)メ 世務(せいむ)ヲ開キ 常ニ國憲(こくけん)ヲ重(おもん)(じ) 國法(こくはふ)ニ遵(したが)(い) 一旦緩急(くわんきふ)アレハ(ば) 義勇公ニ奉(ほう)(じ) 以テ天壤(てんじゃう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スヘ(べ)シ 是(かく)ノ如(ごと)キハ 獨(ひと)リ朕(ちん)(が)忠良(ちゅうりゃう)ノ臣民タルノミナラス(ず) 又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰(けんしゃう)スルニ足(た)ラン
(こ)ノ道ハ 實(じつ)ニ我カ(が)皇祖皇宗ノ遺訓(ゐくん)ニシテ 子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守スヘ(べ)キ所 之(これ)ヲ古今ニ通シ(じ)テ謬(あやま)ラス(ず) 之ヲ中外ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラス(ず) 朕爾臣民ト倶ニ 拳拳(くゑんくゑん)服膺(ふくよう)シテ 咸(みな)(その)コヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶(こひ)(ねが)(う)

「孝」の音読みは「こう」と「きょう」で、「こう」の古い形は「かう」、「きょう」の古い形が「けう」だった。

kau>(kαOou>)kO:>ko:
keu>(kjeou>)kjo:

「孝」は北京語で xiao,朝鮮語で hyo だから古代シナ語音は hiεu であろう。

「教」けう<古シナ語 kiεu(>北京語 jiao,朝鮮語 kyo)
「宏遠」が「くわうゑん」なのは「廣遠」との混同であろう、「宏」hong は「こう」kou で、「廣」guang と「黄」huang が「くわう」kwau のはず
「源」は辞書を引くと旧假名でも「げん」とあるが、シナ語 yuan,朝鮮語 ’ueon [wёn,wΛn]から考えて「ぐゑん」gwen が妥當。
「朕」ちん<じむ
「深」しん<しむ
「儉」けん<けむ
「友」いう< you
「勇」ゆう< yong(yung)←言うまでも無く「ヨン様」の「ヨン」。

>自衛軍に昇格するのは大歓迎なんだけど、国防費が膨らみそうな予感。
>増税、これ以上は勘弁して欲しいな。

「ニート」のいる家から大増税すればいい。
病気でも老齢でもない無職に無駄飯食わせている生活保護をカットすればいい。


>真っ先に、右翼が軍隊に入って戦争にいくんでしょうか。

「右翼」は保守派の意味なので、今の護憲派と郵政民営化反対派が右翼。社民党と共産党が戦争へ行けばいいということでしょうか。

>改憲というものは、どこをどういじるのでしょうか。
>日本人のための改憲ならばよいのですが。

どこをどう変えるかという視点が欠けているのが護憲派の馬鹿げたところ。
改憲というと決まって「9条」>「自衛隊擴大」と決め付ける短絡脳が多い。

「国民」は法の下に平等と書いてあるが、「国民」の権利が在日外国人まで含むのか、根本から書き直す必要がある。
国権の最高機関は国会と言われるが、法案一つ廃案になっただけで、行政府の長が国会を解散させて議院を入れ替える解散権は矛盾しているのかどうなのか。
国権の最高機関は内閣にするのが現実的であろう。
「嫌韓流」で「在日韓国人が日本で参政権を持つには憲法改正が必要」という見方があった。


Re:自衛隊が自衛軍になったら  投稿者:大神 正念  投稿日:10月 4日(火)01時50分51秒
自衛軍に昇格するのは大歓迎なんだけど、国防費が膨らみそうな予感。
増税、これ以上は勘弁して欲しいな。


独立万歳  投稿者:江戸にすむ人  投稿日:10月 3日(月)18時07分6秒
<英BBC>中国新疆独立掲げる組織の政府への宣戦映像入手

 【北京・大谷麻由美】英BBC放送(電子版)は、中国新疆ウイグル自治区からの独立を綱領に掲げるイスラム系独立派組織「東トルキスタン解放組織」(ETLO)のメンバーと名乗る人物が中国政府に宣戦する映像を入手したと報じた。真偽は定かでないが、同自治区の独立派組織が宣戦するのは初めてとみられる。
 映像は9月26日に公表された。覆面姿の3人が映っており、中央の1人が声明文を読み上げ、わきの2人が自動小銃を掲げている。後方には、イスラムの象徴の三日月と星の旗が掲げられている。ウイグル語で、中国政府による同自治区成立50年の記念事業を批判し「あらゆる手段で中国政府に対する武装戦争を開始する」などと語っている。
(毎日新聞) - 10月1日22時12分更新


憲法第9条改正  投稿者:解法者  投稿日:10月 3日(月)13時28分35秒
軍刑法の新設が肝要です。
この点の議論が欠けているように思います。

軍刑法がなければ、憲法第9条改正だけしても意味がありません。


『八咫烏の足は果たして三本か』10  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 3日(月)12時31分26秒
◆◆◆『倭名類聚抄』(源順/九三〇年代)◆◆◆

 著者が見つけた、『〈八咫烏(やたがらす)〉=〈三足烏(さんぞくう)〉』説の最古の文献がこれです。
 著者の源順は平安時代を代表する大学者兼歌人で、三十六歌仙の一人です。
 この本は、平安中期に編纂され、世界的に見てもひじょうに古い百科事典(これとは別に世界最古の百科事典「秘府略一千巻」も日本が出しています)として有名です。

 この冒頭近くに、
「天地部第一 景宿類一 陽烏」
 ――という項目があり、そこに、以下のような記述があります。

【歴天記云、日中有三足烏、赤色、今案文選謂之陽烏、日本紀謂之頭八咫烏、田氏私記云、夜太加良須、・・・
(訳:『歴天記』の中に太陽に赤色の三足烏が棲むと書かれているが、いま考えてみると、これは『文選(もんぜん)』で言っている陽烏のことだろうし、また『日本書紀(やまとのふみ)』にある〈八咫烏〉のことだろうし、また『田氏私記』で言う夜太加良須(やたからす)のことであろう)】
(注:『歴天記』は今は失われた日本の本です。『文選』と『田氏私記』は、それぞれシナと日本の有名な本です。『日本紀』は『日本書紀』のことです)

 ここに、今に残る文献としては史上はじめて、

『〈八咫烏〉=〈三足烏〉』

 ――という説が書かれているわけですが、その文章は、『倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』より前の本や口伝(くでん)を引用しているのではなく、「今案(いま案ずるに)」で分かりますように、この百科事典の編者の源順の考えでは「〈三足烏〉は〈八咫烏〉だろう」としているだけです。
 つまり、源順の個人的な意見として記されているだけなのです。

 この源順の個人的な見解を、江戸時代の有名な二人の天才学者が否定しているのですが、それは次の節で記します。


再軍備  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 3日(月)12時26分11秒
自衛隊は完全に違憲、イラク派遣も違憲だと思います。個人的には私は第9条改定賛成、再軍備賛成ですが、シビリアン・コントロールの概念が確実に根付いているのかはちょいと心配ですな。自衛隊が軍隊になると、、、まず、一夜にして今の「サラリーマン」的存在ではなくなります。イラクのサマワ駐屯部隊にしても、もしテロリストが本気で攻撃をしてきて砲弾がどんどん飛んできて回りで死者が出る、、、あ、こんなつもりじゃなかった、オレはやーめた!と言って帰ってきても政府は何も出来ません。ヒデエ奴だ、とののしるのが関の山。

しかしこれが「軍隊」だと、、、一般刑法の外にある軍事裁判の軍法会議にかかって、戦闘中の敵前逃亡は銃殺刑です。これは世界の常識。この様な覚悟は出来ているのか??自分の国を自分たちで護るのは当然だが、戦争に行く気のない連中、行かなくてもいい奴らほど勇ましい事を言いますね。


自衛隊が自衛軍になったら  投稿者:霧山人  投稿日:10月 3日(月)11時29分35秒
真っ先に、右翼が軍隊に入って戦争にいくんでしょうか。

改憲というものは、どこをどういじるのでしょうか。

日本人のための改憲ならばよいのですが。


軍隊というものは『護国教育』の最たるもの  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月 2日(日)22時39分31秒
 コストカッター現衆院議員片山さつきが財務省の当時主計官時代に行った予算削減にも関わらず防衛庁は本当によくやっている、が何事にも限界はあります。

『Opinion : 財務省と片山主計官の軍事オンチ (2004/12/6) 』(Kojii.net)
http://www.kojii.net/opinion/col041206.html

 さて日本内部に巣食う外国諜報員や日本人協力者の摘発は現行の警察や公安ではもはや無理でしょう。汚職の連発からしてもこうも競争相手が居ないんじゃ自分の収入になるのなら自国の機密も簡単に他国へ売り飛ばすでしょう。日本版の本格情報局を早く・・・。昭和62〜63年、スパイ防止法を朝日新聞のキャンペーンと組み頓挫させた首謀者の1人・・・現第3次小泉内閣・財務大臣谷垣禎一は、戦後すぐの世代でGHQ+日教組による『洗脳第1世代』に属する東大マルクス憲法学徒であり、加藤紘一の親友でもあります。また、谷垣禎一の「禎」は彼の外祖父にあたる統制派の革新幕僚、かつて南京に親日政権を旗揚げさせた「汪兆銘(字=精衛)工作」で影の重要人物とされる陸軍・参謀本部第八課長影佐禎昭からもらったものらしいですがね。こうも変遷するとは・・・ね?

『思い出すこと』(辛酉夜話)
http://homepage2.nifty.com/H-Suga/omoi.html

それと以下のリンク記事は史観に『かなり』気を付けて読めば『かなり』参考になること請け合いでし☆

『朝日新聞の中国侵略』(20世紀メディア研究所)
http://www8.ocn.ne.jp/~m20th/magazine/magazine4/asahi.html


支持する!  投稿者:大神 正念  投稿日:10月 2日(日)21時59分26秒
新疆ウイグル自治区の独立派とみられる組織が中国政府へ宣戦布告した模様。
今後情報を集めます。皆様もヨロ。


(無題)  投稿者:ウイング  投稿日:10月 2日(日)20時59分10秒
久保田さんへ。

それらの国が攻めてきたらどうでしょうか、そうなっても海上自衛隊や航空自衛隊に阻(はば)まれると思います。

でも朝鮮労働党日本支部と中国共産党日本支部がそれらの国に協力することも考えられます。


無断で宣伝中  投稿者:英語できない男  投稿日:10月 2日(日)20時51分13秒
世界情報戦争対策本部 (中国・韓国)
http://linuxer.sakura.ne.jp/www3/www3.html

これは中国・韓国の宣伝戦に対抗する為に、英語版日本擁護サイトを作成しておられるISOROKUさんのHPです。
人手が足りなくて困っているそうです。
どなたか英語ができる方は、暇な時にご協力お願いします。


あくまでも  投稿者:霧山人  投稿日:10月 2日(日)19時56分55秒
軍隊よりも市民生活が優先でありますがね。

そもそも軍隊というものは失業対策で、消すための装置です。


Re:軍隊+陸軍?  投稿者:久保田泰啓  投稿日:10月 2日(日)19時11分30秒
 支那とかロシア、更に北鮮+南鮮が一斉に人海戦術でワラワラと攻めてくる夢のゴールデンカードが実現した場合を・・・わが国の地理上を理解するならば想定しておくべき。『専守防衛』というものを鵜呑みにして『侵略』をしないからという理由でその軍備を縮小しても周辺の他国は野蛮なままです、さてどうする?

 さまざまな領土が未(いま)だ広範囲に点在しているわが国では『陸軍』を各拠点に駐留させる必要がありますね。どんな過疎地でも、其処(そこ)に日本人が住んでいる領土である限り他国の人的侵入から同胞・民間人を最後に守ることができるのは生身(なまみ)の兵隊さんなのです。そう考えると途方の無いほどのお金が必要ですね、でも電力・郵便局のように安定したインフラ・ネットワークを保持することは地域の安全が其処に存在する恩恵はインフラとして最重要だと理解させる事。それは民間人による生活の基盤を底上げさせ、自国の駐留基地を支える為の民間ビジネスを起こせるワケですし。2重3重4重と、多層的な効果があります。

 手短(てみじか)な予算調達としてはジェンフリ促進の予算を即時取りやめ、反日アジア国家に注(つ)ぎ込んだ無駄金をミナミの帝王の如く徹底回収するべし。反日国家が崩壊しようと知ったことではないし、敵視する相手を弱体化させ、さらに見せしめとするには良い見本となりますかね。

 まあ、余計なお金がかかるから勿体無いなどと考えるならば、その点在した過疎地の領土を『郵政民営化のリストラ手法』の如く放棄すればいいでしょう? 小さな政府・小さな国土という風に・・・。


『八咫烏の足は果たして三本か』9  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 2日(日)12時01分5秒
■■■■■ 三・四〈八咫烏〉 についての南北朝時代までの文献 ■■■■■


◆◆◆『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』(萬多親王等/八一五年)◆◆◆

 これは、著名な氏族たちの由来などを集めた膨大な資料集で、西暦八一五年にできました。
 編者のひとり萬多親王は桓武天皇の皇子です。

 現在残されているのは、ほとんどが抄本ですが、それでも膨大です。
 例外的に見つかっているこの資料集の本文(逸文)の中に、賀茂県主(かものあがたぬし)があります。
 そこには、次のように記されています。

【鴨縣主、賀茂縣主同祖、神日本磐余彦天皇欲向中洲之時、山中嶮絶、跋渉失路、於是神魂命孫鴨武津之身命、化如大鳥翔飛、奉導遂達中洲、時天皇喜其有功、特厚褒賞、天八咫烏之號、從此始也。】

 漢字のみで書かれていますが、比較的判読しやすい文章です。
 漢字を拾ってみてください。なお神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのみこと)とは神武天皇のことです。
 この文章も、〈八咫烏(やたがらす)〉が神武天皇を助けた豪族に与えられた称号であることを示しています。
「特厚褒賞」で分かりますように、天皇から特別な褒美を与えられた部下ですし、もちろん、足が三本という記述はありません。
 八咫烏神社の由緒書(ゆいしょがき)に似ています。


靖国神社  投稿者:憂国の士  投稿日:10月 2日(日)11時56分39秒
靖国神社は宗教法人法に基づく神道の神社です。A級戦犯分祀(ぶんし)に関し、遺族会は「宗教に政治を持ち込むな」と反対している。靖国が宗教施設である事を認めています。勿論宗教施設でもいいのです。参拝したい人の自由です。しかし総理大臣、閣僚がそれを行う事には問題がある。ご存知の憲法20条です。また、国の内外で大きな問題になっているのに首相が「個人の資格」で行えるわけがない。個人でやりたければ職を辞してやれば8月15日のみならず毎日でも参拝出来ます。小泉氏が総理大臣の身分のまま参拝する事に靖国側としてはメリットがあり反対派に取っては問題があるのです。

国の為に命を捧げた忠勇な国民を追悼するのは国、国民の義務だと思いますが、それを特定の宗教施設で行う事はどうでしょうか。靖国に合祀(ごうし)して欲しくない遺族もいる。靖国側はそれを拒否しています。変な話です。国家と宗教が結びつくとどんな社会になるかは我が国を始め世界の歴史でその例は山ほどあります。私は政教分離は近代国家の重要な条件の一つだと思いますし、あの大戦で命を落とした310万人の同胞の血の贈り物だと思っています。


Re:賛成です  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 2日(日)11時47分52秒
解法者さん、ご意見をありがとうございます。
国民の良識がもう少しあれば、現行憲法でも小泉総理への批判など起こらないはずですね。


(無題)  投稿者:霧山人  投稿日:10月 2日(日)09時46分55秒
大陸進出は、山縣有朋(やまがた-ありとも)をはじめとした面々が、陸軍を保持するために行われたという一面がありそうです。

当時、日本の国力では専守防衛くらいしかできなかった。

これが、日清・日露後の日本の敗因。

高橋是清(これきよ)が、ユダヤ資本等から多額の負債をして行った戦争に、利益があろうはずもなかった。賠償金もなし。これが現実。日清戦争の賠償金も、イギリスの銀行に預けっぱなしだった。

つまり、日本本国には、運ぶことができなかった。今の日本の米国債と同じ。

ま、別の問題ですけど。


Re:陸軍?  投稿者:霧山人  投稿日:10月 2日(日)09時31分3秒
それでも、何十万もの戦力は必要ないでしょう。

数万でも多いかな。それほど、多くの敵が一斉に侵入してくるとは思えない。

そうだったら、空・海で充分防げます。


陸軍?  投稿者:山猿  投稿日:10月 2日(日)09時24分58秒
 仮想敵国で 北○○の 不審船我が国土に 幾度となく上陸しています。
日本は島国 360度 海に囲まれ 空域はともかく 海域でかなり優秀な 索敵技術をもっても難しいのでは 各海岸にカメラを設置し 監視も不可能 衛星による監視も 小型の船舶では不可能 樹脂製の潜水艦が近づいても 察知はどうなのでしょう
ミサイルなど近代兵器では 白兵戦には不向き住民を巻き添えになるやも
やはり陸たりとも ある程度の兵力は必要でしょう。


軍隊  投稿者:霧山人  投稿日:10月 2日(日)09時03分31秒
自衛隊を軍隊にするならば、陸軍を大規模にしないことが条件になります。

主に、自衛は空域と海域を押さえていればOKです。

陸軍というものは、占領を前提としていますから、侵略戦争をできないように、縮小していても構わないと思います。まあ、災害時くらいが活動範囲。

ミサイル防衛があれば、陸軍は小規模でもいい。


賛成です  投稿者:解法者  投稿日:10月 2日(日)05時18分16秒
>HISASHIさまという方が、「憲法が改正されても靖国神社については同じことで、解決するのは国民の良識」というご返事でした<

 大変、鋭い指摘です。
 法というものは、結局、国民の良識に支えられている。
 つまり、国民の良識から遊離しては存立しないということです。

 靖国問題でも然(しか)りで、例えば、政教分離にしてもこれを廃止するというならともかく、維持するのであれば、どんな文言でも争いが生じます。
 「国及び地方公共団体は、宗教活動を助長する目的を持った行為をしてはならない。ただし、社会習俗についはその限りではない」というように改正されたとしても、総理大臣が靖国神社に参拝する行為が、<宗教活動を助長する目的を持った行為>する行為にあたると解釈する者がいましょうし、<社会習俗>にしても、靖国神社に参拝する行為が、それにあたるかどうかが争われましょう。
 現に、憲法第89条は、「公金は、・・・公の支配に属さない・・教育・・に対し、支出・・・してはならない」と定めていますが、私立学校に助成金が支出されています。
 これを憲法違反であるという者がいないのは、この措置が国民の<良識>に合致しているからです。


テスト  投稿者:小池栄子  投稿日:10月 2日(日)02時00分5秒 Remote Host: 57.172.12.61.ap.gmo-access.jp, Time: 1128186005
(管理者権限に於いて削除)


憲法20条  投稿者:山猿  投稿日:10月 2日(日)00時23分50秒
 私も法律の専門家ではなく 大変申し訳ないことに 明治憲法も 勉強不足であるが 法律学者の見解の多くは 神道は宗教にないと解する説もあるが 大変曖昧である。政教分離の判断では 地方公共団体等の地鎮祭が問題になり名古屋高裁でも 違憲の判断がされているようです。 憲法9条について集中している 改憲問題
自民党の草案至急知りたいが 今回の判断が 高裁の5人の判事の意見と言う異例の判断は 最高裁に持ち込まれ 国の姿勢までも影響が出ることを懸念せざるを得ない
民主党の草案も参考にしたいが 期待できるのだろうか


同じことらしい  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 1日(土)22時34分39秒
別の掲示板で下記↓と同じことを聞きましたが、HISASHIさまという方が、「憲法が改正されても靖国神社については同じことで、解決するのは国民の良識」というご返事でした。


靖国神社と憲法改正  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 1日(土)21時36分51秒
現在言われている憲法改正ができると、靖国神社問題は解決するのでしょうか?
自民党の案について詳しくないので、分からないでおります。
どなたかレクチャーしていただけないでしょうか?
(明治憲法に戻れば解決するんでしょうけど)


南京大虐殺の日  投稿者:江戸にすむ人  投稿日:10月 1日(土)18時11分37秒
12月13日は日本軍が南京を陥落した日です。

この日反日デモは起こるでしょうか?


違憲判決  投稿者:山猿  投稿日:10月 1日(土)17時22分40秒
 政教分離の原則から言えば 違憲になるのでしょうか? 神道は 宗教にあらず日本の 國の基本である。
他の宗教は キリスト教においても 尚更(なおさら)モスリムにおいても 入信すれば 他の宗教に礼拝することはない。日本における神道は 仏教徒でもキリスト教徒でも 日本人なら 拝することは当たり前 だから宗教に当たらずと考えるのですが 憲法改正しかないのか!


『八咫烏の足は果たして三本か』8  投稿者:オロモルフ  投稿日:10月 1日(土)12時09分27秒
▽熊野那智大社(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)
 計十八柱のご祭神が祀(まつ)られています。
 主祭神は熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ 伊弉冉尊 いざなぎのみこと)です。
 有名な那智の滝を望む地にあり、おそらくは縄文弥生の時代からこの巨大な滝を神として崇(あが)める信仰があり、それが神武東征と結びついて現在の姿になったのでしょう。
 社伝では、神武天皇が那智の滝を神として祭って、その守護のもとに〈八咫烏(やたがらす)〉に導かれて大和に入ったとされています。
 のちに本地垂迹(ほんちすいじゃく)の思想のもとに、修験(しゅげん)道とも結びつき、いろいろな伝説が生じたようです。
 社格は官幣(かんぺい)中社で、シンボルマークは同じく〈三足烏(さんぞくう)〉です。

     *

 この熊野三山の歴史の探究は、賀茂社以上に興味深いのですが、頁(ページ)のゆとりがありませんので割愛いたします。
 ただ注意すべきは、マークに〈三足烏〉を使ってはいても、神社の由緒に、〈八咫烏〉の足が三本だった――という話は無いらしいことです。
 もうひとつ注意したいのは、この熊野三山の烏の図(三本足ではない)が有名になったのは、鎌倉時代以降、武士が盛んになってかららしい――ということです。

     *

 つぎに、『記紀』以後に書かれた、南北朝時代までの文献を調べてみます。


(無題)  投稿者:ウイング  投稿日:10月 1日(土)08時36分11秒
解法者さんお返事有難うございます。

自衛隊といっても他所(よそ)の国は軍隊扱いですよ。


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